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第1話

 それは、今まで自分の中にはなかった青春と冒険のはじまり。  もともと本が大好きで、大学を卒業してこのまま地元の本屋に就職をしてもよかった。  けれども、どことなく刺激が欲しくて、貯金をはたいてまで高槻偲(たかつきしのぶ)は大学卒業後、すぐに東京へと上京した。  上京するにあたり、両親は特になにも言わなかった。  しかし、大学時代に就職活動というのをまともにしてこなかったせいで、上京するにもまずは働き口を見つけなくてはいけない。本屋ならどこでもいいという考えもあるが、有名かつ大型書店のほうがやりがいもあるだろうと思い、第一候補である書店の採用情報をまずは確認した。 「――そうですか……」  幸いなことに募集はしていたが、当然ではあるが正社員の募集は終了。ただ、すぐ正社員にはなれないが、契約社員から正社員への登用もあるからどうだろうかと提案された。  慣れない面接で説明を受けながら、ゆくゆくは正社員として書店で働きたい意思を伝える。そうすると、まずは契約社員という形で、大好きな書店で働くことが決定したのだ。 「よろしくお願いします!」  この書店で経験を積み、田舎にある実家に帰郷するのもありだろう。小型書店ではあるが、田舎にも同じ系列書店があるのだ。同じ系列の書店でも、東京にある本店のほうが建物の大きさもフロアも倍以上ある。  それもそうだろう。  所謂、大型書店なのだから。  契約社員として入社してからは、覚えることが沢山だ。  初日は座学のみとなり、会社の説明と仕事内容の説明を受けた。残りの時間を使ってフロア内の説明もざっくりと受ける。  翌日からは教育係がつき、研修がはじまった。  ざっくり受けたフロア内の説明を、今度は時間をかけてどのフロアに、どのような書籍が陳列されているのかを覚えていく。  そのあとは、二週間交代で各フロアごとの研修に入り、研修が終了すれば今度はレジ打ち、棚作り、ポップなどの広告作りなどと、ひとつ、ひとつ、ステップアップしていくことで覚えることが増えていった。  約三ヶ月ほど店全体のことをひと通り覚えると、あるとき店長に呼び出された。 「そろそろ担当持ってもいいかなって考えてるんだけど、高槻くんは得意なジャンルや興味のあるジャンルあるかな?」 「得意なジャンル……」 「高槻くん、あっち得意というか好きだよね!」 「……!?」  言うか言うまいか頭の中で迷いながら考えていた横で、入社してから色々と教えてもらい、世話まで焼いてくれた教育係の彼女が店長に笑顔で突っ込んできた。  彼女の名前は田中美里(たなかみさと)。担当はコミックスフロア全般を任されている正社員。現在は、高槻の教育係として動いている、いわば先輩なのだ。 「あっち?」  隣にいる彼女の笑顔に嫌な予感しかせず、高槻は顔を引き攣らせた。 「漫画好きなんですよ。でも、漫画と言っても少年漫画、青年漫画、少女漫画という一般向けのようなものではなくて――」 「まさか、成人向け?」 「なわけないです!」 「いやー、男なら成人向けが好きでもいいと思うんだけどね」 「だからといって違いますよ!」 「うーん。なんだろう、気になるね」 「ですよね、店長! まあ、ここまで言ってしまったんだから、スパッと言ったほうが下手に隠すより気が楽になるんじゃないかな?」 「もうっ! 僕に逃げ道なんてないじゃないですか!」  焦る高槻の姿に、彼女は「ふふ」と笑う。  そんな彼女に、高槻は頬を膨らませて不貞腐れた。  だが、彼女の言っていることも一理あるのかもしれない。  ここで自分の趣向を伝えておけば、下手に隠してばれるよりも最初から伝えていることで仕事がやりやすいかもしれない。 「ほら、二人だけで話を進めないで僕にも教えてくれないと」 「高槻くんが言いづらいなら、私が言っちゃおうかなあ」 「じ、自分で言えます」  店長は気になるのか、まだかまだかと待っている様子。  意を決して、高槻は気まずそうに口を開いた。 「ぼ、僕、その……」 「うん。なにかな?」  にこにこと笑顔で待っている店長を目の前にすると、なかなか第一声が出てこない。 「もう、じれったいわね。私にばれたときみたいに、一気に告白しなさいよ。ジャンル説明のとき、一番目を輝かせていたのはどこの誰よ!」 「うわああっ! もう、田中さん!」  意を決したはずなのに、からかいながらくつくつと笑う彼女を睨みつける。怖い怖い、と笑いながら言う彼女を放置して、高槻は店長に今度こそ自分から告げた。 「僕、……だ、男性同士の恋愛話が……その、好きで……」 「ああ、BLね。高槻くんは、BLが好きなんだね」  店長の口から「BL」の単語が出てくるとは思わなかった。 「もしかして、そっちの人なの?」 「あ、いえっ、それは違います」  高槻が好きなもの。いくら本が好きでも、男性同士の恋愛を好む本が大好きなのだ。  所謂、ボーイズラブ。  最初から嫌悪感もなく、ただ単純に好きなのだ。  男女の恋愛にも憧れを抱くような内容もあるが、男性同士の隠れている未知数な愛の可能性、背徳感。男女のようにうまくいくような恋愛ではなく、同性同士ならではの葛藤など、恋愛に対して戦う姿が、高槻にとっては衝撃的で魅力そのものなのだ。  男性ならではの恋愛模様に、どうしても惹かれてしまう。  けれども、男性同士の恋愛話を読んでいるからといって、現実の恋愛が物語同様そっちに傾くような高槻ではない。  しかし、小説や漫画みたいに、いつ自分がひとりの同性を男として恋愛感情を持つかなんて、先のことはわからない。  もしかしたら、明日思いがけないことでひと目惚れしてしまう場面に遭遇してしまうかもしれないし、半年後、一年後かもしれない――いや、それより、もっと先かもしれない。  そういったことが起こるかは、運命次第。  ちょっとしたきっかけで、人生が変わってしまうかもしれない。 「そうだね。……それ系で小説も読む?」 「半々、ですね。むしろ、給料の半分以上……いえ、生活費や貯金する分などはきちんと確保しますけど、それ以外で趣味に使うお金は、ほとんどと言っていいほど、BL関係に貢いでますね」 「それはまた凄い」 「ね、店長! 高槻くん、スタッフの中でも強者だと思うんです。それに、男性スタッフ目線からのBLコーナーの棚作りもおもしろそうだなって思いますよ」 「確かにそれは……それなら、やってみようか。BL書籍担当として。もちろん、教育係でもある田中さんも一緒にね」 「……へ?」  店長の言葉に目を丸くさせた高槻と彼女は、お互いに顔を見合わせ、今度は店長の顔を窺い「ええっ!?」と声を揃えて驚いた表情を見せた。 「ほら、息ピッタリ。大丈夫、大丈夫。棚作りのことは先輩でもある田中さんから教わって、BLのことに関しては高槻くんがメインで動いていく。最強のコンビ誕生だよね」  にこやかに言う店長に反論すらできず、高槻も彼女も二人して呆気に取られていた。  それに、店長から「最強のコンビ」とまで言われてしまっては余計に断りにくい。  本屋で働けるだけでも嬉しいのに、彼女のひと言で好きなジャンルでもある「BL」に携われることができて、このとき不本意ながらも感謝した。

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