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第1話
可否はともかく、日常で発生する“バグ”は人々の関心を引く。
例えば、閑静な住宅街での火災。
秩序ある道路で起こる事故。
ベルトコンベアに流れてくる不良品。
それらと同じように、優斗は教室のバグである“ゾンビ”というあだ名の男に、どうしようもなく惹かれた。
足を運んだ渋谷のクラブは、ハロウィンイベントが開催されている事もあって賑わっていた。
大学の友人達にテンションを合わせつつ、腕にしなだれかかってくる女を曖昧な笑顔でいなす。
人ごみの中を歩きながら、ポケットの中のフライヤーに触れた。
何度も触って皺くちゃになったそれは、今日ここで開催されているイベントの物で、新進気鋭のクリエイター達が企画に携わっていることを謳っている。
カウンターで出しているオリジナルカクテルも、人が群がっているフォトブースも、会場を彩るプロジェクションマッピングも若手クリエイターの作品だ。
優斗は、こういった行事に誘われれば積極的に参加する方だ。
誘いは断るよりも乗るほうが正しい。
場は白けるよりも盛り上がるほうが正しい。
だけれど今回、優斗がこのクラブに来たのは“正しいから”という動機ではない。
フライヤーのクリエイター一覧に“彼”の名前を見つけたからだ。
昨年は目立つ事を重視したキャラクター物の仮装をしたが、今年の優斗の仮装は地味な色合いのゾンビだ。
しかも顔は血糊が塗りたくられて元の顔が分かりにくい。
メイクをしてくれた女友達が、イケメンが台無し、と笑ったほどだ。
だけど、これくらいが丁度いい。
優斗は彼を見つけたくてここに来たが、彼に見つけて欲しくはなかったからだ。
友人達からこっそりと離れ、壁際で会場を見渡す。
スクリーンに映し出される様々なモンスターを見て、懐かしさが込み上げてくる。
――ああ、間違いなく彼の絵だ。
若手クリエイターとして名を連ねている彼。
かつて教室で“ゾンビ”と揶揄された彼。
千人以上も収容できるクラブでたった一人を見つけ出すのは難しい。
諦めて友人達の元に戻ろうとしたとき、視界の端で不気味な人影がゆらりと動いた。
探し求めた、彼だった。
ひょろりとした体躯に曲がった背中、片足を引きずりながら歩く様は、ゾンビのコスプレをした優斗よりもずっとゾンビらしい。
だけれど長い前髪から覗く瞳は、少年のように輝いている。
その瞳に捕らえられて、足が動かない。
「もしかして、優斗?」
懐かしい声が名前を呼ぶ。
会いたかった……元気な姿を見たかった。
会いたくなかった……今更なんて声をかけたらいいか分からなかった。
彼が優斗の傍に歩み寄ってきたその時、引きずる足がもつれて転びそうになる。
「聡介……っ!」
優斗は傾く身体を思わず抱きとめた。
支えた身体は思いのほか重く、猫背を伸ばすと意外に大きい。
伝わる温かさに目頭が熱くなる。
ありがとう、久しぶり。と笑う彼は以前と何も変わっていなかった。
「ごめんな……聡介、ごめん……」
堰を切ったように涙が溢れた。
優斗は泣きながらごめんごめんと繰り返すことしか出来なかった。
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