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十七、柊さんは僕のもの 後
部屋を出れば、柊さんの言った通り注目の的で、僕は柊さんに隠れる様に歩いた。
寮を出れば、見覚えのある美少年がこちらへ駆けてくる。僕はそれがデジャヴのように感じて、柊さんの袖をギュっと握りしめた。
すると柊さんが僕を背中に庇い、僕の視界を遮ってくれる。
「それ以上近寄んなよ」
「酷い! 僕は謝りたいだけなのに」
「謝るのに引っ付く必要ねぇだろ」
「…そうだけど」
「じゃぁ、そっからしろよ」
「じゃあそこ退いてよ! 顔見えないし!」
柊さんとヒカル君が揉めている。柊さんもヒカル君も、ただでさえ人目を引くのに、こんなに騒いだら大変だ。僕がきょろきょろと見渡せば、周りの視線が嫌というほど集まっていた。
視線を戻せば、いつの間か距離を詰めてきていたヒカル君が目の前に立っていた。
「…あ…」
目が合えば、ヒカル君は目をパチクリさせてから、少し目を逸らして頬を染めた。
「…かわいい…」
「おい、おまえな」
「わ、わかってるよ! ——碧、ごめんね? 僕、碧のこと勘違いしてて…、竜哉に言われるまま信じて、碧のことすごく傷つけた…。本当に、ごめん」
ヒカル君が謝っている。僕の名前が出てくるということは僕に対して謝っているのだと思うのだけど、どうしてだろう。
「僕…その、ヒカル君に何かされたわけじゃないから、別に…」
「え…? 竜哉のために、って碧のこと排除しようとしたんだよ?」
「でも、別に、僕…本当に…」
「……ねぇ、どうすればいいの?」
ヒカル君は困惑顔で助けを求めるような眼差しを柊さんに送った。
「碧はこういうやつなんだよ。やられたことに対して何も根に持たずボーっとしてるから、目が離せねぇ…」
「じゃあ、これからは僕も碧のこと見守るから!」
「はぁ!!!? 近寄んな。おまえがいると碌なことにならねぇんだよ」
「なにそれ、酷い! ——あっ! 碧のこと独り占めしようとしてるんでしょ!」
「それのどこが悪い」
柊さんとヒカル君はとても仲が良さそうだ。こんなふうに柊さんと言い合えるヒカル君が羨ましい。
もしかして、ヒカル君は柊さんのこと好きなのかな…。
柊さんがヒカル君の所に行ってしまったらどうしよう。二人は美男美女——もとい美男美少年でお似合いで、きっと皆納得のカップルだ。
そうなれば、柊さんもまた、竜ちゃんと同じようにヒカル君を守ろうとするのだろうか。
そんなの…。
——そんなの、いやだ!
「柊さんは渡さないから…っ! い、いくらヒカル君が可愛くても、柊さんは渡さないから!」
僕は柊さんの腕を引っ張ってギュッて抱き寄せた。
「「―――え、?」」
二人は同時に振り向いて、きょとんとした顔を僕に向けた。二人に見つめられて、カァと顔が火照りだすのが自分でもわかる。二人の表情から察するに、僕はまた可笑しなことを言ってしまったのだろう。
「…僕…その…」
「……碧、それって…」
そう言った柊さんの長い指がそっと僕の髪に触れる。
俯いていた顔を上げて柊さんを窺えば、柊さんの目尻がほんのり色づいていた。僕が言ったことが恥ずかしかったんだろうか。
謝ろうと口を開けば、髪を撫で梳いた手でそっと引き寄せられて、僕は柊さんの腕の中に収まった。
「心配すんな。どこにも行かねぇよ」
柊さんの優しい声が降ってくる。柊さんの言葉は僕を安心させてくれる。不安を打ち消してくれる。
僕は大好きな柊さんの腕の中で、その温もりにうっとりと目を閉じた。
すると、柊さんが僕の耳元でこう呟いた。
「——俺はとっくに、おまえのなんだからよ」
一層強く抱きしめられた僕には、その時の柊さんの表情を窺い知ることは叶わなかった。
END
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