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登校前日
「はぁ…………」
見慣れない天井に、まっさらな白い壁に囲まれた6畳の空間
面倒臭がりな部屋の主のせいでまだカーテンすら取り付けられていない窓からは生ぬるい風が吹き抜けて、生まれつき色素の薄い茶髪をゆらゆらと揺らす
そんな生ぬるい風に吹かれながらため息を吐くのは俺
高村翔 だ
1月23日生まれの16歳
身長175cm、みずがめ座のA型
好きな食べ物はオムライスとカレー
趣味兼特技は幼少の頃より母から教え込まれた料理
そんな俺は高校生になって1年と1ヶ月
もとは愛知の高校に通っていたが、父さんの転勤で東京に引っ越すことになり2時間ほど前こっちに着いた
まぁ愛知と言っても名古屋とかではなく端っこの田舎の方だ
俺だけ愛知に残って一人暮らしだなんて話も出たけど、生憎俺には1人で生きていけるような度胸なんてこれっぽっちも持ち合わせちゃいなかった
というわけで俺と父さんと母さんの3人で、先に上京していた姉ちゃんのいるこの地に引っ越してきたわけだ
しかも姉ちゃんがアパートの家賃が浮くからと言って一人暮らしをやめ一緒に住むことになった
俺たちの新居は建て売りの白い一軒家
この引越しを機にと、ついにハイテンションでマイホームを購入した両親の頭は現在満開のお花畑だ
俺は再び姉との生活が始まることに身震いした
でも何より不安なのは、学校
ほら俺転校生って呼ばれる部類になるわけだからさ、いじめられたりヤンキーに目つけられたり、結構そういうの恐いじゃん
「はぁ……」
思わず2度目の深いため息が出る
ごろんと床に寝転ぶと、そんな俺を見下ろすのは大量のダンボール箱
そいつは俺目掛けて倒れて来そうなくらいにずんと佇んでいる
くそ………もっと荷物減らしてくればよかった…………
目の前の荷物の量にまたため息が出る
向こうでかなり減らしたつもりではいたんだが、どうやら俺は相当な面倒臭がりらしい
「まぁいいか……さっさと終わらせてご飯食べよ………」
季節は5月
ゴールデンウィーク中の現在、暑がりの俺には薄っぺらい半袖1枚で十分だ
「よし!」
俺はごろんっと体を起き上がらせ、パンッと両膝を叩いて気合を入れた
だけどそんな気合の入れ方俺には通用しなかったわけで、俺はまた気力が抜けてしまいその場にのぺっとへたり込んでしまう
俺のやる気スイッチはとうの昔に電池切れのようだ
あぁダンボールよ、今おまえがこの世でいちばん憎い
恨めしそうに天を見上げながらこの真四角な無機物に心の中で八つ当たりをする
ちょっとだけ箱の角をかかとで蹴ってみると逆に俺のかかとが痛い
だけどそんなことをしてもこの部屋の片付けは終わらないわけで……
思わずドラ◯も〜ん!って口に出して言ってみた
俺の代わりにこの部屋の片付けをしてくれる便利な秘密道具をたのむ
そしてもっとワガママを言うならカーテンの取り付けや延長コードの配線等諸々お願いしたいのだが
「ド◯えもんじゃないっ!姉ちゃんじゃコラァ!」
ゴンッ!!!
「いったぁ!」
俺が眠りこけそうになりながら青いタヌキを夢見ていると不意に怒鳴り声が降ってきた
そして休む暇なく上から飛んできたゲンコツにあわてて飛び起きる
しかもただのゲンコツじゃない、マウンテンゴリラ級の超怪力ゲンコツ
こんな怪力ゲンコツ出来るのはこの世でただひとりだけ
「姉ちゃん…」
目を開けると案の定姉ちゃんが腕組みをして俺を見下ろしている
どうやら俺の願いは儚く散ったらしい
さらりとした金髪のボブヘア
髪の隙間から覗くギラギラとしたたくさんのピアス
つんと釣りあがった目にははっきりとしたアイラインが引かれ、バサバサのまつ毛には思わず目を伏せたくなる
別にあなたのことをドラ◯もんって言ったわけじゃないんだけど…
と心の中でだけそうぼやく
「全然片付いてないじゃん!」
そう言ってゴリ……姉ちゃんはどさっと俺の横に座る
思わず「お前は本当に女なのか」と言ってしまいそうなガサツな態度だが、その無駄にでかい乳や深い谷間がそれを証明する
「いいだろ別にぃ」
「よかないよ、ほら姉ちゃんが特別に手伝ってやるから」
「いい!いいから!どうせ荷物漁りたいだけだろ!」
「いや〜あんたも秘蔵AVとか持ってんのかな〜って」
ふふん、と言って俺の横にあるダンボール箱をガサゴソと漁り始めてしまった
だが残念、高村翔16歳、生まれてこのかた一度もアダルトビデオというものを購入したことがございません
姉ちゃんは秘蔵AVを探す〜とか言ってたくせにダンボール箱から本を取り出しては綺麗に本棚に並べていく
普通に俺の片付けを手伝ってくれてるし…
意外と女子力高いのがギャップなんだよなぁ…
もっと素直になれば男くらい寄り付いてくると思うのに
「あ、これ遼太と正弘じゃん」
姉ちゃんが手に持った写真を指差して俺に見せてきた
写真にはセミを持って笑っている8歳くらいの俺と幼馴染の遼太と正弘が写っていた
麦わら帽子を被り虫取り網を持って、顔や膝にはたくさんの絆創膏が貼ってある
「あ、懐かしいなこれ」
生まれた時から住んでいた愛知を離れて、新しい場所に行くのって結構寂しいんだな…
仲の良かった幼馴染とも離れ離れで、16年間ずっと一緒にいたから気付かなかったけど、やっぱりいないと寂しいって感じるんだな……
あ、やばい、急に寂しくなってきた
「翔」
姉ちゃんの声が、なぜだかいつもより優しく聞こえる
「新しい学校でなんかあったら、姉ちゃんに言いなよ」
姉ちゃんはダンボール箱を漁りながら俺の方をちっとも見ずに言った
柄にもないことを、って言ってやりたいけど今まで俺が泣きながら帰って来た時、いつも助けてくれたのは姉ちゃんだった
いつもは怖いけど、こういう時の姉ちゃんはすごく優しい
「もう子供じゃないっての」
「うるせぇ、黙って言うこと聞いてなバカ弟」
ゴンッ!
「いったいな!」
またゲンコツ食らった
これは確実にタンコブが出来たと思う
「みさき〜、翔〜、お外にお昼ご飯食べに行くけど、あんたたち行くの〜?」
下から母さんの柔らかい声が聞こえて来た
母さんはそう声を掛けるなり父さんに呼ばれてパタパタと足音を立てて小走りをしていた
時計を見るともう13時を過ぎている
朝早くから片付けしてんのに全然進んでないや
「行く〜!」
姉ちゃんが真っ先に大きい声で返事をした
「ほら、翔あんたも早く!」
「はぁ〜い」
姉ちゃんに引っ張られて俺も一階へと降りる
明日からの学校、不安だけど姉ちゃんのおかけで少しだけ不安が和らいだなんて口が裂けても言わない
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