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おかえり

次の日 いつもより早く起きて制服の上からお気に入りのパーカーを着る 顔を洗って鏡を見ると、おれの右の耳たぶには赤く光る小さな安っぽい宝石 「んふふ!」 今日もお姉ちゃんは俺より早く家を出た お兄ちゃんもまだ、単身赴任でしばらくは帰ってこない だけど昨日の夜も今も、なぜだか寂しくないんだ この赤い静ちゃん色のピアスがあると、まるで静ちゃんが隣に居てくれているみたいだからかな おれは今日分のおやつをカバンに詰めて新しいスニーカーを履いて、スキップをしながら駅に向かった 「しょーう!ヒロくん!おはよお!」 「お、健おはよ!朝から元気だなあ」 「おはよ、よく眠れた?」 「うんっ!」 教室にたどり着くと、いつもの角の席で翔とヒロくんが仲良さげに話しているいつもの光景 この2人、何だかたまに距離感が近い時があるけどもしかしてなんて実は……なんて冗談だ 翔の問いかけに大きく頷き椅子に座ると、優しく微笑んだ翔が頭をよしよしと撫でてくれる 「あ、健、耳のそれ…………」 「あ……………えへへ……開けちゃった…」 「へぇ!いいじゃん!似合ってるぞ!」 「わーい!」 すると俺の頭をよしよししていた翔が、右耳に着けられている小さなピアスに気が付いた そしてちょこんと指先で触れながらいたそ〜、と唇を震わせている 隣で褒めてくれるヒロくんに向かって微笑むと、ヒロくんもにこりと微笑み返してくれる 「痛かっただろ?」 「ううん!痛いのすぐ忘れちゃった!」 翔に尋ねられ、首を横に振る 本当はちょっと痛かった ……………やっぱり結構痛かった だけど静ちゃんにギューとチューをしてもらったら、痛いのなんてすぐにどこかへ飛んで行っちゃった 静ちゃん、なにしてるかなあ 昨日静ちゃんから聞いた話 静ちゃんは朝早く琴美ちゃんと慶磨くんを保育園に送ってあのカフェにバイトに行くそうだ 静ちゃんのママが早く帰ってくる日は静ちゃんが夜にバーのバイトに出掛け、土日は薬局でバイトをしているそう 大変だね、と言うと静ちゃんはそうでもねえよと優しく微笑んだ 静ちゃん、今日も保育園かな………… そう思っていると、急に教室がざわざわとし出した 元から騒がしかったがそうではなく、何かいつもと違うことでも起こったような騒々しさ 「なんか騒がしくないか?」 「どうしたんだろうな、みんな」 「ここからじゃよく見えないな………」 クラスのみんなに視線を移すと、みんなは廊下の方を向いてお互いに顔を見合わせあったりしている だけど廊下からいちばん遠いここからじゃ、何が起こっているのかいまいち分からない なんだろ…………… まるで有名人でも来たかのような騒がしさ それが気になっていてもたってもいられなくなったおれは、椅子から飛び降り廊下の方へと小走りした 人混みをすり抜けてドアの前へとたどり着く するとそこには 「よう、健」 真っ赤な髪に、鋭い目付き ワイシャツは相変わらずボタン全開で、カバンはぺったんこ あまり変化のない表情は、時として怖い印象を抱かれてしまいがちだ そして左耳には、金色に輝く歪な形のピアス 低い声が、おれの名前を呼んだ気がする 「……………ず…………ちゃん……」 一度腕で目をゴシゴシと擦る 自分が幻覚を見ているんじゃないかと思ったが、目を擦っても目の前の印象的な赤髪はそこにいる 本物だ 本物の、静ちゃんだ 「静ちゃん!!!!!」 気付いた時には足が勝手に飛び出していた そして飛び出したおれの体は、ぎゅっと目の前の男に抱き留められる 「静ちゃんっ!静ちゃん……っ!!」 「おう、おはよう」 「……っ、静ちゃんだぁ……っ!」 「悪ィな、待たせちまって」 髪に触れるゴツゴツとした大きな手 制服から香る柔軟剤の匂いも、昨日と一緒 ぶっきらぼうに紡がれる声も、昨日と一緒だ おれは人目も気にせずぎゅっと強く抱き付く 自分の匂いが静ちゃんに移るくらいに激しく抱き付くと、痛えよと言って笑われる 「お、おい……あれ六条じゃね……?」 「髪の毛すご、なにあれ………」 「真っ赤じゃん……!」 「健はどうしたわけ?」 一度静まり返った教室が、またもやざわざわと騒々しくなっていく するとそれを切り裂くように、静ちゃんの低い声が響いた 「輝、いるか」 静ちゃんの体から腕を離すと、静ちゃんはきょろきょろと辺りを見回してヒロくんを探している すると教室の後ろの方からヒロくんが翔と共に人を掻き分けて出て来て、少し困ったような優しい顔を静ちゃんに向ける 「静磨…………」 「お前だろ、お袋に仕事紹介したの」 「あ………はは、バレてたんだ…」 人の目も気にせずそう言う静ちゃん ヒロくんはばつが悪そうによそ見をして頭を掻く その横でそれを心配そうに見つめる翔もいる 「………………ありがとな」 すると静ちゃんが、しっかりとヒロくんの目を見てそう告げた 静ちゃんらしくない柔らかな表情を向けられたヒロくんはどこか照れ臭そうで、でも泣きそうな顔をする 「静磨、おかえり!」 だけどその涙を振り払って、満面の笑みでそう言った それに釣られておれも笑顔になると、ヒロくんの隣の翔も嬉しそうに笑う そして最後に、少しぎこちなく静ちゃんも笑った それから教えてくれた 昨日静ちゃんのママが仕事を辞めたこと 明後日から、ヒロくんのお父さんが経営する会社で正社員として雇ってもらえるようになったこと パートで働くよりも良い収入を貰える他、退勤も定時で出来るよう保障してもらったそう そのおかげもあり、静ちゃんもバイトを減らすことが出来るとのことだ だからこれからは、静ちゃんも普通に学校に通える これから毎日、静ちゃんとの時間を過ごせる それに優しくて少し口うるさい翔 いつも撫でてくれる頼れるヒロくんもいる もう寂しい思いをすることも 辛いと言えずに悩むことも 誰かを想って辛くなることもない おれの高校生活、今日から新たなスタート こんな学校生活、楽しくならないわけがないよね!

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