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金木犀の恋
────好きだと言ったらどんな顔をするのだろう。
ずっと遠くから眺めてきた先生と距離が近くなったのは、僕がクラス委員長になってから。
「河瀬 、そのプリントみんなに配ってやってくれ」
「はい」
「あと、これ次のホームルームの時に話すんだけど、お前ならどっちがいい?」
「えっと……こっちがいいです」
「じゃあこっちにしよう」
大人しくて目立たない僕とは違い、しっかりしていて穏やかで優しい先生。
そんな僕から見たら先生は凄く大人で、先生から見た僕はきっと子供で……二回り以上も年下の僕には何の興味もないだろう。
だから、一生徒としてしか見てもらえてないのは分かってた。
でも前に比べたら、こうして二人だけの時間が数分でもあるのは幸せで……先生を困らせるつもりはなかったのに、その日はどうかしてたのかもしれない。
準備室で二人きりで、もうすぐお昼の休憩時間が終わる頃で……そんな何気ない日常。
プリントを渡す先生の指先が不意に僕の手に触れた時、その日常はずっとせき止めていたものが溢れたことによって簡単に崩れてしまった。
「先生……」
「どうした?」
「────好きです」
うつむいて発した言葉が濁り、乾いた空気に一瞬にして消えていく。
どうしてこんなこと言ってしまったんだろう。
後悔するって分かってるくせに、僕はバカだ。
心の糸がプツンと切れたような、そんな不思議な感覚と後悔に頭の中が真っ白になった。
答えは100%分かってる。
きっと先生は礼を言った後に丁寧に断るんだ。
そして僕の恋は終わる。
「ありがとう、河瀬……」
ほら。
そして次に言われるのは……
ぎゅっと目を瞑って俯いたままでいると、続く言葉の代わりに聞こえてきたのは小さなため息と何かに包まれた感触で。
「断らないといけないことは分かってる。けど、俺ももう限界だ」
「先生?」
温かい体温と優しくて苦しそうな声が今までで一番近くから伝わってくる。
「河瀬のこと、ずっと可愛いと思ってた。可愛いくて、可愛いくて……俺だけのものにしたいって」
「嘘だ……」
「本当だよ、お前が好きだ。けど、こんなおっさんに言われても気持ち悪いだけだろ?だから、必死に我慢してたんだよ」
ちょっとだけ顔を上げると困った顔の先生と目が合って、僕の心臓はすごい速さで波打つ。
「気持ち悪いなんて思うわけないです、だって……僕だってずっと好きだったから」
「ありがとう。ごめんな……本当は教師として断らないといけない立場だ。だけど……」
その先を言わせる前に僕はそれを阻止するように先生の口を塞いで小さく息を吐いた。
罪悪感でいっぱいなのだと思う。
先生は大人で、教師で、生徒の僕を好きになってはいけない。
全部分かってるけど、わかってるからこそ止められない。
それは僕も同じだから。
「……ッ……先生が……好き」
「……河瀬」
机の上のプリントが床に落ちて二人の足元にそれが散らばる。
吐息と混ざるように午後の授業開始の本鈴が鳴り響き、僕を抱きしめる先生の腕の力が一瞬弱くなった。
「やだ……」
「だって……授業」
「今日だけは許してください、明日からはちゃんと……」
「参ったな……お前、可愛すぎるだろ」
明日からちゃんとするからと口にしたすぐ後、そのまま机に押し倒された。
「いいんですか?」
「聞くなよ、バカ」
「先生……可愛い」
「あのなぁ……もう勘弁してくれ」
少しだけ照れた先生はずっと年上なはずなのに可愛いくて、そんな姿に僕はもっと先生を好きになる。
ゆっくりと重なる唇、そのまま首筋に伝う舌先に戸惑いながらも快感に横を向くと、オレンジ色の小さな花が無数に咲いた一本の花が一輪挿しに刺さっていた。
「……いい匂い」
「だろ?」
今の今まで気づかなかったその花に手を伸ばそうとすると、直ぐに阻止され、後でと告られ再び口付けられる……
品のある香りと控えめな存在感。
そんな金木犀を見つめながら先生は……
お前のようだと呟いた。
END
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