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第2章 総ての痛み①

 砂が混じることのない澄んだ空気。足元に敷き詰められた色とりどりの踏石は主張し過ぎることなく、綺麗に並んでいる。あらゆる声が入り混ざり、賑やかで騒がしい。それでも、ここに温和な雰囲気が漂うのは"満たされている"からだと思う。  城下町というのは本来、そういうものだ。城に居れば、そう教えられていただろう。だが、俺は元から城下町育ちだ。現実は違うと知っていた。  城下町など、砂埃に塗れ、満たされてなどいない。  こことは違う、満たされていなかった町……。 「レオ!はやく、はやく!」  目深に被ったフードの隙間から前を歩くフィトの手招く姿が見えた。俺の隣を歩くのは真っ黒い狼人のコンラッドだ。なるほど、見張っているわけだ。  ここに来て五日ほどになるが、当然の如く、俺の居場所はない。コンラッドが俺を外に連れ出したのは、息子であるフィトが俺に懐いたからだ。いや、良い意味じゃねぇ。俺に懐き、離れない。それを自分の仲間に見られたくないんだろう。 「俺はちゃんとフィトに言ったぞ?俺と居るとみんなに嫌な顔されるぞ?ってな」  満たされた狼人の民の間を歩きながら隣のコンラッドにボヤく。だが、悉ことごとく無言を貫き通された。それが気に食わなかったもんだから「将来はレオと結婚する、とでも言われたのか?」と俺は悪ふざけで言ってみたんだが、やけに鋭い目付きで睨み返された。  まさか、図星か?  よく餓鬼が「大きくなったらお父さんと結婚するー」とか言うが、まあ、その立ち位置を他の男に取られれば腹も立つよな。しかも毛嫌いする人間なんざに。だが、俺に非はねぇだろ? 「レオ、父様と何を話してるんですか?」  俺とコンラッドがなかなか歩みを前に進めないため、先を歩いていたフィトが痺れを切らして走って来た。 「ん?あ、ああ、この国は平和なんだなって」  リューシヴとは違って、スラムはない。本当にウェンゼルは民が生き生きとしている。 「ラウル様は優しいんです。民のことをいつも考えてる。だから、民に好かれているんです」  嬉しそうに話すフィトを見て、正直、少しギョッとしちまった。あのラウルが優しいだと?俺の聞き間違いだったら良かったんだが、フィトが機嫌良くしてるあたり、嘘じゃないんだな。 「民には平等に仕事と富を与えて下さるんです、ラウル様は」  フィトの言葉は止まらない。尊敬しているのか。前王の息子であるお前は今の王が憎くはないのか?そう尋ねてしまいそうになる。 「フィト、王のことはあまり余所者には話すな。国から追放されたとはいえ、こいつは人間だ」  俺が口を開き掛けたところで、コンラッドが怖い顔をしてフィトを叱りつけた。これが父親の顔だ、と言われれば、そんな風にも見える。ただ、フィト、お前のお父上様は正しいことを言ってるよ。どうせ、俺は余所者で王の暇潰しの道具だからな。 「でも、父様!レオは父様を────」 「フィト、そのことは忘れろ。俺が勝手にやっちまったことだ。お前の父さんは俺が助けなくても自分で相手を倒せてたよ。悪いことをしたな、コンラッド」  何故、俺が誰かに気を使わなければならねぇのか。この義理の親子のために、城下町まで出て来なければならねぇのか。 「俺は帰るぜ。たまには親子水入らずで散歩でもすりゃ良いんじゃねぇのか?」  コンラッドとフィトに背を向け、右手をヒラヒラと振った。俺は別に捕らえられているわけじゃない。いや、ある意味、ラウルには番として捕らわれているわけだが、今はそんなもんは関係ねぇ。 「心配すんな。居候みたいなもんだ。ちゃんと城で大人しくしててやるよ」  気分を害したのは誰か、気分を害されたのは誰か、誰も口を開こうとしなかった。  父親に何かを言われるんじゃないかと思ってフィトは何も言えねぇし、コンラッドは無駄なことは何も言いたくねぇだろうし、俺が独りで喋ってたら変だろう?この国で人間は本当に好かれてないみたいだしな。さっきから色んな奴の冷たい視線が俺に刺さるんだよ。  狼人と人間が共存することは不可能……か。

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