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後日談①シンプルな気持ち(初体験)
正社員の試験と面談を受け、無事に契約社員から正社員への道へ進むことができた高槻。
正確には、来年度の四月から。
その報せを、高槻より梶浦のほうがそわそわして落ちつかないせいか、逆に落ちついていられた。こんなにも、自分のことで一喜一憂してくれる梶浦に、高槻は些細な幸せを噛みしめていた。
そして――。
「高槻さん! 今日は、絶対家に行きますから!」
「え!? な、なんでですか!?」
「……いつになったら、約束のこと実行してくれるんですか」
「……っ」
梶浦の言う「約束」を、高槻はずっと延ばし、延ばしで過ごしていた。
決して、忘れていたわけではない。
ただ、その約束をどう切り出せばいいのか、タイミングが掴めないまま時間だけが過ぎていくばかり。
(約束したのは僕だけど……やっぱり、まだ……)
正直、怖くないといえば嘘になる。
女性とも男性ともセックスの経験はなく、高槻がはじめてだということは梶浦も知っている。仮に、経験済みであることを梶浦が知れば、この世とは思えない顔をして驚くだろう。
そして、小一時間ほど問い詰められてしまうに違いない。
想像するだけでおもしろいが、現実はそれどころではなかった。
頭ではわかっていても、心が追いつかない。
時間はいくらでもあるのに、気持ちの整理がつかない。
「……すみません。無理強いはさせたくないのに、俺……」
「いえ……僕だって、期待させるような約束を……ごめんなさい」
「高槻さんが謝ることなんて……」
「それを言うなら、梶浦さんだって……」
そこまで言えば、二人とも顔を見合わせて苦笑し合った。
「家に行けなくとも、仕事が終わったあと食事でもして帰りませんか?」
何事もないように振舞う梶浦に、ツキン、と胸を痛ませながら、高槻は「はい」と二つ返事した。
「――……で、どうして俺に、相談するんですか」
「桜田さんなら、話くらい聞いてくれると思いまして……」
「BLマスターの高槻さんなら、悩み事なんて作品読んでたらなんとかなるんじゃないんですか?」
「作品と現実は違いますから!」
「冗談ですって。ここに梶浦さんがいないあたり、梶浦さんのことなのはわかりますが……内容が内容なだけに……」
以前、梶浦とのことで色々とあった桜田とは、今も仕事仲間として、ときには梶浦とのことで相談相手になっている。
可愛い見た目に反して時折口が悪くなるのは、気を許してくれている証拠でもあり、一連のことがあったからだろうと思っている。
悩みが悩みなだけに、流石に元教育係でもあり腐仲間でもある彼女――田中に性事情を話すわけにはいかず、こうして桜田に相談しているのだ。
「その……はじめてだから、梶浦さんのことを考えると……」
「高槻さん。その悩み、梶浦さんにとっては、恐らく無意味だと思いますよ。梶浦さんのことです。俺好みに開発してあげると、商業BL作品に出てくるような言葉で、嬉しそうに手取り足取り触れてくると思いますけど」
「うっ……」
それはそれで流石に怖いと、内心思ってしまったのは内緒だ。
だが、桜田の言う通り、現実でも起こりそうだ。
「いつも通りでいいじゃないですか」
「桜田さん……」
「ま、受け入れる側への負担は大きいので、それなりに覚悟と気持ちの整理は必要かもしれませんが……でも、緊張したっていいじゃないですか。梶浦さんは、いつも通りの高槻さんを待ってると思いますよ」
あとは高槻さんの気持ち次第ですけどね、とアドバイスをくれる桜田に、高槻は眉を下げて笑みを浮かべた。
「それに、梶浦さんゲイだし、高槻さんの裸を見ても萎えるような人ではないとも思いますけど。……思い出すと殴りたくなりますが、前に触れられたんですよね?」
「……っ、はい」
それもあるが、気持ちを伝えたあとも触れ合った。
肌を重ねることはしていないが、抜き合うことはした――が、それも、そのときだけ。
それ以降は、お互いにキスしかしていない。
高槻のことを考えて、梶浦はキスだけで我慢しているのだ。
あとは、高槻の気持ち次第。
同性同士のセックスの仕方は、きちんとネットで調べて勉強した。いくらBL作品を読んで、ある程度知識を知っているとはいえ、間違った覚え方をしていてはまずい。
手を震わせながら、通販で揃えるものは揃えてある。
「……触れ合うだけなのと、肌を重ねるのはまた違いますから、不安になりますよね。はじめてとか関係なしに、高槻さんは、梶浦さんに抱かれるのは嫌ですか?」
「……僕は……」
「今の時点で嫌だと思うなら、梶浦さんにハッキリ告げたほうがいいです。難しく考えないで、シンプルに考えてみたらどうですか?」
「……シンプルに……」
「はい。梶浦さんに抱かれたいか、抱かれたくないか。それに、セックスをすることが絶対というわけでもないです。セックスをしないカップルも中にはいますし」
次から次へと桜田の言葉に、高槻は考える。
梶浦は高槻を抱きたいと思っている。
(僕は……)
触れられたいと思っていなければ、約束なんて高槻はしなかった。
それに、気持ちが通じ合ってからの触れ合いは嫌ではなかったし、触られるたびに「好き」が溢れていった。
(……とっくに答えなんて出てるじゃん)
梶浦に無理矢理触れられて自覚したときと同じで、気持ちの整理以前に、セックスをするのが「はじめて」なのを理由に頑なに自分を守っていたのだ。
「……桜田さん」
「どうしたんですか?」
「ありがとうございます」
「? 高槻さんの中で、答えが出たのならよかったです。俺、必要じゃなかったじゃないですか」
「ううん。必要でしたよ」
そうでなければ、また梶浦に我慢させるところだった。
「俺がいないとき、よく桜田さんと話をしてると真壁さんから聞いたんですけど……そうなんですか?」
翌日、高槻が午後出勤、梶浦が休みということで、高槻の家にようやく梶浦を招待した。約束の日になるまで、梶浦は常に嬉しそうな表情をしており、高槻はずっと胸がドキドキしていた。
そして、高槻が桜田に梶浦のことで相談をしているなんて、当の本人は知る由もなかっただろうと思っていたのに、真壁の余計な観察力を恨んだ。
「一時は、高槻さんを襲うと脅してきた人ですよ」
「それは……」
桜田のやったことは悪いことではあったが、それはもう終わった話である。それでも、二人でいることにいい気持ちを持っていない梶浦は、いくら和解したからといえど、小さなことでも警戒してしまうのだろう。
「……なにを、話してたんですか?」
「えっと……」
「俺には言えないようなことですか? 桜田さんには言えるのに?」
喧嘩をしたくて家に招待をしたわけではないのに、話の流れで険悪な雰囲気になってしまう。コーヒーを淹れたカップを眺めながら、高槻はなんとかしなくてはと打開策を考える。
折角、決心までして梶浦を呼んだのに、これでは台無しだ。
逆に梶浦も、こんなことを言いに高槻の家に来たわけではないのに、桜田のことで嫉妬して高槻を困らせてしまい、心の中で「なにをやっているんだ俺は」と殴りそうになった。
お互い、そんなことを思っているなんて知らない。
それをぶち破ったのは、高槻だ。
「桜田さんとは、その、疚しいことは一切ありません。ただ……」
「……ただ?」
「うっ……は、はじめてなので、その相談を……」
頬に熱が集まる。
「は、……まさか、桜田さんに〝俺が教えてあげましょうか?〟と誘われてませんか!? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。それ以前に、呆れられました」
同時に、開発云々を言っていたのを思い出し、笑いを零してしまう。これを言えば、梶浦は興奮しそうなので止めておく。
「桜田さんには、いつも通りでいいじゃないですか、と言われました」
「いつも通り……ですか?」
「はい。緊張してようが、はじめてだろうが、いつも通りの僕をって」
男同士で、はじめてのセックスは怖いという気持ちはあるけれども、好きな人に触れられて欲しいと思えば、怖いのも、はじめてなのも二の次だと感じた。
「……僕、セックスははじめてです」
「はい」
「勿論、怖いという気持ちもあります」
「はい」
「でも、……梶浦さんに触りたい、触られたい、温もりを感じたい。シンプルに考えたら、今まで考えていた覚悟とかどうでもよくなってしまって……」
「高槻さん……」
「その……僕を、抱いてくれませんか?」
柔らかい笑みを、梶浦に向ける。
自分から言うのは、気恥ずかしい気持ちもあるけれども、梶浦に伝えたかった。
「怖くないように、うんと優しくします」
「はい」
「痛かったり、無理だと思ったら、俺のことはいいので、すぐに言ってください」
「はい」
「高槻さんを、抱かせてください」
頬に手を添えられて、慈しむような目で見つめられる。
触れた手から伝わる温もりが、じんわりの胸に染み込んでいく感覚に陥る。
改めて、梶浦に触れられるのは好きだなと思った。
「……お手柔らかにお願いします」
最後にいくにつれて、尻すぼみしてしまう。
「はぁ……高槻さん、可愛すぎっ」
「か、可愛くなんか――……ぅん」
唇が触れる。ただ、触れただけなのに、ど、ど、と胸の鼓動が早鐘する。触れては離れ、また触れる。しっとりとしている唇が気持ちよくて、もっと触れていたくなる。
高槻のほうから、チロッ、と舌先で唇を舐めた。
「っ、はぁ……」
「……キスしながら、触れてもいいですか?」
「は、はいっ」
性急にではなく、再びゆっくりと重なる唇。触れ合いながら、服の上から手で身体を撫でられる。直接、肌を撫でられているわけでもないのに、腰のあたりがぞくぞくと駆け上がってくる。
それは、不快なものではなく、快感に繋がる気持ちいいもの。
「ふ、んっ……っ」
息もあがり、吐息も零れる。
唇も、手も、触れるどこも気持ちがいい。
だが、名残惜しくも唇は離れていく。
「……ベッドに行きましょう」
「あっ……」
床のまま行為に及んでもいいが、はじめてなのであればベッドでするのが一番。身体に負担がかかってしまうのは変わりないが、ベッドでするのとしないのとではまた違う。
それ以前に、する前に風呂に入るつもりでいたのに、そのタイミングすら逃している。
ええい、もう、どうにでもなれという気持ちと、これからすることに恥ずかしさを感じながら、高槻は顔を俯いたままベッドにあがった。
そして、梶浦と向き合おうとするも梶浦に肩を掴まれた。
「高槻さんはこっちです」
梶浦を背に、両脚の間に高槻の身体は納まる。背中に梶浦の温もりが感じられ、ドキドキと胸が高鳴った。
「本当は顔を見てやりたいですが、このほうがやりやすいので」
「っ、そ、そうなんですね」
「少しずつ、一緒にやっていきましょう。ね?」
「は、はい」
これからも、こういうことを一緒にやろうと、高槻に合わせてくれる梶浦の姿勢に嬉しくなる。
「俺に身を委ねてくれていいですよ。シャツ、脱がしていきますね」
高槻に合わせて、確認しながら進んでくれる。
確認してくれるのは嬉しいが、実はそれが恥ずかしいということを梶浦は気づいてくれない。
心臓が爆発しそうだ。
いや、これからもっと爆発しそうなことをするというのに、こんなことで爆発しそうになってどうするのだ。
「高槻さんの乳首、小っちゃくて可愛い……」
「い、言わないでくださいっ」
「触りますね」
「んっ」
胸の尖りを、ツン、と指先で突く。たったそれだけで、腰のあたりが再びぞくぞくと駆け上がった。
下半身に熱が集まっていく。
「ふ、んっ!」
「硬くなってきましたよ」
「あ、あっ」
「気持ちいいですか?」
「わか、らないです」
「最初から胸を感じる人は中々いないので、ゆっくり開発していきましょう」
「かっ……!」
梶浦の口から、まさか「開発」という言葉を聞くなんて思いもしなかった。桜田の言っていたことが現実になっていきそうな気がして、自分の身体は大丈夫だろうかと少なからず不安になった。
そんな高槻を、梶浦は嬉しそうにしながら、耳元で「開発されるのは嫌ですか?」と囁いてくる。
「んあ、ちょ、み、みっ」
腰で感じるぞくぞく感とは違い、なんともいえないぞわぞわ感が高槻を襲う。
胸を弄られ、耳を唇で食まれる。
「ん、んっ」
耳も同時に責められては、堪ったものではない。耳を責められる度に、身体が震えて縮こまる。
逃がさないというように、梶浦の唇は追いかけてくる。
「んー、可愛いです」
「あ、あ、みみ、やっ」
くすぐったいのと同時に、快感が引き出されようとする。
一気に身体は熱くなり、下半身の熱は集中した。
「……下、窮屈そうですね」
「っ」
テントを張っている下半身を見て、梶浦は片手で器用に前を寛げた。そのまま、下着の中から熱くなっている性器を取り出し、ゆっくりと扱いて刺激させていく。
徐々に硬度を増し、梶浦の手の中で完勃ちさせる。
「は、あ、あっ」
「先走り、溢れてますね」
「ふ、あっ、あっ」
「声、可愛いです」
「っ、だから、み、みっ!」
指の腹で先走りを、亀頭へ塗りこむように刺激を与える。
抜き合いだけなら過去にもやったが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。梶浦の顔が見えなくとも、声と吐息、手だけでも梶浦の存在は感じられる。
大きな手で扱かれていく性器は、鈴口からしとどに先走りを零していく。
「びくびくして可愛い……」
「ひぅ、あ、あっ」
背を撓らせ、梶浦に身を預ける。
熱を持ってしまっている耳に舌を這わされ、中にまで侵入される。ぬちゅ、と水音が脳を刺激され、更に煽られ身体が快感で震えあがった。
それが性器にも直結して、とぷ、と先走りが零れる。
「一度、イっておきましょう」
「あ、あっ!」
水音を立てながら性器を扱き、絶頂を促す。白い喉を反らし、甘い声をあげながら、高槻は梶浦の手の中で熱を迸らせた。
「……ぁ、……は、ぁ……っ……」
弛緩している身体はびくびくと快感で震え、すっかり梶浦に身を任せている形になっている。そんな高槻の頭を優しく撫でて、耳元で「可愛かったです」と伝える梶浦。
頭がボーっとして反論すらできないでいる高槻をよそに、梶浦は「次に進んでも大丈夫ですか?」と訊いてくる。
なにも言葉が出てこず、高槻はゆっくりと頷く。
そこで思い出した。
手を震わせてまで通販したものを――。
「かじ、うらさんっ」
「ん? 怖くなりましたか?」
「いえ、そ、の……そこにある箱の中、開けてください……」
「箱?」
手を伸ばして箱を取る梶浦に、高槻は恥ずかしくて目線を下に向ける。
これを梶浦が見たら、どんな反応を見せるのだろうか。
「……高槻さん、これ……」
「や、あ、あのっ……そのっ」
なにをテンパってしまっているのだ、自分は。
「ローションに……ゴム……高槻さんが?」
「っ……そ、それ以上、き、訊かないで、くださいっ……」
恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
でも、梶浦に任せっぱなしなのも嫌なのだ。
「恥ずかしそうにしながら、ボタンを押す高槻さんを想像したら可愛すぎて堪りません」
「~~~~っ」
「折角なんで、使いますね」
そう言って、梶浦はローションの蓋を開けて掌に垂らした。サラッとしたものではなく、とろみのあるローションが高槻の目の前で垂らされていく。そのローションを梶浦はもう片方の手で蓋をして、気持ち温めて高槻の後孔へと持っていった。
触りますよ、と梶浦が言えば、高槻の後孔はひく、と反応を見せた。まだ触れてもいないはずなのに、梶浦の声に身体が反応してしまっている。
「痛かったら言ってください」
「……はいっ」
指三本挿入れば、性器も挿入できると云われているが、あくまでも基準値としてだ。相手の体格などで変わってくるだろうが、梶浦のものはどうなのだろうか――と、ふと想像してみる。
(……大きそう……)
最初は辛いと作品でも、リアルでも見かけるが、それでも最後まで梶浦を感じてみたい。
「……考え事ですか? 余裕ですね」
「え、あっ……ぅあ、っ……!」
「たっぷりローション使ってるとはいえ、はじめは違和感あると思いますが……どう、ですか?」
「っ、へん……な、感じ……ッ」
梶浦は無理なく押し入れることなく、第一関節を入れたあたりで抜き差しをはじめる。
ローションの水音が聴覚を犯しにかかる。
梶浦に身体を預け、両脚をM字開脚した状態で背後から後孔を弄られる。スムーズに抜き差しできるようになってから、指を根本までゆっくりと挿れてきた。
「んあ、あっ……」
「どこが気持ちいいのか、探していきましょう」
「……は、いっ」
行き場のない手が、後孔を解している梶浦の腕を掴んで離さない。その、たった小さな仕草だけでも愛おしく感じてしまい、挿入している指をある部分へと当てた。
「ふぁ、っ」
「ん? ここ、変な感じですか?」
「あ、ま、待って……」
「んー、少しぷっくりしてますね」
指を前後させながら感触を確かめ、ぐ、と腹側へ押せば、高槻の背が撓った。
「うん。やっぱり、ここですね」
「あ、あ、や、待って……!」
「待って、じゃないですよ。ここ、徐々に気持ちよくなりますから」
「あ、あっ」
「ほら、その証拠に、高槻さんのここも気持ちよさそうに震えてるじゃないですか」
後孔を弄っていない手で、勃ちあがっている性器をピンと弾いてみせる。びくびく、と跳ねる高槻の身体を背後から見つめ、もっと気持ちよくさせたい衝動に駆られる。
高槻の表情と後孔の具合を見ながら、梶浦は指を増やしていった。
「あ、あ、梶浦、さんっ」
「大丈夫、大丈夫ですよ。さっきの場所が高槻さんの気持ちいい場所なので、そこ責めますね」
「……へ? っ、あ、あぁ!」
増やした指で前立腺を責め立てる。
すっかり主張している前立腺を責められて、高槻は甘い声をあげては快感で身体をびくびくと震わせた。
「……っ、一度、指抜きますね」
「っ、は、い……ぅん、っ」
指を抜いたかと思えば、梶浦は高槻の身体を四つん這いにさせた。このほうが辛くないので、と言う梶浦に、獣のような体勢に高槻はカッと頬を染める。
梶浦はローションと継ぎ足し、再び後孔へ指を挿入した。
「んあ、あ、あっ」
「少しずつ、慣れてきましたね」
「あ、それはっ」
梶浦が痛くないよう、慣らしてくれるお陰だ。
梶浦だって我慢しているだろうに、こんなにも優しくしてくれる。
(……僕の恋人がこんなにも優しいなんて……梶浦さんを好きになれてよかったな……)
梶浦と出会っていなければ、別の人生を歩んでいたはずだろうけれども、その別の人生が今では想像もつかない。
なんとなく上京して、好きな本――BLに囲まれ、取り巻く周囲の環境もよくて。そんな中で、梶浦と出会い、まさか男とはいえど、恋愛に疎い己自身がちゃんとした恋愛をする日がくるとは思ってもみなかった。
「……ぁ、あ、っ」
シーツを握りしめ、与えられる快感に耐えながら、余裕なんてないはずなのにこれまでのことを思い浮かべる。
それも、走馬灯のように。
「……高槻さん、気持ちいいんですね。シーツに先走りが染み作ってる……嬉しいです」
「っ、……言わないで、くださっ……」
「もう少ししたら、三本目挿れましょう」
「あ、あっ……ん、あ……かじ、うらさんっ……あ、あのっ」
「はい?」
「ぼく、もう……十分、です。その、いれて……くだ、さい……」
感覚だけだが、中は柔らかく感じ、指もスムーズに挿入できている。気持ちのいい場所と言われる部分でも、しっかりと身体が馴染んで感じ取ってくれている。
それに――。
「梶浦さんを……っ、その、早く、感じて……みたい、です」
「……っ、もう……BL作品の読みすぎですっ」
真っ赤になっている首筋に軽く噛みつき、そのまま唇を押しつけてキスマークを残す。
「んっ」
「はぁ……痛かったら絶対に言ってください」
こんなときでも、頭を優しく撫でられる。
しかし、このまま挿入するのかと思うと、少し不安になった。
「あ、あの……」
「どうしましたか?」
「……僕、梶浦さんの顔が、見たい……です……」
「……っ」
無意識に煽るような言い方をする高槻に、梶浦は自身の髪の毛をぐしゃっと掻きあげた。
四つん這いから、体勢を仰向けに変えて腰の下に枕を入れる。
女性と違い、ただでさえ挿入する部分が違うのだ。もちろん腰に負担もかかる。枕を入れる、入れないで、だいぶ身体の負担の大きさも違う。
高槻が用意してくれたゴムを装着し、お互いに顔を見合わせれば、高槻は安心した顔を見せた。
「……挿れますよ」
「……っ、はい」
「高槻さん、キス、しましょうか」
体勢的に辛いかもしれないが、梶浦とキスをするのは好きだ。
梶浦なりに気を遣っているのだろう。
それに、作品でも見かけたことはある。
(って、こんなときくらい、作品を思い出すのはやめよう!)
思わず当てはめてしまう。
「ん、ちゅ……っ、ふ……」
唇を合わせて、舌が侵入して、絡め取り、口腔を貪る。
身体の力が抜け、それを見計らい、梶浦は高槻の中へと挿入を試みた。
「っ、~~~~は、ぁ、……ぁ、!」
「……っく、は……たか、つき、さんっ」
「い、……ぅん、あ、あ、っ」
裂けた感覚はないが、痛い。
だけど、想像していたより、強烈な痛みではない。
「痛いですか? 止めますか?」
梶浦の手が頬に触れる。
汗ばんだ手と梶浦の温もりに、高槻は猫のように擦り寄った。
「きつい、ですけど……だい、じょうぶです……でも、もう少し、このまま、でっ……」
「はい。馴染むまで、動きませんよ。それに……よかったです。高槻さんのここ、萎えてなくて」
先走りを零していた性器は萎えることなく、勃起したまま。
そして、ゴム越しとはいえど、梶浦の性器がどくどくと伝わり、なんだか心臓が二個あるような感覚になる。無意識にきゅう、と締めつけてしまう梶浦の性器に、本人は苦笑した表情を見せた。
胎が小刻みに収縮している動きに、梶浦は「ずるいなあ」と感じながらも、高槻の顔中にキスの雨を降らせる。
「ふ、くすぐったい、です……」
「だって、高槻さん、可愛いんですもんっ」
「か、可愛くなんて……ない、です……ぁ、っ」
「中も、俺を歓迎してくれて嬉しいですよ」
「っ、もう~~~」
喋れば喋るほど、中がうねっているような気がする。
「少しずつ馴染んできてますね……ちょっとだけ、動いてみても大丈夫そうですか?」
「……はい」
ゆっくりと腰が動く。
高槻は、梶浦の首に腕を回してしがみ付いた。耳元で高槻の吐息と甘い喘ぎ声が、梶浦の鼓膜を刺激していく。
「っ、あ、ぁあ、っ」
「っ、はぁ……」
腰を穿たれ、揺すられ、お腹の間では性器が擦れ、高槻は未知なる快感に全身を震わせていた。
指で責められた前立腺を、梶浦の立派な性器で擦られる。
擦られる度に腰はびくびくと跳ね、高槻は頭を梶浦の肩口に埋めて歓喜の声をあげている。
「っは、は、……たかつき、さんっ」
「ひ、あ、あっ!」
「なか、とっても気持ちいいですよ……俺のを、おいしそうにして、離してくれない」
「っ、ば、か……」
思わず悪態をついてしまった。
もっと気持ちよくさせたい欲に駆られて、梶浦は腰を穿ちながら耳も責めた。
「っ、ああ、や、あ、もっ、みみ!」
「はは、耳、本当弱いですね……あー本当、可愛いっ」
「だから、かわいく、なんてっ、ぁああ、っ!」
「俺には可愛いんです。ほら、また、きゅうって離さない」
「あ、あ、も、やぁ……!」
「や、って言い方、可愛すぎ問題ですよ」
これ以上、なにも言わないでほしい。
恥ずかしいのと、気持ちよさがごちゃごちゃになり、頭がくらくらしてどうにかなりそうだ。
「……俺、安心しました。高槻さんが、少しでも気持ちよくなかったらどうしようかって、正直不安なところがありました」
「っ、……え?」
「俺も不安なんですよ。高槻さんが、俺で気持ちよくなってくれるのかって。本当は、えっちしたくなかったらどうしようって」
「んぁ、ッ……そ、んな、動きながらっ……言うの、ずるい、ですっ……っ」
だが、はじめてが不安だった高槻と一緒で、裏では梶浦も悩んでいただなんて思いもしなかった。
「だから、こうして、俺の腕の中で高槻さんが気持ちよくなってくれてる姿が見れて、本当、嬉しいです……ありがとうございます」
「っ、そんなの、僕の、ほうだって……ひ、っ」
――だから、動きながらは狡い!
言うだけ言う梶浦に、高槻もなんとか言葉にする。
「僕、だって、怖い気持ちでいっぱい、でしたっ……でも、桜田さんに、ぁ、あっ……抱かれたいか、っ、抱かれたくないか、言われたとき、抱かれたい気持ちが、っ、強かった……ぁあ、っ!」
「ふ、っ……高槻、さんっ」
「いや、だったら、断って、ます……」
嫌じゃないから、悩むのだ。
ただ、その答えにたどり着くまで、難しく考えすぎたのだ。
「本当、嬉しい……高槻さん、好きです。好き……だけど、えっちの最中に他の男の名前を出すのは反則です」
「っあ、ん、ぁ……す、すみませっ、あ、あっ……でも、ぼくも、梶浦さんが、好き……です……」
「……あの、もう少し激しく動いても大丈夫そうですか?」
「っ、はい。梶浦さんも、その、気持ちよくなってほしいから……僕だけじゃ、嫌ですっ」
言い終わるのと同時に、梶浦は少し強めに腰を穿ちはじめた。
ぱちゅ、と肌のぶつかる音。ぶつかる度に、梶浦とひとつになれているんだなと、実感させられる。
「ふ、ああっ、あっ、あっ」
「二人で一緒に気持ちよくなりましょうね」
「っ、はい、ぁあ、あっ、っ」
胎も性器も刺激され、悦びで徐々に戦慄いていく身体に、高槻は梶浦と一緒に絶頂を味わった。
「――……ん、っ……」
心地いい心臓の音が伝わってくる。
鼓動に、温もり、そして――。
「おはようございます」
「……かじ、うらさん……」
「はい。梶浦さんですよ」
「……!」
時間! と思い、起き上がろうとすると、鈍い感覚が腰を襲う。
そして、全体的に怠い。
「まだ朝の七時ですよ」
「へ……」
「高槻さんの出勤は午後ですし、まだ時間ありますよね?」
「あ、はい」
梶浦の腕の中に閉じ込められる。
「身体、辛いんじゃないんですか?」
「……いえ、辛くはないですが……なんか、少し、変な感じが……」
午後からの仕事大丈夫だろうかと、現実に戻る。
変な感じがするのも、身体というより、お尻にまだ挟まっている感じが――というところだが、恥ずかしくて言えない。
でも、そんな高槻のことを悟った梶浦は、なにも言わず頭を撫でた。
「……頭撫でるの、好きですね」
「高槻さんが可愛いからですよ」
「……覚えてますか?」
「ん?」
頭を撫でられながら、高槻は昔話をした。
「僕が梶浦さんの教育係になって、いっぱい、いっぱいになって泣いたときも、こうやって頭撫でてくれましたよね」
「そういえば……そんなこともありましたね」
高槻でさえも、よく覚えているなと思う。
それよりも、癖なのだろう。
「撫でたくなっちゃうんですよね。高槻さん見てると」
「……また、小動物って言いそうになりましたか?」
「うっ……」
「もう、梶浦さんったら……でも、今は小動物と言われても、なんだか許せちゃいます」
くすくすと笑いながら、梶浦に身を寄せる。
出会ったときから頭を撫でられ、それは、今にも至る。
それがずっと続いていることが、小さなことかもしれないけれども、とても幸せを感じる。
「だから、その……か、梶浦さんとしてるときにも、頭を撫でられるの、嬉しかったです」
「……」
「か、梶浦さん?」
腕の中で顔だけを見上げれば、梶浦は照れくさそうな表情をして見つめてきた。
「……は~~~~、もう、本当、可愛すぎなんで勘弁してください」
「梶浦さんだけですよ、僕を可愛いと言うのは……」
「いいじゃないですか。俺の恋人が可愛いというのは、俺だけが知ってればいいんです」
「~~~~っ」
「話はこの辺にして、もう少し寝ましょう。今日は、高槻さんが仕事から戻ってくるまで、俺この家で待ってますよ」
そう言われてしまうと、嬉しくて仕方がない。
身体のこともあるが、更に深い部分で気持ちが繋がり、もっと一緒にいたいと感じている気持ちが強い。
だからこそ、今回ようやく約束を果たすことができてよかった。
(……いや、果たすっておかしいか……)
心の中で自分に突っ込みを入れる。
梶浦と肌を重ねるまで色々と考えてしまったが、答えを出すのは本当にシンプルなことだったのだ。
「……梶浦さん」
「はい」
「あの、……ありがとうございます」
「それは、俺だって。俺も、可愛い高槻さんを堪能できて嬉しです。ありがとうございます。高槻さん、大好きですよ」
「……僕も、好き、です」
もっと温もりを感じたくて、更にギュッと抱きつく。
梶浦の腕に抱かれながら、高槻は静かに目を閉じたのだった。
終わり
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