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見えない愛(目黒皓太の場合)〜アディクション・ルージュ番外編SS〜
高嶺の花だということは重々承知だ。だけど、一度だけでもいいから近くでお世話がしたい。そんな若さ故の勢いで新人使用人とはいえ、神楽坂さんに懇願したのが二日前。
「今、何と?」
「ですから、梨人様のお世話をしたいです。姫宮家に来てからずっと梨人様に憧れてるので、一度でもいいからお近づきに……」
あからさまに嫌な顔をした神楽坂さんは梨人様を専属でお世話している。主と使用人の主従関係は揺るぎなく確立さていて、誰が見ても歴然だ。朝から晩まで梨人様の為に尽くし、文字通り使用人として職務を全うしている。
「聞き間違いでなければ、梨人様に憧れていると……」
「は、はい。主としてしっかりなさってますし、何より凛とた佇まいが素敵です」
つい興奮して思いの丈が溢れてしまった。それでも神楽坂さんの表情は変わらない。
「そうですね、梨人様は素敵な方です」
「ですよね、若いのによく気が利くし……て、神楽坂さん?」
「続けてください」
神楽坂さんの表情はなおも変わらず……というか、まるで怒ってるようで……
「あ、あの……何か俺、変なこと言いました?」
「別に……」
心配になって聞いてみたが結果は同じで、そのまま話が流れてしまうと思いきや、予想外なことを言われた。
「では明後日の朝からお世話をお願いします。一連の流れは今日の昼間、空いた時間に教えます」
「いいんですか?!」
「やれるものならやってみるといい」
「え……」
思いがけない展開にびっくりして聞き流すところだったけど、今、凄いことを言われた気がする。やれるものなら……って、神楽坂さんがそんな言葉遣いをするのが何よりびっくりした。
「では、よろしくお願いします」
そして呆気にとられている俺のことなどお構い無しに、神楽坂さんはそれだけ言うと去って行った。
「マジか……」
何はともあれ一人ガッツポーズをして喜んでいると、偶然にも廊下の奥を梨人様が歩いているのが見えた。今日も美しいと心の中で呟くと、梨人様は何かの気配を感じたのか俺の方を一瞬だけ向いた。すぐに歩き出してしまったから何かあるわけではないが、こんなことは滅多にない。まさに奇跡だ。意気揚々と鼻歌交じりに持ち場に戻り、二日後に思いを馳せ仕事を再開させた。
「もう十分でしょう。梨人様のお世話は頭で考えているよりも大変なんです」
「はい……。申し訳ございませんでした」
「目黒くんは持ち場に戻ってください。梨人様のお世話はわたくしがいたします」
夢のひとときは瞬く間に終わりを告げた。
お世話する当日、朝のモーニングコールは時間ピッタリだったのに梨人様のご機嫌は何故か良くなかった。極めつけが紅茶の温度だ。きちんと確かめたのに、ぬるいと言われてしまった。挽回する暇もなく、バスルームでバスタブにお湯を溜めていると神楽坂さんが現れ、退場を言い渡された。
「あ、あの……」
思わず、バスルームを後にしようとする神楽坂さんを呼び止める。
「まだ何か?」
「もっと頑張りますので、またリベンジさせてください!」
このまま引き下がるわけにはいかない。もっと立派になって梨人様に認めてもらいたくて、神楽坂さんに再び懇願した。すると、今までとは少し違う真剣な面持ちで、予想を遥かに上回る答えが返ってきた。
「日頃、梨人様は虚勢を張っていますが、それはあくまで主として。本来の彼は脆く崩れやすい心をお持ちです。ですが、芯が通った強い心もお持ちです。そのバランスを崩さないように極限まで自分を犠牲にして姫宮家の為、日々頑張っておられます。そんな梨人様のお世話をするということは、心身共に支え、寄り添える存在になり、できるだけ過ごしやすい環境を作ることです。モーニングティーひとつをとっても、梨人様のその日の体調で温度も濃さも変えます。専属はそれができて当たり前です。目黒くんにこの役目ができますか?」
主をお世話するということは、こんなに大変なことなのか。神楽坂さんの言葉にハッとした俺は、気づいたら「できません」と答えていた。
「まぁ、今はわからなくてもそのうちわかるはずです。その時が来たらまた声をかけてください。梨人様を任せます」
絶対的な自信があるのだろう。そんな日は永遠に来ないとわかっているから、あえてそんな風に言ったような気がした。
「が、頑張ります……ありがとうございました」
そんな気などさらさらなくても俺も大人だ。角が立たないように深々と一礼をして脱衣所から外に出た。すると目に飛び込んできたのは、生き生きとした草花たちだった。水撒きされたそれらは陽の光に反射してキラキラとしている。意気消沈だったけど、少しだけ気分が上がったと同時に、ふと閃いた。
俺には観察力が足りない。だからだ。もっと梨人様を観察すれば、いつか心身共に支えられる時が来るかもしれない。可能性はゼロではないと、気持ちを新たに切り替えることにした。
必ず神楽坂さんを超えて、梨人様のお世話係に昇進してみせる!
*おまけ*
「なぁ、最近今まで以上に視線を感じるんだけど。視界の端にチラチラ入るんだよ、目黒が」
「はぁ……さようでございますか」
「別にいいんだけど、万が一さ……見られたら大変だろ。お前、時々見境なくなるからさ」
「まだまだ足りませんか……」
「何が」
「わたくしはいつでも冷静です。見境なくなることはありません」
「だったらさ、止めろよ……ところ構わず抱こうとするの」
「止めませんよ」
「なんでだよ。他の使用人にバレたらどうするんだ」
「……バレるようにしてるんです」
「今、なんて言った?」
「いえ。梨人様は誰にも渡しませんからご安心を」
「誰に取られるんだよ。つーか、最近お前の愛が重すぎる」
「愛してるので当たり前です」
「恥ずかしいことを真顔で言うな」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇよ」
END
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