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“しずちゃん”

アキとのはじめてから約1週間、俺は教室の自分の席で屍と化していた 「もう今更何言ったって遅いって」 「うう……だって…………」 「テストくらいでそんなに落ち込むなよー」 今日は1学期末試験のテストの返却日 一応今までに返却されたテストはぎりぎり赤点を免れたが、今日返却予定の古文の答案に恐れおののいているのだ 原因はアキとのはじめての性行為を終えた俺は、なかなかその余韻から抜け出すことが出来ずにいたこと 転校生ということもありなかなか付いていけていなかった授業に、ますます身が入らずテストで惨敗 特に苦手な古文のテストは半分以上白紙で提出してしまったのだ そしてその答案が今日、返ってくるのだ この結果によって俺の夏休みの明暗が別れる 「赤点取ったら夏休み補習かなあ…」 「翔も一緒に補習受ける!?」 「健お前なあ…もう補習確定かよ」 「だってー……」 隣の席の健と前の席の山本に慰められる俺 机にべったりと頬を付け、しくしくと涙を流している 教室の真ん中の席のあいつは、たくさんの人に囲まれ答案用紙を見せ合っている 遠目でちらりと覗き見たアキの答案用紙にはたくさんのマル印 何でも余裕でこなしてしまう彼氏にべっと舌を出して些細な八つ当たりをする 「ほら、今から返ってくんだから覚悟しなって」 「うう……………」 山本にそう言われたのとほぼ同時に2時限目開始のチャイムが鳴った 「ああああよかった…………」 「翔、なんとか赤点免れたんだってな!」 昼休み 俺の口から安堵の大きなため息が出る そう、俺は一番苦手な古文で赤点ぎりぎりの31点を獲得し、なんとか補習への切符を受け取らなくて済んだのだ 「お前ら行かねーの?」 「あ、行く行く!」 「おれもいくー!」 いつものように教室で弁当箱を開こうとしていると、山本が俺たちに向かってそう言った それにアキは頷くと、隣の健も漫画を閉じて立ち上がる よく分からずこてんと首をかしげると、アキが俺の手をぎゅっと掴む 「ん?みんなどこ行くんだ?」 「食堂の前に、今回のテストの順位張り出されてんだ」 「なるほど……」 「な、翔も行こ!」 赤点を免れた今、高得点者を僻むこともない 俺はこくりと頷きアキと健と一緒に食堂前の廊下に向かった 転校生の俺はよく知らなかったからアキに教えてもらったが、どうやらこの学校ではテストが終わると毎回食堂前の廊下に各学年成績上位50人までの名前を平均点と共に張り出すらしい 廊下にたどり着くと、みんな自分の順位を確認するように押し合っている 「あ!おれはじめて名前載った!」 「あたしの名前ないよー」 「あんたいつものことでしょそれ」 「またあいつが1位かよー」 1位か………… どんなやつがこのでかい学校の学年トップなんだろう なんて考えながら人混みに流されているとだんだんと人だかりも散って行き、とうとう順位表が見える位置にたどり着いた 「あ!ヒロくんの名前あった!!」 「え、どこだ?」 「そこ!そこ!」 健がほら!と指差したのは順位表のかなり上の方 その場所に目を向けると、確かにそこにはアキの名前がある 9位 5組広崎 輝 90.6点 き、9位!? アキの思いもよらぬ順位の高さに驚くと、隣に立つ当人が嬉しそうな顔で俺の肩をバシバシと叩いてくる そんな彼氏にじっとりとした視線を向ける 「おー!見ろよ翔!オレ9位だって!!」 「……………へぇー」 「ふふ、褒めて!」 「お前、褒めて欲しくて連れてきただろ…」 「あ、バレた」 仕方なく頭に手を伸ばして少しだけよしよしと撫でてやると、機嫌のいい大きな犬のようににっこり笑って喜んでいる 健は俺の制服の裾をくいくいと引っ張り、知っている名前を次々に教えてくれる 「あのね、6位の子は中学の同級生!」 「うんうん」 「そんでね、3位の子はいつもおやつくれるの!」 「うんうん」 自分のことでもないのに小さな子供のようにはしゃいで喜ぶと健が可愛くて、健の声ひとつひとつに相槌を打ち頭に撫でる 俺が健を撫でているとアキがぶーと拗ねたような顔をするが健の方が可愛いので無視だ 「それでね………あ…………静ちゃん……」 するとさっきまで元気だった健の様子が一変した ある一点を見つめ、少し悲しそうに眉を下げる 俺の裾を掴む手にきゅっと力が入る 「た、健?どうした?」 「静ちゃん………」 「しずちゃん?」 下を向いた健の顔を覗き込みながら尋ねる すると顔を上げないまま健が“しずちゃん”と俺の知らない名前を呼び順位表を指差した 健が示す方向にまっすぐ目線を向けると、そこはリストの頂点で 1位 5組六条 静磨 99.7点 恐らく“しずちゃん”であろう人物の名前が堂々とトップに書かれていた それから3人で教室に戻った さっきの順位表で疑問に思ったことがある 1位と書かれた“しずちゃん”の名前の隣には、俺たちと同じ“5組”だと書かれていた だが俺は、転校してきて一度もそんな名前の生徒に出会ったことはなかった 「あの、1位の人って………」 「ああ、静磨な」 「しずま…………」 アキが呼び慣れたようにその名を呼ぶ それからアキが、その六条くんの話をしてくれた 彼がアキの子供の頃からの幼馴染であること 健とも中学から一緒で、ずっと仲が良かったこと そして事情があって2年生に上がった頃から学校に来なくなったこと その事情は知り合いでもない俺が踏み込みすぎないよう、今は聞くのを断った ずっと俺の制服の裾を掴んだままの健の瞳が、どこか悲しそうな色をしているように見えた

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