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「戀い慕う」番外編〜888フォロワーキリ番お礼記念SS〜

 春が来ると特別な思いが蘇る。  恋心を抱き、美術教師の彼を好きになった春。  絶望と別れを味わい、それでも好きだと思った春。  再会して、離れて、僕たちの距離が少しずつ縮まった春。  そして……穏やかに笑う彼を一番近くで見ている今年の春。  時の流れは、スピードをコントロールできないジェットコースターのように、僕たちを急かし続けた。それでも手と手を取り、しっかりと繋いだまま振り落とされないようにもがき続け、彼と出会ってもうすぐ八年になろうとしている。 「いい天気だな、キャンバスに描きたくなるような青空だ」  ペンキが剥げた赤いベンチに腰掛け、ストライプシャツにスラックス姿の純平さんが空を見上げる。つられて視線を上げると、着ているパーカーのフードが後頭部に当たり擽ったくなった。 「青い絵の具で塗ればすぐ出来上がるくらい、雲一つないですね」 「ばーか、そんな単純じゃねぇよ。青だけで描けるわけないだろ。まずは青と白を……」 「あー、もういいです」 「なんだよ、話を遮るな。それに、やっぱりそれちょっと大きかったな……優の顔よりフードがデカい。今度、ぴったりの買いに行こう」  純平さんが貸してくれたグレーのパーカーは確かに少し大きい。でも、そんなことはどうでもよくて……。 「僕はこれがいいんです。純平さんのだから……」 「わかったよ。そんな顔するな、俺がお前に弱いの知ってるだろ」  照れたような顔を覗かせ、さりげなく肩を引き寄せられる。距離は縮まったのに、肝心な純平さんはそっぽを向いたままだ。 「可愛い……」 「可愛くない」  速攻で返され、僕は仕方なく再び空を見上げた。  色々なことがあった春を何年も乗り越え、それでもこの季節を嫌いになれないのは、大好きな人と過ごした思い出があるから。だから、今は春が来ると必ずこうして桜じゃなくてすみれの花を見に来る。 「それにしてもマンションの近くにこんな公園があるなんて、全然気づかなかったな」  僕たちが住むマンションの裏手には小さな公園がある。たまたま帰り道のルートを変えてみたら、偶然見つけたのだ。それはずっと近くに存在していたはずなのに、あたかも突然現れたような感覚だった。 「この公園を見つけた時、僕たちみたいだなって思いました」 「どういうことだよ」 「生徒と教師の関係だった僕たちが毎日顔を合わせていたのに、恋心を抱くタイミングって突然じゃないですか」 「ずっと近くにいたのにな。でも、運命ってそんなもんだろ。出会う時は出会う。偶然に見えて必然なんだと思う」  僕たちが出会ったのは色んな偶然が重なったからだと思っていた。けど、純平さんが言う運命だとすれば、僕たちが恋に落ちるのは必然だった。マンションが隣同士だったことも教え子だったのも、純平さんを見かけたあの日も……。 「だとしたら、僕たちは赤い糸で結ばれているのかな……」 「当たり前だろ。じゃなきゃ、とっくに離れてる」  生徒と教師という禁断から始まった恋は試練が多すぎた。笑い話にするにはまだ傷が深く、当時も苦しくて辛くて別れを考えた時もあった。それでも紡いで来た日々は大切な宝物だ。 「先生に出会えてよかった」 「今、その呼び方は反則だぞ」  少しだけ指先に力が入り、更に引き寄せられる。 「また照れてる」 「違うって」  上擦った言葉に説得力がなさ過ぎて、吹き出しそうになりながら僕は迷うことなく言葉を乗せた。 「好きです、純平さん」  すみれの花が咲き誇る花壇には、他にもたくさんの花が植えられていた。眺めながら返事を待っていると、いきなり視界は暗くなる。春風と共に触れるだけのキスを味わうと、香りはより一層強く甘く感じた。 「俺も、好きだよ」  言ったそばから照れ隠しで咳き込む、愛しい恋人の肩にもたれ、ゆっくりと目を閉じる。 「もっと言ってください」 「何回も言えるかよ。つーか、昔から思ってたけど、お前って時々大胆になるよな」 「そんな僕は嫌いですか?」 「そんなわけあるか」  僕は決して優等生ではない。真面目で大人しいと誰もが言うけど、好きな人には貪欲だと思う。今も、キスより先を望んでいる。でも、僕とは対照的に純平さんは大人だ。ちょっと頼りないところもあるけど、やっぱり考え方はしっかりしている。 「……どんな優も好きだから安心しろ」  だからこそ、僕は時々それを壊したくなってしまう。 「じゃあ、もう一回キスして欲しいです」  視界に映る純平さんの表情はあの頃のような戸惑いはなく、しっかりと僕を見つめる。溢れる思いを隠そうとせず、重なった唇が震えることもない。 「優、好きだ……」  自然と漏れた言葉の先は、あの日お互いに言えなかった想い。 「先生……好きです、大好き」  美術準備室で交わしたのは、たった一回のキスだけ。気持ちを伝えることなく、僕たちは離ればなれになった。けれど、こうして今はそばにいて好きだと言える。そんな日々を大切にしていきたい、ずっと先の未来まで……。 END

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