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第4話

 ようやく睡魔に襲われたのは、日付が変わった午前一時過ぎのこと。  いつから降り始めたのか、激しい雨風が雨戸をガタガタと揺さぶっている。 「雨が降るなんて、天気予報じゃ言ってなかったのに……」  ここ数日は晴れが続くと聞いて安心していただけに、櫂は台風を思わせる風雨が気になって仕方がなかった。  パジャマ姿で掃き出し窓に近づき、ガラス窓に続いて雨戸をそっと開けて様子を窺う。 「うわっ……」  直後、十センチほどの隙間から大粒の雨と突風が吹き込み、櫂は咄嗟に右手を顔の前にかざした。同時に、左手で慌ててガラス窓を閉めようとするが、雨に濡れた手が滑って思うようにできない。どうにかガラス窓を閉めたときには、櫂の前半身はバケツの水を被ったみたいにびしょ濡れになっていた。当然、畳も濡れてしまっている。 「あー……」  あまりの惨状に呆れて、溜息しか出ない。 「とにかく、雑巾……」  独りごち、踵を返そうとした瞬間、櫂の左足に覚えのある感覚が走り抜けた。  ――え。  瞬時に、全身が金縛りに遭ったみたいに硬直する。  細く長い何かが、櫂の足を締めつけている。不思議なことに、ソレはゆっくりと長さと太さを増して、腰から腹、肩から腕へ、徐々に上ってくるようにして巻きついてきた。 「な、んで」  唇を戦慄かせ、思わず呟く。  大きく見開いた目に映ったのは、白く細長い、ぬらりとした生き物。  濡れたような白銀の鱗に、赤い目。口から先の割れた赤い舌が出たり引っ込んだりを繰り返している。 「しろ……へ、び……」  ドクン、と心臓が大きく跳ねたかと思うと、櫂は驚きのあまりその場に尻餅をついてしまった。  信じられないことに、最初数十センチほどだった白い蛇の身体が、櫂の全身を何重にも締めつけてなお余りあるほどに巨大化している。身体の太さも、櫂の太腿より逞しい。  櫂は声を失ったまま、ただ瞠目して白く巨大な蛇を凝視するばかりだった。  ――もしかして、夢……?  しかし、窓に叩きつける雨風の音や、全身をやんわりと締めつけるヒヤリとした白蛇の感触が、すべて現実だと突きつける。  このまま、夢のように蛇に呑み込まれてしまうのだろうか……。  一瞬、諦めに似た感情が胸を過った、そのときだった。 『会イタカッタ』  櫂の頭の中に、聞き覚えのない男の声が響いた。 「えっ……な、なに?」  経験したことのない不思議な感覚に困惑する。わずかに首を動かし部屋を見回すが、男の姿などどこにもない。 「まさか、蛇が……喋るなんて――」  信じられない想いで、目の前の大蛇を見上げる。 『ドンナニ……オ前ヲ待チ続ケタカ……』  再び頭の中で声がしたかと思うと、白い蛇が大きな頭をゆうらりと擡げ、櫂の目の前で舌を揺らめかせた。  ――食われる。  何度も見た夢とまるで同じ状況におののき、堪らず目を閉じる。  すると、直後にぬるっとした何かが唇に触れ、続けて鋭い痛みが走った。 「痛っ……」  小さな悲鳴をあげると、裂けた唇から溢れた血が口内に流れ込んできた。生ぬるい鉄錆の味を感じたところで、突然、白い蛇がするりと縛めていた櫂の身体を解放する。  すると、全身の強張りが解け、櫂は糸の切れたマリオネットみたいに濡れた畳の上に横たわった。  古びたデザインの笠に覆われた大小の丸い蛍光灯が、蜷局を巻いて鎌首を擡げる白い大蛇を照らし出す。  神々しさすら覚えるその姿に、櫂は思わず見蕩れてしまった。 『ヤット、会エタ……』  舌をチロチロと出しながら、白蛇が顔を近づけてくる。  起き上がって逃げようにも、櫂の身体は骨や神経が融けてなくなってしまったかのように、指先すら動かすことができなかった。 『ヤット……ヤット、ダ……。コノトキヲドレホド待チ侘ビタカ……』  頭の中で繰り返される掠れ声は、みっともなく上擦っている。  やがて白い大蛇は、赤い舌で櫂の頬を宥めるように舐めた。 「……っ」  その瞬間、櫂の全身に甘い痺れが走り抜けた。まるで絶頂の快感を思わせる痺れに、櫂の身体は一瞬で熱をもち、本人の意思に反して股間が硬く張り詰める。 「うそ……っ」  自分で慰めるときですら、反応が鈍い方だと思っていただけに、櫂は己の身に起こった変化に驚くばかりだった。 『モウ、離シハシナイ……』  白い蛇は再びその巨体を、戸惑う櫂の身体に絡めてきた。そして、脱力した身体をやんわりと、けれどけっして逃さないとばかりにしっかと締めつけていく。 「あ……っ」  熱い抱擁を思わせる締めつけ具合に、櫂は息苦しさを覚えた。  その間も、赤くて長い舌先が、櫂の頬や顎下、首筋などを執拗に舐め続ける。  繊細な愛撫を施されたわけでもないのに、身体の内側が焼かれるように熱くなって、触れられてもいないのに性器の先端が濡れ始めた。 「あっ……。なんで……」  思わず零れた困惑の声まで、濡れたように情欲をまとっている。 『オ前ハ、俺ノモノ……』  切なげに震える声を聞いていると、どうしようもなく胸が締めつけられた。 『ソウシテ俺ハ、オ前ノモノニ――』  いまだ恋という恋を知らずにいた櫂にとって、脳に直接刷り込まれる言葉は、強烈な求愛の台詞に思えた。 『イザ、契リヲ交ワサン……』  繰り返される蛇の声に、身体が、肌が、心が、応えるように震える。  まるで媚薬を飲まされたみたいに、櫂の身体はいっそう熱を帯び、蛇がほんのわずかにその巨躯を動かしただけで、信じられないほどの快感を覚えた。 「ああっ……」  パジャマのズボンが、雨ではない別の液体でぐっしょりと濡れているのが分かる。  ――嘘だ。  いまだかつて経験したことのない快感に、いつの間にか射精してしまったらしい。それなのに、勃起は治まらず、櫂の身体はさらなる甘い刺激を欲していた。  まるで自分の身体ではないような淫らな反応に、いよいよ混乱が激しくなる。  浅ましい身体が恥ずかしい。いっそ、今すぐに消えてしまいたいくらいだ。  絶えることなく押し寄せる快感の波に翻弄されながら、櫂は零れ落ちそうになる喘ぎを噛み殺した。鼻の奥がツンと痺れて、目頭が熱くなる。涙が溢れてしまいそうで、ぎゅっと瞼を閉じる。  すると、櫂の心情を読み取ったのか、頭の中で掠れた声が不安げに震えた。 『泣クナ。オ前ヲ泣カセタクナイ』  あまりにも頼りない囁きに、櫂は閉じたばかりの瞼をおずおずと開いた。  すぐ目の前に、白い蛇の赤い目があった。丸い大きなルビーを思わせる瞳には涙が浮かんでいて、今にも流れ落ちそうになっている。 『タダ、オ前ヲ守リタイト願ッテキタダケ――』  切々と訴える言葉は、櫂の心を強く揺さぶった。 「どぅ……して」  この白い大蛇は、幼いころから夢に見続けたあの蛇に違いない。  混乱しつつも、揺るぎない確信を抱く。 『タトエ、オ前ガ俺ヲ忘レタトシテモ、コノ身ト命ニ誓ッタカラダ』  白い蛇は舌を引っ込めると、まっすぐに櫂を見つめたまま大きな身体をゆっくりとうねらせた。 「ああっ……」  白くすべらかな巨躯に巻きつかれたまま、櫂の身体がゆっくりと反転する。ふと気づくと、いつの間にかパジャマのズボンが下着ごとずり下げられていた。  引き締まった小振りの尻へ、異様な粘りをもった何かが、ぐいと押しつけられるのを感じて、櫂は思わず目を瞠った。 「ヒッ……」  尻の谷間を、濡れた肉の塊のようなモノが、ズルズルと何度も行き来する。 「……ま、待っ……」  ――犯される……?  本能的に身の危険を察した櫂だが、白い鱗をもつ長駆に全身を縛められていて、身じろぐことすらできない。 『サァ、コレデモウ、オ前ト俺ハ、命尽キ果テルソノトキマデ……』  頭の中で響く声は、余裕なく上擦って聞き取りづらかった。 『嗚呼、ヨウヤク……』  感嘆の溜息とも、嗚咽ともとれる声を耳にした直後、ぬめりをまとった焼けた鉄杭が櫂の後孔を穿った。 「――――ッ!」  衝撃のあまり、声も出ない。  畳に左の頬を押しつけた俯せの体勢で、剥き出しの尻だけを高く掲げられ、背後から白い大蛇に犯される。 「ひっ……う、ぐぅ……っ」  挿入は、まるで容赦がなかった。苦痛と圧迫感に、醜い呻き声が漏れる。  大蛇はその生殖器と思われる肉塊を一気に櫂の尻へ捩じ込むと、身体を巻きつけたままその場でごろごろと回転し始めた。 『ツライダロウガ、我慢シテクレ……』  櫂を縛めたまま、白蛇は優しく切なげに囁きかける。櫂が涙を零せば、赤い舌で拭い取ってくれ、何度も繰り返し『スマナイ』と謝罪した。  そうして、どれほどの時間が経っただろうか。  大蛇は櫂の尻に生殖器を挿入したまま、長く器用な舌と尾の先で、無垢な身体を愛撫し続けた。パジャマの下の淡い乳首や臍の窪み、勃起して先走りを垂れ流す性器と陰嚢、喘ぎに開かれた唇と舌、その口腔までを、執拗なくらい丁寧に刺激する。  最初こそ恐怖と混乱、そして苦痛に小さな悲鳴を漏らしていた櫂だが、今、自分でも驚くほどの甘い声が、その口から溢れていた。 「あっ……ああっ……」  腹の中で蛇の生殖器が蠢くたび、櫂は堪え切れず嬌声を放つ。  いったいどんな形をしているのか分からないが、小さな棘で腹を内側からざらざらと撫でられるような感触に総毛立ち、そのたびに射精していた。 「ひっ……あ、また……出……ちゃ……っ」  はじめてのセックスが……蛇だなんて、あり得ない。  頭の隅っこで、ほんの欠片だけ残った理性が呟く。  しかし、櫂の身体は白い大蛇に与えられる鮮烈な快感に溺れ、もっと欲しいとばかりに腰を振っていた。 「んあっ……あ、はぁ……もぉ……変にな……るっ……」  赤い瞳に見つめられるだけで、射精したばかりの性器が勃起する。ひんやりと感じる白い巨躯に抱かれていると、言葉に尽くせないほどの幸福感に満たされた。腹の中は異形の生殖器で満たされて、極上の料理をたらふく食べたような充足感を覚える。 『……櫂ッ』  ひと際派手に身体を回転させたかと思うと、はじめて白い蛇が櫂の名を口にした。  途端に、心臓がぎゅうっと締めつけられるほど息苦しくなり、同時に、全身がカッと燃えるように熱くなった。今までのものとは比べものにならない、圧倒的な快感が櫂を襲う。 「んあっ……あ、はぁ……っ」  腹の中で蛇の生殖器がぶわりとその体積を増す。  虚ろな目で様子を窺うと、赤い目から真珠のような大粒の涙を流すのが見えた。 『櫂……』  再び名前を呼ばれて、櫂は反射的にふわりと微笑んだ。 「うん」 『ズット、恋イ焦ガレテキタ……』  白蛇の顔が、苦しげに歪んだように見えたのは、気のせいだろうか。 『オ前ダケシカ、イラナイ』  まるで雨粒みたいに、赤い目から流れ落ちた涙が櫂の頬を濡らした。 『櫂』  いきなり大蛇に襲われ、身体を暴かれた。  なのに、どうしてだろう。  蛇憑きだと言われ、繰り返し白い蛇の夢を見た理由が、急に分かったような気がした。  もちろん、的確な答えが見つかったわけではない。  けれど、目の前の白い大蛇の声を聞き、息苦しいほどに求められて、何かストンと腑に落ちた。  自分はこの日のために生き、この地にくる運命だったんじゃないだろうか。 『俺ヲ……オ前ノモノニシテ、縛リツケテクレ……』  喘ぐような懇願の言葉に応えたいと、本能が叫んでいるようだった。 『ソバニ、イサセテ……クレ、櫂ッ……』  たとえ人ではなくても、ここまで情熱的に求められたことが嬉しくて堪らない。 「うん。いいよ」  櫂は小さく頷くと、そっと下腹部に力を込めた。 『嗚呼……ッ、櫂……』  白い蛇が堪らないといった様相で鎌首を擡げ、ブルッとその長い身体を震わせる。  間をおかず、櫂は腹の中に熱い飛沫が迸るのを感じた。そして、一瞬の間をおいて、もう何度目か分からない絶頂に至った。 「ああ……っ」  目の眩むような快感に、意識が遠のきそうになる。それを引き止めたのは、外から聞こえる激しい雨音だった。  ――おわ……った、のか?  白い蛇が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。櫂にとって青天の霹靂ともいえる行為は、それこそ夜通し続いたような気がしていた。  隙間の空いた雨戸の方へ目を向けようと思っても、全身にのしかかる甘ったるい倦怠感と、いまだ巻きついたままの蛇のせいでそれも叶わない。  雨と風の音、そして、櫂の浅く短い呼吸音だけが六畳間を満たす。  不意に、白蛇がそろりと長駆をうねらせたかと思うと、するすると櫂の身体から離れていった。 「……あっ」  最後に、尾に近い部分が離れようとした瞬間、櫂は内臓を尻から引っ張り出されるような感覚に襲われた。 「ンぅ、あ……っ」  全身が硬直して尻が浮く。そして、異物が抜け落ちると同時に、ボトボトと粘度のある液体が尻から流れ落ちた。 「……ぃ、やだ」  粗相をしてしまったような羞恥に、顔が朱に染まる。咄嗟に顔を手で隠そうと思ったが、長い時間縛められていたせいか痺れてまともに動かせない。  するとそこへ、白い蛇がぬっと頭を近づけてきた。 『ヨウヤク、オ前ト契リヲ結ブコトガデキタ』  赤い瞳がキラキラと輝いて、櫂の頭の中に響く声が、どことなくはしゃいだように聞こえる。  白い蛇はその巨躯で、半身の体勢で横たわる櫂の周囲をズルズルと嬉しそうに這い回る。 『コレデ俺ハ、モウ二度トオ前カラ離レラレナクナッタ』  途切れることなく続いた絶頂の余韻と、異形のモノとの交合に疲弊し朦朧となった櫂には、白蛇の言葉の意味を理解する余力などまるで残っていなかった。ただ涙で潤んだ瞳で、目の前を這う白くすべらかな蛇腹が動く様を見つめるばかりだ。 『オ前ノ命ガ尽キ果テルマデ、トモニ生キ、オ前ヲ守ル――』  落ち着きを取り戻したのか、頭に響く声は甘い低音になっていた。  その声は、心身ともに疲れ果てた今の櫂に、とても心地よく感じられ、ズルズルと這い回る蛇腹を見つめながら聞いていると眠くなってくるようだった。 『櫂……』  名を呼ばれ、瞬きをした櫂の目に、突如、見たことのない物体が飛び込んできた。 「え……」  思わず目を見開いて、凝視する。  白い蛇腹がぱっくりと割れた隙間から、生々しいピンク色の物体が二本、飛び出していた。まるでオタマジャクシに生えた足のようなソレは、櫂の腕ほどの太さで長さは二十センチあまり、全体に小さな棘のような肉芽がびっしりと生えている。ヌラヌラと濡れて光っているのは、白濁した粘液をまとっているせいだ。  愕然として息を呑む櫂の頭に、男の上機嫌な声が響いた。 『オ前ノ腹ノ中ハ、死ンデシマウカト思ウクライ心地ヨカッタ』  櫂の思考が、数秒、停止する。  そして、動き出したと同時に、信じ難い想像が脳裏に浮かんだ。 「……ヒッ」  まさか、こんなモノに……。  棘の生えたピンクの肉塊は、蛇の生殖器だった。 「嘘……っ」  青ざめる櫂の顔を、大蛇が覗き込む。 『愛シテル、櫂――』  赤い瞳は歓喜の涙をたたえていて、脳を震わせる声は切なげで、聞いていると胸を掻き毟りたくなる。  けれど、その言葉を聞いた直後、櫂の意識はプツリと途切れてしまった。 いかがでしたでしょうか?この続きは 【蔵カフェ・あかり、水神様と座敷わらし付き】 著者:四ノ宮慶【しのみやけい】  イラスト:天路ゆうつづ【あまじゆうつづ】 ラルーナ文庫より2018年11月20日 全国書店様、ネット書店様にて発売予定です! https://www.amazon.co.jp/dp/4815532028

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