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第4話

「こんばんはー!」  ムードを読まない脳天気な声はセブランに近い。その姿形もセブラン、というよりルミナリエ三兄弟全員によく似ていた。  長めの黒髪をうなじで縛った緑の瞳の若者は、引き締まった長身を薄いブルーに着色された白衣に包んでいる。これは全身真っ白の衣装を着ているゴールデン・ルール一族と区別するため、スターゲイザー内にあるラボで働く研究員たち共通の制服だ。ディンゴらの独房前まで来たところで、彼は結んだ黒髪の先を振りながら周囲を眺め回して困惑した表情になった。 「ア、アレ? あ、すんません、やっぱちょっと来るのが早かったかな」 「いや、時間どおりではあるぜ。こっちが押してたんだ。悪いな、フレドリック」  苦笑したカイの答えでほっとしたようだ。フレドリックと呼ばれた青年は、独房の中のディンゴを見つめて笑顔になった。 「おー、ディンゴ、元気そうじゃん。やっぱ俺の腕がいいからなー! どうですか、こいつ、必要な情報は全部吐きました? もうすっかり元気なはずなんで、少々ゴーモンしても大丈夫だと思いますよ? ヤバくなったら、また俺が治しますし!!」  あっけらかんと言われた内容にワスレナは目を白黒させた。服装は違えど、見た目は明らかにシメオンたちと似ているのだ。おそらくゴールデン・ルール一族の誰かなのだろうが、ワスレナは知らない青年である。 「もしかして、あなたが、助っ人の……?」 「あー! あなた、ワスレナさん!?」  フレドリックのほうはワスレナを知っているようである。ぐっと距離を詰められ、しげしげと顔を覗き込まれた。  こうして側で見ると、かなり若い。ワスレナと同年代、もしかすると年下なのかもしれない。戸惑いながら観察しているワスレナと違い、彼は観察結果を素直に口に出した。 「かわいー! キレー! 髪の色も瞳の色もめずらしー! それでいて、ちょっとオリエンタルな感じも入ってますね。へー、エリンさんともカイさんとも違うタイプだぁ。シメオン博士は、こういう人が好みだったんですねえ」 「そうだ」  律儀に応じたシメオンが、フレドリックの腕をぐいと掴んでワスレナから遠ざけた。 「だから、お前は近づくな。ワスレナは見知らぬインペリアルに側に来られるのを好まない」  シメオンにとっては知り合いなのだろうが、ワスレナの戸惑いを感じ取ったようだ。薄青い白衣の袖に食い込む指先に容赦はない。研究者然としていても、ゴールデン・ルールの男たちの身体能力は総じて高いのだ。 「いたたた、ご、ごめんなさい、つい! でも、俺、『天国の階段』の件で知り合いになる予定なんですけど……!!」 「ならばなおさら、ちゃんと自己紹介をしろ、フレドリック。ワスレナが困っているだろう?」  カイが割って入ってきて、フレドリックはようやくそのことに思い当たったようだ。シメオンもいったん彼を解放してやる。 「あぁー、いてて……あ、そうだそうだ、ごめんなさいワスレナさん! 俺、フレドリックっていいます。ノーマルなんですけど、割に優秀なんで医者やってます! ……で、いいんでしたっけ、セブラン様」  今度は水を向けられたセブランが苦笑した。 「そのへんは、おいおい説明するとしてだ。それより、場所を変えようぜ」 「そいつは私の後にゴールデン・ルール一族の影武者を務めてきた小僧だ。主にセブランの代わりをすることが多かったようだな」  必要な情報は得られたと、移動を促すセブランの声にディンゴの説明が被さった。ワスレナにもそれ自体は、フレドリックの容姿がシメオンたちと似ている理由、それでいて服装が異なる理由として簡単に受け入れられた。 「ああ、道理で……」 「違うぞ。逆だ、ワスレナ」  勘違いを見抜いたディンゴが意味ありげに笑った。 「顔が似ているから影武者に選ばれたわけではない。そいつの本名はフレドリック・ルミナリエ。ただし愛人の子であるため、長くノーマルとしてミドルタウンで育っていたインペリアルだ」 「えっ!?」  ぎょっと目を見張るワスレナの反応を楽しんでから、ディンゴは意地悪くジョシュアに話しかける。 「これだけ追加の情報をやったのだ。ステーキにデザートもつけてくれると思っていいな? ジョシュア」 「……まあいいかな。ワスレナも一族の人間になるんだ、どうせ話そうとは思っていたし」  肩を竦めたジョシュアはあ然としているワスレナに目配せをして、全員で一度ディンゴたちの檻の前を離れた。同時に独房内との通話システムを切り、外部の会話が聞こえないようにする。 「さて、それじゃあ本人の口から話してもらおうかな、フレドリック」  ジョシュアに促されたフレドリックは、遅まきながら大きな体を少し縮こまらせた。 「あー、その、なんか、ごめんなさい。微妙な空気にしちゃって……」 「お前じゃない。ディンゴが悪い」  まだディンゴに対する怒りが残っているようだ。ピシャリと言ってのけたシメオンも微妙な空気を形成する一因なのだが、そこに触れると話が進まない。全員が突っ込みを諦め、フレドリックがしゃべり始めるのを待った。 「えーっと、ディンゴのやつが言ったとおりです。俺はゴールデン・ルールの血を引く人間でして、言うなればこのお三方の弟ってところですね。ルミナリエ三兄弟の四番目ー! なんちゃって」  下手な冗談を飛ばすフレドリックであるが、ワスレナの顔が引きつったのを見て慌てて続きを話し出した。 「その、愛人の息子ってのも、そのとおりじゃああるんですけど、誤解しないでください。俺も俺の母ちゃんも、親父がいなくても元気にやってましたし! でもインペリアルだって言われて、正直納得はしたんですよね。だって俺、ノーマルにしちゃ優秀だし美形だし。俺の母ちゃんも、ゴールデン・ルールの前総帥に見込まれるだけあって、まーまー美人だとは思うんですけどぉ」  このマイペースさは、確かにシメオンの血族ではある。奇妙な納得を覚えながら、ワスレナはとにかく最後まで聞くことにした。 「でも、やっぱり母ちゃんはノーマルだからかな? 俺はこのお三方みたいに、何かに突出した才能ってのはないんです! ジョシュア様みたいに上に立つ器じゃないし、セブラン様みたいにうまく立ち回れないし、シメオン博士みたいに研究熱心じゃないし……むしろ器用貧乏で、あっちにフラフラ、こっちにフラフラって感じで」  実際に手をフラフラと振りながら、フレドリックは肩を竦めた。 「影武者役として迎え入れられてから、あれこれやらせてもらった結果、医者が一番性に合ってるなーと思ってやってます。人体ってイレギュラーばっかだから、切ってみないと分からないってことが多くて面白くって!!」  特にディンゴとヴェニスは面白かったですよ、とフレドリックは楽しそうだ。二人とも違法な手術で体質を大きく変化させているため、医学の常識が通用せず、自分レベルの腕でなければ助けられなかっただろうと。 「まあ、失敗したとしても、次の患者のための臨床実験にはなりましたしね! あいつらはゴールデン・ルールの敵だし、片方ぐらい失敗しても……あ、あれ? どうしました? ワスレナさん。ごめんなさい、俺の話、分かりにくかったです?」 「い、いや、分かりにくくは、なかったですが……」  いろいろな意味で目眩を覚えたワスレナは、混乱しながら取り繕う。 「敬語はいいですよ。俺、ワスレナさんより年下だもん」 「いや、そういうことじゃねえよ、フレドリック」  助け船を出してくれたのはカイだった。ダウンタウンで生きるコンセプションだった彼の感覚はワスレナと近い。そっと肩に置かれた手には、かつてフレドリックに似たような紹介をされ、対応に困った気持ちがにじんでいた。 「お前の気持ちは分かるぜ、ワスレナ。なんというか、こう……悲惨ぶってほしいわけじゃないんだが、軽すぎるんだよな、こいつの反応……」 「そ、そうですよ……だって、そんな、義理のお父様もお母様も、あんなに仲が良さそうなのに……」  ゴールデン・ルールの運営を息子たちに譲って長い義理の両親は、今頃ステファニーと共に自分たちの住まいに戻り、のんびりしているはずだ。趣味の世界に生きる二人は浮世離れした雰囲気があり、特に金遣いにはいまだについて行けないワスレナであるが、いつも仲睦まじい二人を微笑ましく思っていた。望まれぬコンセプションとして生を受け、父母に疎まれていた身にはまぶしさすら感じていたのに、まさか彼等にそんな過去があろうとは。 「フレドリックは、ゴールデン・ルールの都合で血筋(ブラッドタイプ)さえ偽られて育ったのに、こちらの都合が変わったら引き取られたということでしょう? そんなのって……」 「発覚した当時は、父さんも母さんもかなり喧嘩はしたんだよ、あれでも。そうだよね、シメオン」  今度はジョシュアが助け船を出す。 「ああ。だが、高位のインペリアルには、よくあることだからな。母も、父が子供を作った上にそれを隠していたことについて怒っていたんだ」  兄がどういうつもりで話を振ってきたか、弟はまるで分かっていないようだ。何事もなかったかのような答えに、ワスレナの胸に影が差した。 「……よくあること、ですか」 「? どうした、ワスレナ。なぜ今、お前は傷ついた?」  弟を想う兄の気持ちは分からずとも、片翼(ベターハーフ)の感情の揺れには敏感なシメオンである。よく回る頭は、すぐにワスレナの傷心の理由を察した。 「浮気をしたのは父であって私ではない。私は今後一生、お前しか抱かない」 「……そ、それは、その……ありがとうございます……?」  フレドリックに続きシメオンにまでかき回されて、ワスレナも正常な対応というものを見失いつつあった。混乱した頭にシメオンがさらなる追撃を放つ。 「だから、お前も二度と私以外に抱かれてはいけない」 「分かってます! そんなつもりはありませんから、人前で言わないでください!!」  本当に、このインペリアル様ときたら! 逃げ出したくなったワスレナの退路を断つように、フレドリックが照れ笑いする。 「俺は本当に、俺の扱いについては気にしてないんですよ。でも、えへへー、そんなに一生懸命怒ってくれるなんて、ワスレナさんってきれいで可愛いだけじゃなくて優しいんですね! ねえ、まだシメオン様とは片翼(ベターハーフ)になったばっかりなんでしょ? 結婚もしてないって話ですし、なら俺にもチャンス、いでっ!!」 「俺の話を聞いていなかったのか? てめえもぶっ飛ばすぞ」  頭半分ほど背の低いフレドリックの頭に、シメオンが固めた拳を入れた。 「シメオン、人の話を聞かないのはお前もだし、すでに一発殴ってるじゃねーか。ディンゴとワスレナのことが癪に障っているのは分かるが、フレドリックにはわざわざ来てもらったんだからな……」  やむなくカイが止めに入ると、フレドリックはきらっと瞳を輝かせた。 「ですよねー! うーん、やっぱりカイさんも、きれいで包容力があって優しいなー! ステフちゃんも可愛いし、今からでも遅くないですよ。俺と、あでッ!!」 「はいはーい、フレディ、シメオンは冗談が通じねーからここまでな? それと、カイちゃんに色目を使うのはやめろってずっと言ってるだろ?」  目が笑っていないセブランも介入し、事態は一層の混迷を極めていく。この先のことを思い、果たしてうまくやれるのか、不安を覚えるワスレナだった。  シメオンとはまだ結婚していない。フレドリックが思い出させてくれた事実も、より不安をかき立てていた。 いかがでしたでしょうか?この続きは 【楽園のつがい】 著者:雨宮四季【あまみやしき】    イラスト:逆月酒乱【さかづきしゅらん】 ラルーナ文庫より2018年11月20日 全国書店様、ネット書店様にて発売予定です! https://www.amazon.co.jp/dp/481553201X

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