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第1話
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午後12時半のファミレスは、子供連れと、ランチをかきこむ営業マンでごった返している。
昼食中の、俺、尾宮光《おみやひかる》のポケットで、スマホが震えた。
見れば大学映画サークル同期からの一斉メール。
『結婚が決まった』の文字の後に、涙の絵文字が付いている。
「なんで涙マークなんだ? 変なの」
同じくスマホを覗き込んでいる、同期の那須慎太郎《なすしんたろう》に尋ねれば、あっさりした返事が返ってきた。
「できちゃった婚だからな。それもたった一回で」
「え、慎太郎、なんで知ってんの?」
「結構噂になってるよ。式まで一ヶ月だってのに、かなり落ち込んでるらしい。ま、まだ二十四だもんな」
慎太郎はスマホを机に戻し、食事に戻る。
同じ部署に勤める慎太郎とは、映画サークルで知り合って、今年で六年間の付き合いになる。交友関係がダブリまくってるのはそのせいだ。俺なんかよりこいつの方が、よっぽど人徳があるから、いろんな情報が集まってきてるんだろうな。
「けどさ、寝たってことは、好きだったってことだろ?」
「責任とって仕方なく……って感じみたいだな」
「マジかよ……」
俺もスマホを机に置いてため息をついた。
「あーあ、俺ならどんなきっかけでも、絶対大事にするのにさ。恋がしたいなぁ。どうやったら運命の相手と巡り会えるんだろ」
三年前、建築会社「ドゥーダリッス」に入社した時は、大手で社員数も多く、絶対素敵な出会いがあると思っていた。
けど、派遣された部署が最悪だった。営業は男ばっかだし、マジで忙しくてコンパに行く暇もない。結婚なんて……できるんだろうか。不安になってくる。
「出会いなんて、普通に生きてりゃ普通にあるだろ」
「出た。ハイスペック男の余裕綽々なセリフ」
俺はムッとして慎太郎をにらんだ。
「お前は昔っから隠れファンがいっぱいいたもんな〜」
180センチ以上の高身長に、頭も見た目もよくて、性格も温厚。女たちがほっとかないタイプだ。営業成績も同期の間ではトップ。きっと裏でお姉さま方にキャーキャー言われてるんだろうな。
「お前だって可愛いって言われてたろ」
「チビだし、童顔だからだろ。嬉しくね〜よ」
そう。身長165センチ、体重55キロと小柄な上に、電車では高確率でおっさんに痴漢される、中性的な見てくれはコンプレックスでしかない。
「拗ねるな。これやるから」
慎太郎は苦笑しながら卵焼きを俺の皿に入れた。
「わ。ラッキー。サンキュー、慎太郎」
俺は遠慮なく大好物の卵焼きを頬張った。口の中にジューシーな厚焼き玉子の味が広がっていく。
「口に欠片がついてるぞ」
慎太郎が苦笑した。
「え? そう?」
俺は指の腹で口の端を拭った。
「ったく、子供みたいだな」
黒メガネの奥にある切れ長の目が、おかしそうに細められている。
(こいつも一人暮らしで、おふくろの味に飢えてるはずなのに、気前が良いよな。マジでいいやつ)
「あーあ、俺、慎太郎と結婚しよっかな」
笑いながらそう言うと、慎太郎は目を丸くした。
「なんだよ、いきなり」
「だって俺ら、相性いいじゃん。嫁にいってもいいくらいには……いたっ」
頭に軽い鉄拳が飛んできて、俺は小さな悲鳴を上げた。
「冗談やめろ。笑えない」
「笑えよ〜」
俺は片手を伸ばして慎太郎の肩をつついた。
「賑やかだな」
俺の正面、言い換えれば慎太郎の後ろにいた人が、突然振り向いて話しかけてきた。
あたりの空気を凍りつかせるような、冷ややかな声に、切れ長の冷たい目は、俺のよく知っているものだ。
「主任……いつからそこに!」
俺は思わず肩を震わせた。
「俺の方が先にいたんだよ。お前らが気づかなかったんだろうが」
「お疲れ様です。じゃ、俺、行きます」
慎太郎が神妙に頭を下げ店を出て行く。
(逃げたな。ずるいぞ、慎太郎)
俺もさっさととんずらしようと、残った昼食を胃の中にかきこむ。
お昼休みだし、さぼってたわけじゃないけど、外回り中に直属の上司とかち合うなんて、ついてない。
「ピーチクパーチク恋バナか。若いな。店の迷惑にならないようにしろよ」
ほら、嫌味言われた。って言うか、俺らの会話、聞いてたのかよ。
「はい……」
俺は目を見ずにうなずいた。
営業部主任、棚橋直也《たなはしなおや》。
俺の最も苦手な人だ。
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