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第1話

 万聖節(オールハロウズ)の前日の夜、それがオールハロウズ・イブ。つまりハロウィンだ。  日頃、カトリック系男子校の高校に通う僕らにとって、その日は一年でもっとも貴重な日だった。  姉妹校である近所の女子校の女の子たちと、ハロウィン・パーティーが開かれる日。女子(じょし)たちがやって来る!  皆、それだけでお祭り騒ぎで、校内清掃にも力が入った。  女の子ってそんなに、いいもんかな……。  僕は正直わからなくて、でも幼馴染(おさななじみ)亮平(りょうへい)が何となくウキウキしてるのを、ちょっと気恥ずかしくウキウキして見てた。  亮平(りょうへい)は幼稚園のころから、将来はサッカー選手か弁護士になるって決めてた。お父さんが弁護士だったからだ。お母さんはイベント会社を経営してる。その二人が出会ったのも、母校のオールハロウズ・イブらしい。  亮平がこの世に誕生したのは、ハロウィンのお陰なんだって、子供の頃からお母さんにそう聞かされて育ったんだって。  だから亮平のママはハロウィンのパーティーが大好きで、その他のパーティーも好き。皆にコスプレ衣装やパーティー会場の飾り付けや、ロマンチックな結婚式のイベントを提供する会社を始めて大当たりしてる。パパはその会社の顧問弁護士だ。  仲のいい両親。亮平も将来そんな家庭を作りたいんだって。  僕と亮平は産婦人科の新生児室の頃からの付き合いで、亮平のママと僕のママは、その病院の授乳室で出会い、それからずっと親友らしい。  赤ん坊の頃から、僕と亮平は一緒にコスプレしてるハロウィンの写真が残ってる。  いつも元気いっぱいで、走るのが早くて、クラスの誰よりも先に自転車に乗れるようになった亮平。好き嫌いもなくて、勉強もできるし、いつも難しい漢字が読めた。  亮ちゃん。これなんて読むの。これ、ほうれん草、食べられない。亮ちゃん食べてって、こっそり頼むと、給食の時にはいつもパクっと食べてくれた。  一生懸命勉強して、僕は亮平が行くという私立の進学校についていった。僕がそこそこの頭でもなんとか亮平の同級生になれたのは、いつも亮平が僕の勉強を見てくれたからだ。  いっしょに行こうなって、亮ちゃんはいつも僕を励ましてくれた。  亮平と(さとる)はセットだなって、いつも皆に言われてる。二人で一緒にいる訳じゃなくて、僕がいつも亮平と一緒にいるだけ。そのほうが、安心できるし。  運動はできない。背も低くて、何の取り柄もない僕を亮平は追い払わず、高校生になるまでずっと、僕とセットでいてくれた。これからもそうかな?  そうだといいけど、でも、亮平もそろそろ彼女が欲しいんだろうな。友達は皆、彼女ができたって、インスタやLINEで自慢してる。ちょっとお見せできない感じの写真をスマホのカメラロールに持ってる奴までいる。  亮平はそういう話は僕にはしない。  彼女(オンナ)いねえのかよっていう背の高い友達連中に、いねえなあって笑うだけ。  まあ、しゃあねえか。(さとる)が可愛すぎんだよな。そこらの女よりずっと可愛い。背もちっちゃいしなあって、皆、僕をからかう。  おやつの時には亮平よりたくさん牛乳飲んだのに、おかしいよなあ。いつ来るんだ、僕の成長期は。  どうも一生、ちっちゃいのかもしれない。そんな気持ちがする頃、その年のハロウィン・パーティーがやってきた。  僕らはもうじき卒業する。高校三年の最後のハロウィンだ。  僕は亮平とは別の大学を受けるか、まだ迷ってる。もう決めないと駄目だけど、すごく優秀な亮平に気合いでついていけるのも、そろそろ限界かなって……。  でも亮ちゃんは僕に、あきらめるなって。いつもは二人でどっちかの家に集まって、勉強ばっかりしてる。今日も勉強、明日も勉強。たぶん明後日も勉強で、僕は放課後ずっと亮平を独り占め。部活ももう夏で引退してしまったから、亮ちゃんがサッカー終わるのを待ってる必要もない。  けど今日は、ハロウィンの仮装の準備をしようって、勉強は休みだ。  それが嬉しいのか、僕も亮平もいつもより、にこにこしていた。  亮平のママが貸してくれた、ダンボール箱に山盛りのハロウィン衣装をチェックして、皆に配る仕事を、僕と亮平が担当の委員としてやることになってる。  先に自分用を選べるのは、お役得。亮平は狼男(ウルフマン)にしようかなって。よくできたフルフェイスの狼仮面をかぶると、せっかくの格好いい亮平の顔が見えなくなるけど、それもいいかなと僕は思った。  亮ちゃんがモテないほうがいいな。  どうしてそう思うのか、僕はもう気付いてて、それは中学生の頃だったか。学校の文化祭で、男子しかいないクラス演劇のジュリエットの役を、僕がやらされた時だった。  クラスで一番背が低いし、体格も華奢(きゃしゃ)だった僕が、ドレスを着ろって皆が。ええ嫌だよって、僕は恥ずかしくて教室で(わめ)いたけど、満場一致で議決された。  それってイジメじゃない?  もし僕が本当にすごく嫌で、学校のトイレの窓から飛び降りたら、皆どうするのさ。  嫌じゃなかった。本当のこと言うと。  亮平がロミオ役に立候補したせいだ。他にもロミオやりまーすってふざけて手をあげた奴らはけっこういて、台本にはキスシーンがあった。本当にする訳じゃない。フリだけ。でもそのお芝居は我が校では伝統的な演目で、なぜかどのクラスもキスシーンのある台本を使う。  そりゃ、お客さんにウケるせいなんだ。キスシーンが呼び物で、一番大事な場面だ。三クラスある中三の、学年最後の名場面。一番可愛いヒロインにするぞって、皆、大マジでメイクとか研究してきて、僕を可愛いジュリエットにした。  他にもいたロミオ候補を蹴散らし、亮平はクラス投票で一位になって、僕のロミオに。  あのスポットライトを浴びる真っ暗な講堂の舞台で、亮平はフリじゃなく、本当に僕にキスした。実は練習もしてたんだ。  家で台本の読み合わせして、ここでキスだなって、亮平はときどき僕とキスした。

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