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第4章 魔法の記憶②

   ◆ ◆ ◆ 「……くそ、また同じ夢か」  早朝に自室で目が覚め、俺は痛む頭を抱えた。  ここ何日か、ずっと同じ夢を見続けている。毎日、毎日だ。真夜中に目が覚めることはないが、夢では、いつも俺は真夜中になるとラウルの部屋に行き、短剣を奴の首に突き付ける。  まったく疑問しか残らねぇ。一体、何がしたいのか分からないが、同じ場所で始まり同じ場所で終わる。ラウルが目を覚ますことも、俺が奴を殺すこともないまま夢が終わる。  夢の中の俺とラウルはきっと仲が悪ぃんだろうな。現実の俺と奴も仲は悪いがな。  別に俺は何もしてねぇが、あいつにはやっぱり感情が欠落してる。あんなことを口にしていながら、俺への態度が変わんねぇってことだ。ま、変わられても困るがな。  と、まあ、つまりは何も変わらねぇってことだ。同じ部屋に居ないどころか、接触することもない。俺は援護のために遠くから見てはいるが、恐らく、奴は見ていないだろう。  気付けば、前に接触してから十日も経っていた。いや、もっとか?いちいち数えちゃいねぇから忘れちまった。 『私は貴様の強く優しい心に惹かれた。貴様に惚れた』  ラウルの言葉を思い出すと奴が噛んだ跡が疼く。 「……っ、ああ!くそっ!」  首元をさすりながら、俺は勢い良く簡素なベッドから立ち上がった。今日の仕事は何だったか忘れたが、支度をして直ぐに部屋を飛び出した。なんだかジッとしているのに堪えられなかったのだ。  強く優しい心って、なんだ?俺は確かに強いが、優しくはない。 「おお、レオ、おはよう」  途中で騎士仲間に声を掛けられた。フィトの一件から何故か、俺に対して狼人たちの態度が変わったのだ。認められたのか、どうなのか。生きやすくなったことに変わりはないのだが。 「おう、おはようさん」  濃い茶色の狼人であるルシウス……だったか、に俺は挨拶を返した。 「今日はお前、裏門の見張りだってよ。良かったな」  そう言って、ルシウスが笑う。コンラッドやラウルに比べて、ルシウスはそこまで顔が整って居ないが、笑顔は爽やかだと城の侍女たちが噂をしているのを聞いたことがある。 「いや、別に良かねぇよ。暇過ぎて死にそうになるんだよ、あそこは」  俺もつられて笑うが、言っていることは本当だ。  城の裏門は、町に面している表門とは違い、目の前には森しかない。ただ一つのスリルといえば、デカイ熊が出てくるかもしれないってことだけだ。まあ、そう感じるのは人間である俺だけかもしれないが。 「本当に誰も通らないからな。……ああ、でも最近、騎士が一人でいるところを何者かに襲撃されたっていう話を聞いたぞ?お前も気をつけろよ?」  笑顔から一変して、ルシウスが眉間に皺を寄せる。 「何者か?ってことは、ひとってことか?」 「さあ?どうだろうな?俺は話を聞いただけだから、詳しくは分からない。まあ、気を付けろよ?じゃあな」  中途半端な情報だけを置き、ルシウスは護衛の仕事だとかで、そそくさと俺の前から消えてしまった。  襲撃、果たして、その意味は殺されたということなのか。それとも、意識を失ってでも生きているのか。まさか、揶揄われたんじゃないよな?ああ、深く考えて損した。 「はぁ……」  重い溜息を吐き、特に意味は無いが俺は裏門への道を急いだ。  俺の部屋から裏門への距離は結構ある。途中で色んな奴に会い、色んな奴から声を掛けられた。あんなに毛嫌いされていた人間の俺が、自然と狼人の中に打ち解けている。まさか、こんな日が来るとは……。  俺が裏門に着くと、そこには既にコンラッドが立っていた。 「ん?コンラッド?なんでお前がここに居るんだ?」  正直に言うと、なんでお前みたいな位の高い奴がこんなところに居るのか、と尋ねたかった。だって、おかしいだろう?こんなに人気が無くて、見張りなんて一人で足りるところに騎士団長であるコンラッドが居るなんて。それだけ世界が平和だってことか? 「お前と少し話をしようと思ってな」  森の方を見つめ、コンラッドが静かに言った。その顔は、いつもと変わらず、子供なら泣き出す厳つい表情を浮かべている。 「わざわざ待っててくれたのか?礼ならこの前言われたが、なんだ?」  フィトの話はもう終わったことだ。コンラッドが俺に話すことといえばフィトのことしか無いのだが、それ以外だとしたら、一体、なんだろうか。 「お前、これからどうするつもりだ?」 「急になんだよ?」  まるで父親みたいな言い方だ。いや、確かに父親ではあるんだが、俺にまで、そんな雰囲気を出さなくとも良いだろう。 「お前は────」 「分かってるさ。俺が敵になるか、どうか聞いてるんだろう?……ならねぇよ。俺はラウルの番だ。どちらかが死ぬまで、それは解消されない。ただ、それが嫌になったら、俺は消えるさ」  たとえ、孤独とヒートを一生背負うとしても。独り切りになって、自分で命を絶つことが出来なくとも。誰に頼ることもなく、俺は生きていける。  今まで、そうやって生きてきたのだから。そうやって、独りで……。 「なんでお前がそんな顔してんだよ?迷惑掛けねぇって言ってんだから良いだろう?」  コンラッドにしては珍しく、辛気臭い顔をしてるもんだから俺は言ってやった。ここの狼人たちは人の心を読むのが上手いみたいで、自分の心を隠すのに苦労する。  いつか自分の本当の心を読まれてしまうような気がして怖い。心の何処かで、この生活が……、この普通の生活が、この先ずっと続けば良いと思っている。出来ることなら俺を対等に見てくれる、この世界に居続けたい。 「話は終わりか?まったく、そんな話のために騎士団長様がこんなとこに居ちゃ下の奴らに笑われるぞ?さ、行った行った」  無理矢理、笑顔を顔面に貼り付けて、追い返すようにコンラッドの背を押す。そんな時、突然俺の身体に痛みが走った。 「……っ」  身体というか、左肩だ。まるで後ろから小さな針を刺されたような、そんな痛みだった。 「なんだ?どうした?」  急に動きを止めた俺にコンラッドまでもが動きを止める。 「コンラッド、俺の背中に何か刺さってるか?」  恐る恐るといった感じで尋ねると、コンラッドは直ぐに俺の後ろに回り込んだ。何かあるのか、いや、ないのか。 「小さな矢が刺さっている」 「……っ、おい、抜くなら抜くって言えよ」  コンラッドの器用な手に容赦無く"小さな矢"を抜かれ、俺は小さく呻いた。そして、そのまま、矢を手渡される。 「これ、吹き矢だよな?」  矢はどうやら森の方から飛んで来たらしいが、口を開けば意外と冷静な口調で、自分自身が一番ビックリしている。 「身体は何とも無いのか?」  吹き矢といえば、毒矢だからな、コンラッドが心配する気持ちも分かる。だが、幸いにも俺の身体に異変は起こっていない。 「ああ、子供の遊び道具か何かか?」  そう言ってみたは良いが、よく見てみれば、小さな矢は太い銀の筒状になっており、変な文字まで入っていた。狼人の子供が扱うには、ちと本格的過ぎるよな? 「中に何か入ってるんじゃないか?」  俺が矢を摘んで頭上に翳していると、コンラッドがそんなことを言ってきた。 「中に?そんなわけね…………、あった」  半信半疑というやつで吹き矢の中身を確認してみたところ、本当に中に何かが入っていた。筒は細くて指が突っ込めねぇから、逆さまにして振ってみる。 「紙だな、何が書いてある?」  俺の手のひらにスッと落ちてきた筒状の紙に、いち早くコンラッドが反応した。「まあ、待てよ」と言いながら紙を開く俺。しかし、紙を開いても俺はその言葉を口にすることが出来なかった。何故なら、そこには『リューシヴに戻りたくはないか?』と書かれていたからだ。  コンラッドが紙を覗き込み「これは……」と呟いた。誰がこんなものを俺に刺したのか分からないが、恐らく、そいつは相当落ち着きのない奴だと思う。城の中心を爆発でふっ飛ばしたのだから。  直接見えたわけではないが、辺りに響き渡った爆音で、俺とコンラッドはそれを理解した。本当に突然のことだった。信じられないのは俺も同じだ。  裏門に近付いた者は居ない。表門のことは知らないが、一体、どこから入り込んだのか。遠くの方で黒煙が上がっているのが見える。 「コンラッド殿!王が爆発に巻き込まれました!早くお戻りください!」  騎士の下っ端が裏門まで駆けてきたが、その右腕には木の破片がいくつも刺さり、白い毛を赤に染めていた。 「ラウルが?」  信じられない。あいつはそんなに柔なやつじゃない。  俺は一瞬、固まって動けなくなった。 「今行く!レオ、お前はここに居ろ」  コンラッドに肩を叩かれ、我に帰る。 「ラウルがやられたってのに、まだここの見張りをしろって言うのか!?」 「お前はウェンゼルに居るんだろう?」  奴はそれしか言わなかった。それだけ言って、コンラッドは俺の前から消えてしまった。一人になると硝煙のにおいが強くなった気がした。独りというのは、ひとの感覚を鋭くする。だから、余計にラウルのことを考えてしまう。  奴のことを心配していないといえば嘘になるが、俺は何故、他のことを考えているのだろうか。さきほどまで、あんなにもウェンゼルの、この平和な国のことを想っていたというのに。あんなにもラウルのことが気になっていたというのに。何故、俺は今こんなにも"ラウルを殺したい"と思っているのだろうか────。

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