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十七、柊さんは僕のもの 前
あの後、足元が覚束なかった僕は柊さんに抱えられ保健室に向かったはずだった。けれど、柊さんに抱っこされているのが余りに心地よくて、いつの間にか眠ってしまったようだ。目覚めれば僕の寮部屋のベッドに寝かされていた。
柊さんは僕の後ろにいて、寝息を立てている。顔を見たいけれど、寝返りを打てないのは、柊さんが僕を抱っこしたまま眠っているからだ。
きっと僕が動くと起きてしまう。僕の下敷きになっている柊さんの腕が痺れてしまわないか心配になりながらも、僕は動けなかった。柊さんの体温がとても気持ちよくて、動きたくないというのが正直なところだけれど。
「……みどり…?」
ごそりと柊さんが動いて、僕はドキリと身を固くした。柊さんの髪の毛が僕の首筋をくすぐって、距離の近さを意識してしまう。
「…はい」
「起きてんのか…。体は? 痛いとか怠いとかねぇ?」
「大丈夫です」
柊さんがごろ、と器用に僕の体を反転させて、向かい合わせになる。鼻が触れるぐらい顔が近い。
「柊さん…あ、あの…」
「嫌?」
「…い、嫌じゃ…ないです…」
心臓がバクバクと音を立てて、破裂してしまいそうだ。
「碧? もしかして、熱…?」
額にこつんと柊さんの額が当てられてる。熱なんてないのに、熱が出てしまいそうで、僕は仰け反って柊さんの額から逃れた。
「ち、違います! 大丈夫です!」
「あ? ……まさか…照れてんの?」
「柊さんカッコいいから、ここまで近いと緊張して…」
「あー…そうだった。自覚ねぇもんな…。ま、それがいいんだけど。自信満々の碧とか想像できねぇし」
「…はい…」
「でも、もう大丈夫だな。俺の顔見て話せてるってことはちゃんと前向けてるってことだし、いいんじゃねぇ?」
前髪がなくなっても、柊さんがいてくれるから、僕は顔を上げていられるのかもしれない。
本当は顔を見られたくないし、前髪をまた伸ばしたいと思うけれど、柊さんがこっちの方が良いって言ってくれるから。
「……柊さん、その…ありがとうございます。僕…柊さんと会えてよかった。最初はカツアゲされるかと思って怖かったけど…」
「カツアゲ…って、おまえな…」
「で、でも! 優しいから不良じゃないってちゃんとわかってましたから!」
「……はぁ、まあいいけどな。俺も最初は碧のこと誤解してたし」
柊さんは少し気まずそうにしながら、頭をガシガシと掻いた。
「そうなんですか?」
「そ。北條のストーカーがハーフ野郎を殴りつけたって聞けば、どんな奴かって思うだろ?」
「ハーフ……ヒカル君のこと…? ぼ、僕殴ってなんか…」
「当たり前だろ。そんなことわかってるって。…興味本位に近づいてみりゃ、思ってんのと違うし、ちょっかいかけたくなって……あー、やめたやめた。この話は終わり」
僕の体の下に差し込まれたままだった腕を引き抜いて、柊さんは起き上がった。
「今日は休めよ。色々後始末があるから、俺はいかねぇとだけど」
「…柊さんが行くなら行きます」
僕は咄嗟にそう答えてしまった。柊さんが隣にいなくなって少し肌寒くなったからかもしれない。
柊さんを見上げると、柊さんは額に指をあてて、何か考えているようだった。
「……注目されんの、目に見えてんだろ」
「だ、大丈夫。柊さん、いてくれるんですよね?」
「…わかった。俺から離れんなよ」
「はい!」
制服を着れば、柊さんは家でしてくれたように、僕の髪にワックスを付けてくれる。距離が近くてドキドキする。でもそれが嬉しい。
僕はちらちらと柊さんの顔を窺えば、柊さんは吐息だけで笑った。
「あ、僕、お風呂入ってない」
ふと思い出して呟けば、柊さんは「ったく」と言いながらもくくっと笑った。
「俺が入れといた」
「えっ」
「ほら行くぞ。食堂行って朝飯食わねぇと」
手を洗ってさっさと部屋を出ていこうとする柊さんの後を、僕は慌てて追った。
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