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1一6 入学してからひと月が経った。 由宇は怜とだけではなく、少しずつ周囲とも打ち解け始めたというのに、GWという長期休みのせいで明けたらまた溝が出来てしまいそうだ。 「ま、怜が居るから別にいいんだけど」 あまり他のクラスメイトと関わらない怜は、由宇にばかり固執しているのが気にかかる。 モテるのに女子ともあまり話そうとしないし、由宇以外には塩対応な怜に気遅れした男子は話し掛けてこないしで、だがそれを怜も何とも思っていない様子だ。 由宇と同じ、怜も何か家庭の事情を抱えていそうだけれど、まだその話は聞けずにいるから由宇もそのままにしていた。 話したくなったら話してくれるだろうと、その事には触れずに大人しくその時がくるのを待っている。 怜なりに、由宇が信用できる男なのかを見極めている最中な気がした。 ふと窓の外を見ると今日はとても快晴で、外の空気を吸いたくて窓を開ける。 すると気持ちの良い風が入り込んできた。 由宇は今、長期休みだからと出された大量の宿題の見直しをしている。 GW最終日、苦手な数学を重点的に。 初日の授業の時から思っていたが、橘は強面のわりに教え方はかなり上手だ。 非常に失礼な言い方だとは分かっているが、由宇にとってはその表現が一番しっくりくる。 無駄な話はしないからか、授業内容がしっかり頭に入る。 どんどん先へと進むので、苦手だからと眠くなる暇も無かった。 国語担当以外の教師の黒板の文字は見れたものでは無いのに対し、橘のはとても綺麗で見やすい。 ノートを取りながら、意外な人だな、と毎回新しい発見がある。 「女子は怖くないのかなー」 授業中でも時折眉間に皺が寄って生徒にガンを飛ばしてくるから、男子は一瞬息を呑むのに対し、女子の反応はかなり好意的だ。 授業が終わるとすぐに教室から出て行こうとする橘の元へ、必ず数人の女子が追い掛けて行って職員室まで付いていく。 『なんだお前ら、暇だな』 『センセーいっつもすぐ行っちゃうから、話せないんだもーん』 『他のクラスでもそうでしょー?』 『ほんと鬱陶しいんだけど。 一服してぇのに』 鬱陶しいと言いながらぞんざいな対応なのだが、無視はしない。 気だるそうなのにきちんと反応が返ってくるから、女子達はそれに甘えてるみたいだ。 でも、一つどうしても直してほしいところがある。 「ノート急いで取んなきゃなんだよなぁ」 橘はチャイムが鳴ると秒で黒板の文字を一掃する。 長い手足をフルに使っているからそれは見事に数秒の事で、まだ最後まで書き終えてなかったのに!と憤慨しながら何度怜にノートを写させてもらったか分からない。 もう少し猶予ちょうだいよ。 由宇もあの女子達のように気安く話し掛けられたら、そんなお願いをしてみるのに。 入学式での高圧的かつ威圧的な橘が第一印象なだけに、その苦手意識はいつまで経っても消えてはくれなかった。 たまに授業中に目が合おうもんなら、一瞬体が揺れてすぐに必死でノートを取っているフリをする。 肉食動物が餌を見付けたような瞳をしている橘は、ただ普通に見ているだけでも由宇を慄かせている自覚を持ってほしい。 由宇に強烈な印象を残しておいて、多分橘は由宇の事を覚えていないだろう。 それならそれで全然構わないし、むしろ覚えてほしくなどない。 毎回、当てられたらどうしようと思うと無意識に縮こまって、前の席の柏木という大柄な男の背中の影に隠れている。 『由宇、何してんの? いつもの半分の大きさになってるけど』 その度に後ろから半笑いの怜に背中をツンツンされるけど、それが功を奏しているのかまだ当てられた事はない。 今後もこの作戦で、何とか三年間乗り切れるといいな。

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