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番外編①こたつとみかんと好きなもの

 こたつでみかん――は、確かに至福のときである。  そこに、自分の好きなものを添えればもっと至福である。 「高槻さんと二人きりになれるのは嬉しいですけど、新年早々、同人誌とは……」 「一日だけコミマに行けたのはいいですが、その代わり今日まで休みなく仕事を頑張ったので読む時間なかったんです」 「それは知ってます。……まあ、そう言う俺も、商業番外編が気になって負けてますが」  四角いこたつテーブルに向かい合わせに座りながら、高槻は読みながら梶浦と会話を交わし、今しがた読み終わった梶浦はテーブルの中央に置いてある籠に入ったみかんをひとつ手に取り剥きはじめた。  年末に数日間開催されるコミマ――通称コミックマート――に、梶浦と一緒に行ってきたのだ。もちろん書店だって年末は慌ただしい。そんな中、元旦の休業日以外はたくさん働くことを理由に、高槻と梶浦は同時に休みをもらった。難しいのであれば、午前働いてその脚で午後から会場に向かう気でいた。その間、どちらかが頑張って戦争に勝ち抜かなければいけないことになってしまうが。  しかし、そんな考えも裏腹に、店長はあっさりと「いいよ」と嫌味を言うことなく了承してくれた。  心の中で「店長、神」と思ったことは秘密だ。  だが、本当にその休み以外は地獄だった。高槻が働いている書店は所謂ブラック企業というわけではないが、年末だと人手もギリギリなため通常業務のほかにレジ打ちや別フロアへのヘルプも担っていた。梶浦と別行動で業務をすることもあれば、時間帯によってはBLコーナーで被ることもあった。それでもやらなくてはいけないこともあったため、まともに会話も業務的な内容くらいしか交わすことができなかった。  だから、コミマを迎えたときには生きててよかった、と二人して労ったのは言うまでもない。 「――はい、高槻さん」 「え? あ、ありがとうございます」  綺麗に剥かれたみかんをひと房だけもらうと、そのまま口に放り込んだ。甘みが口の中で広がっていく。  まだいりますか、と訊いてくる梶浦を、高槻は断った。 「あと少しで読み終わるので、そうしたらまたもらいます」 「わかりました」 「まだ途中ですけど、この作品の番外編よすぎて涙が出そうです」 「本当ですか? 読むの楽しみになりました」 「読み終えたら渡しますね」  元旦早々、コミマで買った戦利品を読み回す男二人。  これを第三者が見れば、異様な光景に違いない。男二人が男同士の恋愛ものを読んでいるのだ。  そして、読んでいる二人は恋人同士でもある。 (……人生、なにが起こるかわからない……)  読みながらそんなことを思う。  駄目だ、同人誌に集中できていない。高槻は、あと数ページで読み終わる同人誌を隅から隅まで読んだ。パタン、と薄い本を閉じて、梶浦に声をかけた。 「はい、梶浦さん」 「あ、ちょっと待ってください。手を拭きます」  みかんで汚れている手を拭い、高槻から同人誌を受け取る。  読み終わったところでひと息入れようと、お湯を沸かすために立ち上がった。 「梶浦さんもコーヒー飲みますか?」 「もらいます!」 「お湯が沸き終るまで飲み終えてくださいね」  こたつから出てキッチンへ行けば、温まっていた身体が徐々に冷えてくる。ケトルに水を入れると電源のスイッチを押した。寒いのでこたつに戻りたいが、また出るのも面倒だ。 (数分の我慢、我慢)  そんなことを思いながら、さっき読んだ番外編よかったな、また単行本読み返そう――なんて考える。年末年始だろうと、好きなものに触れられるのは幸せなことだ。  ただ、梶浦はその辺どう思っているだろうか。  つき合うようになって、やることもやった。恋人らしいことをしないというわけではないが、腐男子の高槻すれば、現実よりも妄想のほうが勝ってしまう。  そもそも、誰ともつき合ったことがないのだ。だからといってデートの仕方を知らないというわけでもなければ、商業BL作品を読んでこういったデートの仕方もありだなと、梶浦と参考にしたことも実際にあった。  まだ恥ずかしさも相俟っているせいか、もしかしたら梶浦に我慢させているかもしれないと思うとなんだか切なくなった。  梶浦も同じくBL作品を読むので、つい話がそっちに傾いてしまうのだ。 「……誘ったのはいいけど、結局読書会みたいになってるし……」  吐き出された小さな声は、お湯を沸かす音でかき消されていく。  年初め、初詣に行ったりして新年を楽しみたかったかもしれない。  コミマは特に気にしないが、それ以外のことになると人が多く賑わう場所に行くのは少し抵抗がある。 「あとで、ごめんなさいって言っておこうかな」 「――なにが、ごめんなさいなんですか?」 「え、うわぁ! え、えっ!?」  背後から腕ごと抱きしめられ、背中に温もりが伝わってきた。 「ど、どうして、梶浦さん!」 「お湯が沸きましたよって音が鳴ってたのに、高槻さんなかなか戻ってこないので……そしたらボーっとしてるし」 「僕、現実逃避してました?」 「してましたね。一応、声かけたんですよ」 「ご、ごめんなさい! 寒いのでこたつに戻ってください。今すぐお湯持っていくので」  腕の中で慌てふためく高槻の耳元に、囁くように梶浦が問い詰めてきた。 「えっちなこと、考えてたんですか?」 「ち、違いますっ」  ぞわぞわと、梶浦の息がかかり肩が震えた。しかも、甘く囁かれるものだから、変に感じてしまう。  耳元で言うの反則です、と言えば、梶浦は「さっきの質問に答えてください」と言って抱きしめたまま離さないでいる。 「……笑わないでくださいよ」 「笑わないように頑張ります」 「そこは笑わないとはっきり言ってくださいっ」  もう、と呆れたように言えば、すでに梶浦はくすりと笑みを零していた。 「ええっと、せっかく二人きりなのに、いつものような感じになってしまって梶浦さん退屈してないかなと思いまして……」  しどろもどろなりながら答えると、耳元でくすくすと小さく笑っている梶浦の声。やはり笑っているではないか。なにが頑張ります、だ――と心の中で悪態をつきながら、高槻は「梶浦さんのばかっ」と不貞腐れた。  そんな高槻を更に抱きしめ、耳の裏側に唇を落としていく梶浦。啄むように、少しずつ唇をずらしていき、耳の裏側から耳殻、耳朶を食んでいった。 「んっ……も、くすぐったい、です、よっ」 「高槻さんが可愛いことを言うから」 「僕は思ったことを言っただけで、んんっ」  ぬちゅ、と耳の中を舌で撫でられた。  ぞくぞく、と快感が小さく生まれていく。 (このままだと、BL作品でよくある正月早々の姫始め……)  今の状況から、よくそんなことを考える余裕があるなと高槻は自分自身にツッコミを入れた。 「……また、現実逃避してるんですか?」  ――今、自分の置かれている状況わかってます?  耳に、ふー、と息を吹きかけられ、現実に引き戻された。 「ひ、んっ」 「はは、可愛い声。もっと聴かせて」 「あ、もっ、梶浦さんっ」  お湯も沸かしたというのに、これでは沸かし直さなくてはいけないではないか。  ちゅ、ちゅ、と何度もくちづけを落とされて、高槻は腕の中で身悶えた。梶浦と約二十センチの身長差があり、そう簡単には逃げることができない。  梶浦のいいようにされながら、与えられる甘い誘惑に脳がくらくらしそうになる。 (ああ、もうっ……ほんっと、梶浦さん、どんな場所でもムード作るの上手なんだからっ)  寒いはずなのに、身体が徐々に熱を持ちはじめる。  彼はずるい。高槻が下手に抵抗せずに受け入れるとわかっているから、優しく、溶かすように与えていく。 「いつも通りの過ごし方でも俺は満足してますよ。それで、色んな高槻さんを見れるんですから。もちろん、そのあとしっかり俺を構ってくれる高槻さんも大好きです」 「……っ」 「同じ趣味を共有できて、こうやっていちゃつくこともできる」  退屈している余裕なんてないですよ、と言われ、高槻はそのまま抱きかかえられた。簡単に抱きかかえられたことにショックを受けながらも、されるがままに運ばれた。  高槻を背後から包み込むように、一緒にこたつの中に入れられる。 (……逃げられない、というか、これはよく番外編で読む……)  なんでもかんでもBL作品に変換するのはよくない。  すでに、頭の中でこたつでえっちか――なんて考えが過った。  そうすれば案の定、背後から服の中に手を入れてくる梶浦。肌を滑る手が少しだけひんやりとしており、思わず身体が反応した。 「少しだけ休憩です。二人で暖かくなりましょうね」 「休憩って、あっ、もっ……梶浦さ、んっ……!」  うなじに唇を落とされ、舐められた。  しばらく離してはくれないだろうなと思いながら、与えられる熱に高槻は翻弄された。  終わった頃には、沸かしていたお湯もすっかり冷めていたのはいうまでもない。  終わり

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