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エピローグ 黒い星

 天気は快晴、刺さるほどの眩しい陽射しに俺は目を細めた。 「リリオは本当にレオの小さい頃にそっくりで愛らしいな」  リューシヴ城の上層階にあるテラスにて、ラウルがそんなことを言った。腕には生まれて数日の我が子を抱いている。まあ、つまり、俺の子でもあるわけだが、元気な男の子だ。 「お前、俺の餓鬼の頃知らないだろ?」  ラウルの隣に立ち、俺はリリオの頬に手を伸ばした。人の姿に魔族の瞳、そして、狼人の耳と尾。  銀色の毛はラウル譲りだ。突然変異なのか、それとも、俺とラウルの遺伝子が互いに強過ぎた所為なのか、リリオはそんな姿で産まれて来た。  他に例がないから分からないが、もしかすると、異人種が混ざるとこうなるのかもしれない。もし、そうならば、これからリリオの様な子が沢山産まれることになる。 「だっただろうな、という予想だ」  ラウルが俺の方など見ずに答える。 「へいへい、そうですか」  我が子ながら少しだけ嫉妬するが、この気持ちを言葉にしてやるつもりはない。絶対に言ってやるものか。ただ、別のことなら言ってやってもいい。一つだけ気になっていたことがあったのだ。 「お前……、俺の母親見たことあるんだよな?」  ラウルの腕の中でスヤスヤと眠るリリオの柔らかな頬を撫でながら、どさくさに紛れてラウルに寄り掛かってみた。 「ああ、大分前だが」  リリオを支えるのは片手で十分だったらしく、ラウルは左腕を俺の身体に回してきた。 「俺の母親はお前の目にどんな風に映った?」  貧しくて憐れに見えたか?グリスが言っていたことが、ずっと引っ掛かっていたのだ。 「貴様の母親は……強く優しかった。だから、私は民を大切にしようと思ったのだ。優しい者が増えるように」  俺を抱く手に力が入る。 「貴様が居なくなった時、リューシヴに戻ってしまった時、ウェンゼルは終わると思った」  ラウルは遠くを見つめて、そんなことを言うが、実はそのことを俺はコンラッドから聞いていた。王が弱音を吐くのは珍しいが、ラウルが「この国は終わるかもしれない」と呟いていた、と後になってコンラッドが教えてくれたのだ。 「レオ……」 「言うな。分かってる。俺はお前から離れない」  ラウルの次の言葉は予想が出来た。奴は意外にも寂しがり屋で、心配性だ。俺以外、誰も知らないがな。 「……さて、始めるか」  ラウルに寄り添ったまま、俺は空に両手を伸ばした。  この城の真上には変な星がある。俺が餓鬼の頃から存在する星で、朝は黒く、夕方になると光り、夜になると見えなくなる。最近になって、その正体が分かった。ラウルが見破ったのだ。 「慎重にな」 「分かってる」  魔族でありながら、俺が魔法を使う機会はあまりない。たまに自分が魔族だということを忘れそうになっちまうくらいだ。久しぶりに魔法を使ってやることが、こんなにも大掛かりなこととは、とても緊張する。 「危なかったら、逃げてくれ」  申し訳なさなんざ微塵もない。寧ろ、俺は悪戯にニヤニヤと笑ってしまった。ラウルなら、何があっても大丈夫だろうと思ったからだ。  奴からの返答は一切無かったが、俺は両手を黒い星に翳し、ゆっくりとその両手を下に降ろしていった。それに合わせて、黒い星もゆっくりと下に下がってくる。テラスに近付いてくるにつれて、徐々に黒い星が金色に光り出す。 「はぁ……、疲れた……。本当に大量だよな……」  星がテラスに降りたことを確認し、俺は深く息を吐き、ラウルの腕に全体重を預けた。奴はそれを予想していたのか、難なく俺の身体を受け止め、支える。  俺が魔法で空から引き摺り下ろした物、それは王が隠していた宝の山だった。金銀財宝、俺が餓鬼の頃に盗めなかった物だ。そりゃ、空に餓鬼の手が届くわけねぇよな。王も良く考えたもんだ。 「これだけの宝、今までよく狙われなかったな」  ラウルが驚いた様に言った。驚き過ぎて、やっと今声を出したみたいな感じだな。 「守ってる奴が居たんだよ」  他の魔族に狙われなかった理由は、ブルハが守っていたからだと俺は予想する。本当は、ブルハは王を愛していたのかもしれない。ブルハが死に、宝を守る者が居なくなった。物に掛けられた魔法は人に掛けられた魔法より解きやすい。だから、俺はブルハが空に上げた宝を己の魔法で下げることが出来たのだ。  真上からの光に影となり、横からの光に星となり、暗闇の中では見えなくなる。そんな星は、これからリューシヴの民を救うことになる。 「ん?起きたのか?リリオの瞳はレオにそっくりで、とても綺麗だな」  ────はぁ……、また始まった。  この国が良くなって、幸せな者が増えるように、優しい者が増えるように。  ────言うつもりなんざ、これっぽっちも。 「……ラウル、たまには俺も構え」  いつか、二つの国が一つになるように。俺は、ラウルとリリオと共に生きていく────。

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