61 / 234

6月末 しばらく続いた雨が久しぶりに止んだ木曜日 俺が北高校に転校してもう1ヶ月以上が過ぎていた 1ヶ月も経つと学校生活にも大分慣れてきた 友達もまあまあ出来たし、少しずつ授業にも付いて行けている 明後日でアキと付き合って1ヶ月になる アキとは付き合ってからそれなりに良い関係でいられていると思う 今まで通り電車の中では俺を守ってくれるし昼休みはいつも一緒にいる たまに帰り道に人がいないのを確認しては、アキから短くキスをして来たりもする 生憎デートというものには行っていないがはあまり多くを望む方でもないからこれで満足してるし特に不満はない 俺みたいなのがアキと恋人だってだけで十分贅沢していると思う 今日もアキと一緒に地下鉄を降り学校へ歩く 最近日増しに暑くなって来ている もうそろそろ梅雨明けだし、本格的に夏が始まるのだろう 元より暑がりな俺は半袖のシャツにこもる熱に耐えられなくて、いつもより胸元のボタンを2つほど多く開ける 別にこのくらい開けたって、俺ごときに女子のような見せるものなどない 運良く今朝駅でもらったネットカフェの広告が書かれた団扇で自身をぱたぱたと扇ぎ、隣を歩くアキに声を掛ける 「暑いなぁ、な?アキ」 「っえ?あ、あぁ、そうだな!」 「団扇、2つもらえば良かったかな」 「い、いやっ、オレはいいよ」 俺の問いかけにそう答えると、ふいっと下を向いた いつもとどこか違うような様子のアキに、少し疑問を抱き始める どうしたんだろう………何か顔赤くないか? 熱でもあるのかな…………… 「アキ、熱でもある?顔赤いぞ?」 下を向いたアキの顔を覗き込むようにして尋ねる 持っている団扇でアキをぱたぱたと扇ぎながら するとアキは俺と目が合った途端びくりと肩を震わせ、その優しげな瞳を大きく見開いた 「い、いや!?大丈夫!げっ、元気!」 そう言ってわざとらしく力こぶを作りにこりと歯を見せて笑う 何か……変なの………………… 心なしかいつもと様子が違い挙動不審なような気がして、俺は首を傾げた それから学校にたどり着くまで、一度もアキが俺と目を合わせることはなかった 昼休みになってもアキはどこか変な方向を向いて、一向に俺と目を合わせようとしない それどころか早々に食べ終わるとごちそうさま!と言って早足で教室を出て行く 今日のアキ、やっぱり何か変だ………… 一度も目合わせてくれないし、話し掛けてもどこか素っ気ない 「ヒロくん、どこ行ったの?」 「知らね」 「ふぅ〜ん」 結局、昼休みの半分を健と2人で過ごした アキと一緒に昼食を取るようになってから、こんなに健と2人きりになるのははじめてだった 試しに廊下の方を見つめてみるが、アキが帰ってくる気配はなさそうだ 「あ、コラ、またポテチ」 「げっ、バレた!」 「もー、卵焼きもあげるからポテチしまえ!」 「わーい!」 俺がよそ見をしている隙に、健がまたカバンからポテトチップスを取り出す しかもハニーバター味なんて、またカロリーの高そうな味のものを それを早々に奪い取り健の口に卵焼きを放り込むと、健は小動物のように頬を膨らませて喜ぶ 久々の健との時間に、何だか癒しをもらった だがそれでもアキの様子が気になってしまう 朝から挙動不審で目も合わせてくれなかった どこかそわそわしていたり、いつもみたいに翔と優しく名前を呼んでくれもしない もしかして俺、もう飽きられたのかな やっぱり男はムリだったのかな……… もしかしてアキ、新しく彼女出来たの、かな………… その日の帰り道も結局アキは一度も俺の方を見ないまま、俺の家にたどり着きそこで手を振って別れた 今日は家の周りに誰もいなかったのに、昨日みたいに短いキスはしてくれなかった いつもは人がいなかったらキスして来るのに こんなこと、付き合って以来はじめてだった アキ……本当に俺のこと嫌いになっちゃったのか……? 俺、アキに何かしたかな…… いつも優しくて俺を甘やかしてくれるアキに甘えすぎていたのだろうか それがアキは嫌になって、別に彼女を作ったりしたんだろうか たった1日冷たくされただけなのに、心の底から落ち込む自分が情けない 「ただいま……」 「おかえり〜、あら、いつもより早いのね」 「え………あ、うん…」 リビングに行くとまだ母さんが夕飯の仕込みをしている途中のようだった いつもなら家に着く頃には夕飯が出来上がる頃なのに、今日はどうやら俺の帰宅が早かったらしい いつもはアキと話しながら帰って来るから、今日は早かったんだ……… だって今日は帰り道もほとんど話さなかったし 俺は空の弁当箱を流しに出して、そのまま2階の自分の部屋へと上がった しばらく部屋でベッドに寝転び過ごしていると、部屋の扉が開き頭にタオルを乗せたすっぴんの姉ちゃんが入ってきた 「翔、ご飯まだできないから今のうち風呂入ってきな」 「うん…」 「…………どうかした?」 「別に……風呂行ってくる」 俺の様子を少し不審に思ったのか姉ちゃんが尋ねて来る だが今は何かを相談する気にもなれなかった 自分がこのくらいのことでショックを受けていることも恥ずかしかったし、アキが別に彼女を作ったかもしれないことだって事実か分からないんだ ずんと沈んだ気分のまま、俺はベットから立ち上がる 扉の前に立つ姉ちゃんをすり抜け、俺は着替えを持って風呂場へと向かった 脱衣所で服を脱ぎタオルを持って風呂場に足を踏み入れる 髪を洗った後汗だくになった体を洗い流し、ゆっくりと湯船に体を沈める 柚子の香りのバスソルトが心地よくて、俺はすっと目を瞑る 少し熱いお湯に顔を半分つけたまま今日1日を思い出す アキは俺のことが嫌いになったのだろうか 俺がアキに守ってもらったり家まで送ってもらったり、甘えてばかりいたからだろうか 本当は、迷惑だったんだろうか アキの今日のあの態度………… どう見たって俺を避けているとしか思えない アキから好きって言ってきたくせに……… ああ嫌だ、俺ますます女々しくなってる……… 「んんん……………」 お湯に顔を半分沈めたまま吐息でぶくぶくと泡を立てる 柚子の良い香りで癒されているはずなのに、気持ちはずんと沈んだままだ 何か別のことを考えよう 明日になったら元に戻ってるかもしれない そう考えようと思っても上手くいかない ずっと頭の中を今日のアキの姿が巡って、俺の気分まで支配する 「アキのバカ…………」 俺、わかんないよ…… 昨日まで普通だったのに、俺、何かしたかな… それから俺は逆上せる直前まで湯船に浸かり、またふらふらとしながら風呂場を後にした まさか明日、あんなことになるなんて 今の俺は知る由もない

ともだちにシェアしよう!