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第9話
マンションの薄暗い一室で、男は覚醒した。
脳に信号を送るゲーム用のヘッドギアとゴーグルを外し、リクライニングチェアから身を起こす。
デスクのパソコンでメールを確認し、つまらなそうに溜息をつくと返信せずにウィンドウを閉じた。
ぐっと身体を伸ばし、続いてゲームプレイ中にスクリーンショットした画像を整理していく。
今日の優斗の困惑した顔、涙ぐむ顔、笑った顔……。
男は普段の精悍な顔を恍惚に歪めて、数多の画像を一枚一枚丁寧にフォルダ分けしていく。
「リリース?するわけないだろ」
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20XX/11/1 1:34
From:ケンタ@ゲーム仲間バイオ好き
To:安藤聡介
こんばんは、お疲れ様です。
ハロウィンオフ会、先ほどお開きになりました。
SOUさんが不参加でみんな寂しがっていましたよ。
ところで製作中のフリーゲームの進捗、どうですか?
大手で敏腕を振るっているSOUさん、初の個人製作ゲーム。
しかも十八番のVRサバイバルホラーじゃなくて、
VR恋愛シュミレーションだなんて……逆に楽しみです。
少し前に
「ライバルキャラが勝手に動くし勝手に喋る」
「攻略対象じゃないのに近付いてくる」
って言ってましたよね?
そのバグ、修正できましたか?
その後【もうリリースしない】ってツイートしてましたけど、嘘ですよね?
僕、SOUさんのゲーム待ってますからね。
SOUさん、もう1ヶ月も音信不通で心配です。
一言でもいいのでツイートしてください。
失礼します。
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可否はともかく、日常で発生する“バグ”は人々の関心を引く。
例えば、群れから外れた片足の鳩。
砂場に落ちている綺麗な色のガラス片。
近くで響く救急車のサイレンの音。
それらと同じように、聡介はゲームのバグである“哲学的ゾンビ”に、どうしようもなく惹かれた。
終
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