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1一10

1一10 昼休み、由宇は怜が作ったというお弁当を食べて、まったりお腹をさすっていた。 「すごいなぁ、こんな立派な重箱に入ったお弁当、見たことないよ。 これ全部怜が作ったの?」 「そうだよ。 こんなの前の晩に仕込んどけば朝一時間くらいで出来るからな」 「さらにすごー!」 三日前の夜、体育祭当日は俺がお昼持って行くから何も持って来なくていいよ、と怜からメッセージが届いた。 どういう事なんだろう、と思っていたら、こういう事だった。 誰も居ない校舎裏で怜が作ってくれたお弁当を仲良く食べるなんて、緊張のあまり腹痛を起こすほどだった入学式前には想像もしていなかった。 「弁当箱、教室に置いてくるな。 由宇はまだここに居るだろ?」 「うん。 もう少しゆっくりしとく。 ありがとう、美味しかった!」 「良かった。 じゃ、待ってて。 すぐ戻る」 由宇より遥かに大人な雰囲気の怜は、とにかく優しくて人懐っこい。 こんな風に周りにも人懐っこさを発揮すれば、きっと怜は人気者になれるのに。 多忙な両親はこういう行事にはほとんど来てくれた事がないので、あんなに立派な三段の重箱弁当は初めて見た。 しかも手作りだ。 そうやって由宇に優しさを見せてくれるから余計に、怜がクラスに馴染もうとしないのが勿体無いと思う。 怜が人と関わりを持ちたくなさそうな理由を早く知りたかった。 けれど無理に聞きだそうとしたら、怜は嫌がるかもしれない。 物凄くデリケートな理由だったらいけないからと、由宇はウズウズしてもジッと我慢して待っている。 小柄で可愛らしい顔立ちの由宇はすでにクラスメイト達からマスコット的な扱いを受けていて、席まで話し掛けに来てくれる者までいるから、由宇は後ろの席である怜も無理やり巻き込んで会話を楽しんだ。 少しでも怜がクラスで浮かないようにしたい。 由宇以外の人物にはつれないせいで、怜が嫌な奴だと思われたら由宇も悲しいからだ。 「おい、ぷんぷん丸」 「……っ!?」 草っぱらに足を投げ出してぴょこぴょこ動かしてまったりしていると、背後で天敵である例の低い声がした。 この声は絶対にあの人なので、振り返りたくない。 体を強張らせて微動だにしないでいると、こちらへ歩んでくる気配がした。 (やだやだやだやだ、来るな、こっちに来るなっ) 由宇はぴしりと体を硬直させたまま動かずに居たが、天敵は静かに前へと回り込み、そのまましゃがんで視線を合わせてくる。 「聞こえてんだろ、ぷんぷん丸。 まだぷんぷんしてんの?」 「……………………」 「あーあ。 シカトなんてされた事ねーから初体験だわ〜。 …ったく、いつまでもぷんぷんしやがって」 このぷんぷん丸、とやたらと変なあだ名を連呼され、もう我慢できなかった。 「何なんですか、さっきから! ぷんぷん丸って!」 「ぷんぷんしてるから」 「してないです! もうあっち行って下さいっ。 ここ喫煙所じゃないですよ!」 「いいじゃん、別に。 どこで吸おうがお前にゃ関係ねー」 やっぱぷんぷん丸じゃん、と鼻で笑われながら少しだけ煙を吹き掛けられ、由宇は顔を背けてむせた。 「ぷんぷんしてんのは構わねーけど、先週出せっつったプリントお前だけ出てねーのよ。 これどゆ事?」 「え、先週のプリントなら出しましたけど」 「出てねーから言ってんだろ。 なくしたんならめんどくせーけどもう一枚やるから明日までに出せ」 「えぇぇっ」 「うるせーな、大声出すなよ」 先週提出指示があったプリントなら本当に出したはずだった。 橘にイラついてはいても、進学校ともあって内申に響くような事はしない。 もう一度それをしなければならない事も、橘にプリントを貰いに行く事も、すごく億劫だ。 近付いてくる橘から距離をとって、出したはずなのに…と由宇はむくれた。 「あ! 橘センセー、こんなところにいたぁ」 「いつもの場所にいないから探したよ〜」 「…………チッ」 校舎の陰から女子生徒数人が橘目掛けて走り寄ってきたので、由宇はチャンスとばかりに立ち上がった。 橘はと言うと小さく舌打ちして、いつも通り気だるそうに煙草を携帯灰皿へと捨てて握り込んでいる。 「逃げてきたのにもうバレたか。 あ、おい、体育祭終わったら職員室来いよ、分かったな? ぷんぷん丸」 「ぷんぷん丸って言うな!」 由宇はそのあだ名がさっぱり気に入らず、しゃがんだ橘に捨て台詞を吐いて早歩きでその場を後にした。 背後で橘を囲んだ女子達の甘えた声が聞こえて、ケッと思った。

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