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Butterfly orchid

近くて遠い…… 今は、遠くて遠くて…… 俺たちは、もうあの頃みたいに笑い合えないのだろうか。 今日で何日目だろう……恋人で幼馴染みの顔をブラウン管越しに眺めるのは。 「……今日も元気そうでなによりだな」 華やかなセットをバックにアイドルのようなキラキラな衣装を見に纏い歌い踊る姿に目を細め、ぽつりと呟く。 衣装の一部のオレンジ色のマントがひらめくと客席は歓声で包まれ、あいつは笑顔を振りまきながらファンへと手を振った。 「やっぱり、かっこいいよな」 どれだけ人気か把握出来ないほどまで上り詰めるまでにはそれほど時間はかからなかった。 恋人の紘太郎(こうたろう)と一緒に街を歩いている時にモデルにならないかと紘太郎の方だけに声をかけられ、面白半分で入った事務所が思いの外大手であいつはあっという間に有名人になった。 そして俺はもちろんただの一般人のままで、そんな俺たちの間にはいつの間にか見えない隔たりのようなものを感じていた。 紘太郎が事務所に入る前から俺たちは付き合ってたわけだけど、事務所はそれを知らない。 これ以上人気が出れば、バレたら確実に別れさせられるだろう。 それに、いつどこで紘太郎のファンに見られているかもわからない。 傍から見たら同性だし、ただの友達にしか見えないだろうけど、用心に越したことはない。 でも……最近の紘太郎は仕事が忙しく大学だって休みがちだし、会うことだってままなってないからそれもいらぬ心配だ。 もういっそのこと、別れたらいいのかなぁ。 考え出すといつもマイナスな方向へと傾くばかりで、自分が嫌になる。 テレビを消してソファーに横になりぼんやりしていると、壁に掛かるカレンダーが目に入り、紘太郎と最後に会った日を辿ってみた。 そして今日の日付けにたどり着きある事に気付く。 今日…… まぁでも、どうせまだ仕事だろうしあいつだってきっと忘れてる。 それに、忙しいのにわざわざ電話をするのも気が引けるし。 紘太郎が芸能界入りした時に、俺はあいつの一番のファンでいてやると決めた。 だから、仕事の妨げになるようなことはしたくないし、困らせることもしたくない。 でも、俺が別れたいって言ったら困らせるのかな。 その前に、困ってくれるのだろうか。 なんだかこれ以上考えてたら最悪なことを考えてしまいそうだったから、気晴らしに外にでも行こうかと財布と鍵だけ持って部屋を後にした。 もうすぐ日付けも変わる頃だろう。 それほど大きくないマンションだけに辺りはすっかり静まり返っていて、こんな深夜だからもちろん誰にも会わずにエレベーターの場所まで辿り着いた。 1階への階数ボタンを押して待っていると、程なくしてエレベーターが到着する。 そしてそのまま静かに扉が開いて乗り込もうとした時、突然それは起きた。 「あーよかった、間に合った!」 あらかじめそれに乗っていた奴にいきなり抱きしめられたかと思ったらそんなことを言われ、軽く頭がパニックになりかけた時、こいつが紘太郎だと気付いた。 「おまっ、何やってんだよ!」 「何ってハルに会いに来たに決まってるだろ」 「だって、さっきテレビの歌番組で……って、え?!なんで衣装のままなんだよ!」 よく見れば紘太郎が着ているトレンチコートの中は、数時間前にテレビの中で身に付けていた衣装のままだった。 「間に合わないと思ったからこのままで来た。まだ日付け変わってないだろ?」 「え……わかんない。スマホ部屋に置いてきちゃったし」 「マジかよ……えっと……」 紘太郎がトレンチコートのポケットからスマホを取り出すと時間を確認したのか、すぐにそのまま閉まってしまった。 「まだ5分前、大丈夫」 「え?」 「誕生日だろ、今日」 「覚えてたんだ」 「当たり前だろ、恋人の誕生日忘れるとか恋人失格だろ?」 「紘太郎忙しいから別に……」 「別にじゃないよ、ほら、ちゃんとこっち向いて?」 ちゃんと覚えててくれて嬉しかった。 それなのに素直にその言葉を口に出来ない可愛くない性格の俺。 「遥斗(はると)お誕生日おめでとう、遅くなってごめんな」 紘太郎はこんなにも一生懸命に俺のことを考えてくれてるのに…… 「ごめん……」 「なんで謝るんだ」 「だって。今日だって忙しいのに俺のために……衣装のままでとか、なんか申し訳なくて」 「ハルは何でそうマイナス思考なんだよ。恋人のこんなキラキラした姿なかなか見られないぜ?誕生日に見れてラッキーくらいに思ってたらいいじゃん」 俺と違っていつだってポジティブで明るい性格の紘太郎。 そんなこいつのペースに乗せられ、場の空気が一気に和む。 「おまえ、自分でキラキラとか言うなよ」 「いいだろ別に。どう?惚れ直した?」 「バーカ」 「せっかくだから誕生日プレゼントにハルの目の前で踊ってやろうか?」 「踊らなくていいから!」 こんなやり取りをエレベーターの中でしていたらいつの間にか1階で、俺たちはそのまま引き返す為に再び階数ボタンを押した。 「ハル……?」 そして穏やかな声で名前を呼ばれ、誕生日プレゼントだと告げたその口で俺の口を塞ぐと息するのもままならないくらいの深いキスを仕掛けてきた。 「……ッ……ん……こうッ」 久しぶりのキスに夢中にならないわけもなく、お互いが求めるようにキスを繰り返す。 「……ハルがいるから俺は頑張れるって、ちゃんと覚えてろよ?」 「……え」 「遥斗が一番大事ってこと。だからもっとわがまま言っていいし、会いたい時は遠慮しないで電話して」 俺の不安を見透かすようにそう言う紘太郎の言葉に胸が熱くなり、年甲斐もなく嬉しさから泣きそうになっていると、もう一つプレゼントだと言って何かを渡された。 「これ……」 「もうさ、ハルが不安にならないように一緒に住もう」 「は?!住むって言ったって事務所には……」 「事務所には全部言って了承済」 「まさか、俺たちのこと……」 「言った。反対するようなら事務所辞めるって言うつもりだったけど、とりあえずは認めてくれた」 「おま……」 「一緒に住んでくれるよな?」 ここでNOと言えるわけない。 「おまえ、ズルい……」 こんなにも俺を夢中にさせて……全く…… 「ハル……?」 “ハル”と俺を優しく呼ぶ声。 その声が身体中に染み渡ると愛しさで震え、 俺は万感の想いを込めて頷きながらその唇にキスをした。 END

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