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花乞・11

ぞろぞろとお偉い方を引き連れて炊事場へ向かえば、昨日ぶりの菘がいた。ぼくの顔を見るなり喜び勇んで飛びついてくる弟分は、やはり犬のようにかわいらしい。 槐様の手前、あまり構わない方がいいのかと心配になったが、二人は鳥のことで話し込んでいてよかったと胸を撫で下ろす。 「そうだ、鳥の治部煮とか作ろうか?」 「えっ?」 「いやいや、それは酷だろう!」 「山鳥!山鳥だったら…!」 「鹿!鹿肉ならあるからこれで、な?清白!」 「え?なに?あの鳥は食用じゃないの?なんで泣いてるの、ごめんね菘!?」 いつの間にか集まっていた他の人たちが、慌てたように食材を提供してくれる。おかげで朝飯だというのに立派な食事になりそうだ。 だが同時に槐様の機嫌がどんどん下降していく。 「清白は火が恐ろしいんだぞ。お前ら全員、遠慮しろよ」 「槐様がいっしょでしたら大丈夫ですから」 ほら、かまどに火を起こしてくださいな。 文句を言いながらも、火を起こしてくれる槐様は優しい。 火炎隊の隊長様がいるからか、ぼくを悪く言う声は上がらなかった。 「清白の飯が食いたいだなんておこがましい。お前らは雑穀でも食ってろ」 「あ!槐様なんてことを!」 ところが少し目を離した隙に、槐様は米に鳥の餌を混ぜてしまった。 米を炊く釜は二つあったのだが、もちろん白米は地位のある者から配膳され、下の者には雑穀米が配られることに。 なんと薊様も雑穀米を頬張っていた。 後から気付いたのだけれども、火炎隊の人たちは事件のこともあって気まずいのか、自ら選んで雑穀米を食べていたらしい。 食事の後、ぼくと槐様は連翹様へご挨拶に伺った。 槐様は火炎隊について、薊様と取り決めたことを報告した後、すっと背筋を伸ばして連翹様を見た。 「連翹、改めて清白を嫁にもらう許可をくれないか」 連翹様は槐様のその言葉に目を丸くする。ぼくも少し驚いた。 「なんだよ突然、かしこまって」 「清白が、この屋敷は実家のようなところだと言うからな。ならきちんと挨拶をしておかねばと思った」 「え、槐様…!」 にやりと笑った槐様に、ぼくは顔が真っ赤になる。 「オレは清白の父親かよ。まあ、然もありなんか?」 連翹様も居住まいを正して、槐様へ視線を合わせる。 「泣かせたら承知しない」 「無論。しあわせにすると誓う」 「槐様…!」 「清白、困ったことがあればすぐに相談しろ」 「連翹様…!」 「たまには帰ってくればいい」 「却下する」 「槐、狭量な旦那は捨てられるぞ」 ぼろぼろと泣き崩れるぼくを槐様は抱き締めてくれた。 何度も何度も御礼を言って、まだ止まらない涙を拭いながら、ぼくたちの家へ帰ることを告げた。 *** この道程を槐様と歩くのははじめてだ。 きっと槐様ならあっという間に走り抜けてしまうのだろうが、ぼくと手を繋いでゆったりと歩いてくれる。足場の悪いところはさりげなく支えてくれて、おかげでいつもより進みが早い。 槐様がいると思うとなにも不安を感じない。 こんなに頼りきってしまっていいのかと心配になるくらい。 「今度はいっしょに町に行こう」 「本当ですか?嬉しいです!」 槐様の長い指をにぎにぎと握りながら、ぼくは漫然と考えていたことを聞いてみる。 「あのね、槐様。ぼく、なにか生業があったほうがいいだろうとずっと考えてたんですけど、だんご屋とかどうかなって思うんです。ぼくにできることはそれくらいかなって」 「…清白」 「もちろん、すぐにうまくいくとは思ってないですよ!」 火が怖いなんて言ってるぼくが、本当にやれるのかすら分からないのだ。 慌てて否定の言葉を挟むが、槐様はなにやら感慨深げに「団子屋か」と呟いている。 「いい考えかもしれないな。本当はオレが商売を始めようと思っていたんだが、オレができるのは火縄売りくらいだろう?悪目立ちするのもよくないしな」 槐様の技術があればなんだってできそうな気がするが、確かに下手に目立つようでは、隠密衆の仕事に影響してしまう。 「かわいい団子売りがいればすぐに繁盛するはずだ。体たらくの旦那兼用心棒として、雇ってくれるか?」 「そんな!心強いだけです!」 槐様といればなにも怖くない。 ぼくの居場所はこの方の隣にあると思うと、ただただ幸せで歓びに溢れる。 「大好きです、槐様」 *** 「ふわぁ、よく寝た…。んん?」 「よう三椏。今朝も遅い目覚めだな」 「昨夜もずいぶん遅くまで仕込んでましたからね。ところで御頭、なんか誰も彼もやたら満足そうじゃね?なんかあったのか?」 「ああ。今日の朝食は久しぶりに清白の担当だったからな」 「えー!オレの、オレの分は!?」 「残ってるわけないだろ、朝寝坊が」 「オレ仕事してたのに!!」 おわり

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