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後編
「……最近、佐和さん忙しそうだね」
言いながら、ハルは己の臆病さに泣きそうになった。
「ありがたいことにな」
「忙しいと大変じゃないの?」
「干されるよりマシだ。……珍しいな、ハルが俺に興味を持つなんて」
薄い唇を持ち上げて微笑む佐和にハルは小さく首を傾げて応えた。
結局言えなかったセリフが突然言えるようになるはずもなく、ただ闇雲に時間だけが過ぎて言った。
そして食事も終盤になった頃、それは現れた。丸い白玉に無数の白ごまが張り付いた胡麻団子だ。
運ばれてきたその皿を佐和はさも当然のようにハルの前に置いた。
ハルは甘いものが苦手だ。
餡子 なんて見ただけで吐き気がする。
佐和は箸で団子を潰すと衣の割れ目から湯気が立った。彼はそのかけらを中の餡子と共に己の口に運んだ。佐和の目が美味しそう細められ、その直後、予想以上に熱かったらしくむせかけていた。
「っ……思ったより熱いな」
涙目になる彼を見て、ハルは吹き出しそうになった。普段澄ました顔をしている男のギャップが可笑しくてたまらない。
「佐和さんってそういうところ、あざといよね」
ハルは笑いをこらえながら言ったつもりだったが、実際口元は笑っていたと思う。
「君にあざとさを褒められるとは光栄だな」
彼が幸せそうに甘いものを頬張るから、ハルはそれが嫌いだと言えないのだ。
この男は好きなものを素直に好きだと言えない。
嫌いなものを嫌いと言えないハルにはそれがわかった。
理由や大義名分がなければ、佐和という男は、胡麻団子なんて食べないし、綿谷知春という男に会うこともない。
だから、ハルは彼に理由を与え続けた。
甘いものはハルが求めるから、そのついでに食べればいいし、体の相性がいいウリを毎月予約すればいい。そうすることで彼は満たされるのを知っていたのだ。
しかし、それも今日で終わりだ。
崩された胡麻団子を眺めながら、ハルは口を開いた。
「俺……」
「来月の第三金曜日だが、ホテルのスイーツビュッフェに行かないか?」
「……え」
「取引先のオーナーのホテルでな。自慢のビュッフェだというので行かないわけにいかなくなってな」
「ふぅん」
ハルは胡散臭そうに鼻を鳴らした。
相変わらず、理由を作るのがお上手だ。これを本人は無意識でやっているようだから、余計にたちが悪い。
『来月か……、残念だけど、行けない。だってもう今日で終わりだから』
そう言うべきだと頭で強く思えば思うほど、口から出てくるのは真逆の言葉だ。
「楽しそう。……行こうかな」
「決まりだな。予定入れておいてくれ」
「ええと……」
ないはずのスケジュールに予定など入れられない。ハルは歯切れが悪くなった。
「空いているだろう? 予約入れられるのは一ヶ月前からのはずだ」
「うん」
頷くと佐和は得意げに笑った。そしてどこか無邪気そうに言い放った。
「永久に第三金曜日は俺のものだな」
その瞬間、ハルの中で燻っていた迷いがなくなった。
「そうだね」
「なにかあるのか?」
打ち明けられそうな佐和の質問に、ハルは笑顔で首を横に振る。
「何もないよ。永久に俺は貴方のものだ」
そうか、言わなければいいのだ。
終わりだと言わなければ、この関係を続けられる。
佐和は店のホームページを見ない。直接ハルに予約を入れ、金も直接手渡しだ。ハルが終わりだと言わなければ、気づかれないかもしれない。
このまま黙って、流れに身を任せればいいのだ。
緩やかな山肌を滑る小川のように曖昧に下っていくだけだ。今までそうして生きてきたように。
「可愛いことを言うな」
喉奥を鳴らすような佐和の笑い方はハルのお気に入りだ。彼はまだ崩した胡麻団子のひとつを摘み上げるとそれをハルの口元まで運んだ。
餡子の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。運んでくるのが佐和でなければ、手で払い除けているだろう。
ハルは赤い舌を出してそれを受け入れた。
流れ落ちた先が幸福の海であることを願いながら、ハルは胡麻団子を頬張るのだ。
了
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