9 / 9

第9話

 マンションの薄暗い一室で、男は覚醒した。  脳に信号を送るゲーム用のヘッドギアとゴーグルを外し、リクライニングチェアから身を起こす。  デスクのパソコンでメールを確認し、つまらなそうに溜息をつくと返信せずにウィンドウを閉じた。  ぐっと身体を伸ばし、続いてゲームプレイ中にスクリーンショットした画像を整理していく。  今日の優斗の困惑した顔、涙ぐむ顔、笑った顔……。  男は普段の精悍な顔を恍惚に歪めて、数多の画像を一枚一枚丁寧にフォルダ分けしていく。 「リリース?するわけないだろ」 ―――――――― 20XX/11/1 1:34 From:ケンタ@ゲーム仲間バイオ好き To:安藤聡介 こんばんは、お疲れ様です。 ハロウィンオフ会、先ほどお開きになりました。 SOUさんが不参加でみんな寂しがっていましたよ。 ところで製作中のフリーゲームの進捗、どうですか? 大手で敏腕を振るっているSOUさん、初の個人製作ゲーム。 しかも十八番のVRサバイバルホラーじゃなくて、 VR恋愛シュミレーションだなんて……逆に楽しみです。 少し前に 「ライバルキャラが勝手に動くし勝手に喋る」 「攻略対象じゃないのに近付いてくる」 って言ってましたよね? そのバグ、修正できましたか? その後【もうリリースしない】ってツイートしてましたけど、嘘ですよね? 僕、SOUさんのゲーム待ってますからね。 SOUさん、もう1ヶ月も音信不通で心配です。 一言でもいいのでツイートしてください。 失礼します。 ――――――――  可否はともかく、日常で発生する“バグ”は人々の関心を引く。  例えば、群れから外れた片足の鳩。  砂場に落ちている綺麗な色のガラス片。  近くで響く救急車のサイレンの音。  それらと同じように、聡介はゲームのバグである“哲学的ゾンビ”に、どうしようもなく惹かれた。 終

ともだちにシェアしよう!