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花乞・1

その屋敷は御館様の里の端、鬱蒼と繁る林の奥に隠れるようにあった。 一見すると鄙びた神社のよう。 草木が覆い繁り、いまにも崩れそうな社。 けれどもそれを過ぎれば活気ある声が響き、道場や皆の住居となる立派な家屋が連なる。 山を切り開いた敷地はかなり広く、すべてを把握しているのは御頭をはじめとするほんの数人の幹部だけだろう。 「いつもご苦労だな、清白」 「いいえ、大したことではございません」 いつもの報告と連絡を済ませた後、連翹様はにやりと男臭く笑った。 「そうか?あいつに無体なことされているならすぐに言えよ?」 「そんな…ぼくはお役目を全うさせていただくだけです」 一年ほど前までこのお屋敷で下働きをしていたぼくは、いまはあるお役目をいただいており、ここには定期的に通いで来ている。 頻繁に訪れているのに来る度に懐かしさが沁み入る。 御頭の部屋を出た後は、自然と元の仕事場であった炊事場へ足が向いた。 「清白さん?」 「菘!」 かまどの前で汗だくになった少年がすぐに気づいてくれた。菘は額の汗を拭って、笑顔で駆けてくる。 「一週間ぶりくらい?」 「そうですね!あ、前に清白さんに教えてもらった煮物すごい好評だったんです」 楽しそうに話す菘を見上げて、ほっと胸を撫で下ろす。 ―――うまくやっているようでよかった。 このお屋敷の中で、下働きというのは一番地位が低い。 炊事や洗濯などの雑用をこなすのが仕事なのだけれど、それらは大抵14歳未満の子供の役目だ。14歳になると成人として認められ、それぞれの任務を与えられる。 たしか菘も今年で14になるはず。 控えめであまり目立たず穏やかな性格だが、年齢の割に背が高く、御頭はすでに適正を見出だしているようだ。じきに指示が下りるだろう。 命をかけて仕事をする隠密衆にとって、任務を与えられないというのは致命的だ。存在価値がないにも等しい。…ぼくはそれをよく知っている。 菘と少し話した後は早々に用も済んでしまい、まだ陽も高いうちに屋敷を後にする。 先程通ったばかりの道を戻っていると、背後から追いかけるように声が掛けられた。 「清白」 「辛夷様?」 思いがけない人が現れて瞠目する。 隠密衆の中でも上位にいらっしゃる指折りで、最近は怪我のため相方の蔓様と共に休んでいたそうだが、すでに復帰したと聞いている。 「お久しぶりです。どうしましたか?もうお身体は大丈夫なんですか?」 「ああ大事ない。それより、御頭からこれを…」 渡されたのは、手のひらに収まるほどの小瓶だった。 「なんですかこれ?」 首を傾げて見上げると、いつも涼しげな表情の辛夷様が明後日の方を向いて難しい顔をしている。 「これは――…」

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