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01.二人の朝 ①

バルコニーで煙草を吸いながら、学会誌のページを捲る。 頬を冷たい風が撫でるのと同時に、ポロリと落ちた煙草の灰が紙面の写真を汚した。 俺は眉を寄せ、さっさと灰を指で払う。 それから灰の下から現れた白衣の男を横目で見ながら、その記事を改めて読み直した。 「最先端の医療、か……」 それは、文中で何度も繰り返されていたキーワードだった。 「チッ、胡散臭ぇ論文ばっか書きやがって」 舌打ちと共に笑みを浮かべた写真の男を親指の腹でグリグリと押し潰す。 ちょうどその時、朝のニュース番組が主婦向けのワイドショーへと切り替わる。 煙草も丁度無くなった。 吸い殻でパンパンになった灰皿の端っこにそれを無理矢理押し込んで、リビングに戻る。 と、同時に床に落ちていたリモコンを拾い、学会誌を同じ場所に捨てた。 テレビを消して、キッチンに向かい進んで行く。 続けてコーヒーの空き缶が二度、爪先に当たった。 煩わしいので、それをゴミ箱に向かって投げつける。 狙い通り、ゴミが堆く積まれたその頂上に″カン″と音を立てて缶が当たった。 一部が雪崩れのように崩れてまた床に落ちたが、まあ、誤差の範囲内ということにしておこう。 さて、ワイドショーが始まったってことは、そろそろうちの″犬″が起きてきても良い時間なのだが、朝食と常用薬を用意し終えても、リビングのドアが開く気配は一向にない。 どうやらヤツは、また今朝も寝坊している様だ。 しかし食事はいいにしても、薬だけはそろそろ服用させないと、まずい。 めんどくせえなと思いながらも、仕方なくリビングを出て、俺は犬を起こすために寝室へと向かう。 そして勢いよくそのドアを開け中に入ると、目覚まし時計が床に3つ転がっているのがまず見えた。 大方、音を止めようとして、投げつけたのだろう。 その向こうのベッドの上に、端っこが膨らんだ毛布がある。 真ん中の辺りが上下し、それに合わせて小さな寝息が聞こえて来た。 顔まですっぽりと覆っている毛布を上げ、中を覗き込む。 するとそいつは、こちらの気も知らずにかなり気持ち良さそうに眠っていた。 「おい、ユウ」 直ぐに"犬"の名前を呼び、その鼻をきつめにぎゅっと摘まむ。 しかしユウは、 「ん……」 と眉を寄せて喘いだ後、あろうことか飼い主であるこの俺に背を向け、今度は毛布のかわりに枕を抱き、眠り続けようとしやがった。 「こら、ユウ。 いい加減起きろ、朝だぞ」 耳元でそう言っても、頬を叩いても。 銀色の髪をグイと引っ張ってもユウは動じない。 だから、今度はカーテンを一気に開いてやった。 「んんっ」 これは効果があったようだ。 強い朝日が余程眩しかったのか、ユウは眉の間に深い皺を刻み、唸りながら体を丸める。 「ん……」 そして、もぞもぞと布団の中で動いた後、諦めたようにゆっくりと瞳を開いた。 それは今朝の空と同じ、青色の瞳だ。 ユウは、その目をこすりながら大きなあくびをひとつこぼした。 「んー」 「起きろ、寝坊助」 「ふぁ……」 「こら、あんまり擦るな、また角膜が傷つくだろ」 「うん……」 まだ寝ぼけているのか、ユウはゆらゆらと頭を揺らしながら俺の胸に額を押し付けてくる。 そして、スンと一度大きく息を吸い込んだ。 それでやっと頭がはっきりしてきたのだろう。 胸から離れると、いつも通り顎を上げながら袖を通しているだけの上着の前を全て開く。 今気がついたけれど、下にはトランクスしかつけていない。 よく見ると反対側の床に、寝間着のズボンが丸まって落ちていた。 どちらも毎晩寝る前にきちんと着せてやっているのに、どうして朝にはこうなってしまのだろうか。 呆れる俺の傍ら、ユウはまるで本物の犬のようにハッハと荒い息を吐いている。 それから俺の肩に手を伸ばすと、ねだるように尻を浮かせ、腰を揺らした。 俺と目が合うと、口をだらしなく開いて、赤い舌をぺろりと出す。 こいつがキスを欲しがっていることは、手に取るようにわかる。 が、思い通りになんかしてやるものか。 「むぐっ。」 俺は毅然とした態度で、ユウの口に体温計を放り込んだ。 が、しかし。 「あっ、テメェ!」 ユウはぺっと勢いよくそれを吐き出し、背中に隠してしまう。 そして目を細めてニヤニヤしながら、べっと舌を出した。 同時に、その背の裏で体温計が折れる音が響く。 おいおい。 これで何本目だ、いい加減にしろよ。 咄嗟にサイドテーブルの引き出しを探るが、替えの体温計は見つからなかった。 ちきしょう。 しかしいくらユウを睨んでも、無いものは仕方がない。 誠に不本意ながら、顎を下げユウの思う通りに薄く口を開いてやる。 するとユウは甘えるように俺の首に腕を回しながら、待っていたとばかりに唇を合わせてきた。 ユウの舌が、俺の舌先を舐めた後、ゆっくり、しかし大胆に絡んでくる。 ″体温、正常。 脈、正常。″ 俺はユウの口内温度を自分の舌で計ると、次に腹部に触れていく。 ……触診の結果も問題なさそうだ。 「やあん」 「もう体温は 診た、おしまい」 離すと名残惜しそうに追ってくるユウの唇をかわす。 そして、サイドテーブルの上に投げておいた聴診器で、頸部から順番に音を聞き確認をする。 「よし、異常なし。 今日も、″ふつう″に生活していいぞ」 すべてのチェックを終え、その頭を優しく撫でてやる。 すると、ユウほっとしたように体を弛緩させた。 ……が。 「あ、ふう……」 「おい、コラ」 ユウは再び顎をあげると、赤い舌を伸ばして俺の下唇をぺろりと舐めた。 そして首に回した手に力を込め直し、自分の方へと力強く引き寄せようとする。 「ユウ、待て」 「ううー」 「ダメ、"待て"、だ」 本物の大型犬さながらにじゃれついてくるユウの額を押し、いなす。 しかしユウのやつは、俺の言うことなんて全く聞きやしない。 それでも犬の躾と同じように、辛抱強く″待て″を繰り返す。 五度目の″待て″でユウはやっと大人しくなった。 諦めたように俺から手を離すと、今度は前屈みになりながらうらめしそうな顔で見上げてくる。 それから、への字に曲げられた口の真ん中が僅かに動くが、言葉が発せられることはなかった。 かわりに喉の奥をウウッという音が鳴った。 体温計を壊されるハプニングはあったが、さっきのアレは持病を多く持つユウの体調チェックの一環。 そう、あくまでも医療行為だ。 やましい意図は一切無い、なのに。 「テメエ、朝から盛ってんじゃねーよ。」 そう言い終わるや否や、もう待ちきれないとばかりに、ユウが再び唇に吸い付いて来た。 性急で熱を帯びたキスを受け入れながら、この駄犬がもう止まらないであろうことを、何となく悟る。 仕方ないと躾に見切りをつけ、ユウの素肌に掌を這わせた後、一気に撫で下ろす。 そしてトランクスを押し上げている猛りの先端を、指先でピンと弾いた。 それから、ゆっくりと突起の先端を擦ってやる。 するとユウは、ふるりと一度身を震わせた後、心底嬉しそうな顔をしながら、抱きついてきた。

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