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2一1
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由宇は足取り重く職員室の前にやって来ると、そのまま棒立ちになっていた。
職員室前で突っ立っている由宇へ、入らないのか?と幾人もの教師から言われたが、ははは…と愛想笑いして交わし、かれこれ数分はそこに居る。
(怜についてきてもらえば良かった……)
先週提出のプリントが出てないらしいと、あの後落ち合った怜に言ってみたが、「俺が由宇のも一緒に出したはずだけど?」と不思議そうに首を傾げていた。
そう、出したはずなのだ。
だからこんなに嫌な思いをしなくてもいいはずなのに、まったくもって訳が分からない。
だがあまり待たせるとまたぷんぷん丸かと変なあだ名でバカにされかねないので、由宇は意を決して職員室へ入り、不機嫌そうにパソコンに向かうジャージ姿の橘の元へ歩を進めた。
「遅せーよ」
パソコンの画面から顔をこちらに向けないまま、橘は教師とは思えない口調でそう呟く。
そんなつっけんどんな態度にイラッとした由宇は、それでも橘が教師だという事に変わりはないのでとりあえず文句は飲み込んでおいた。
「お前のあったよ。 何つったっけ、……ああ、林田真琴ってのが届けてくれた。 これ」
「あ……」
そう言うと、橘はくしゃくしゃになった由宇のプリントを見せてくれた。
………何でこんな状態なんだろうか。
紛れもなく由宇の字で、名前も間違いなく自らが書いた「白井由宇」とある。
「ちょっと付いてこい」
「……えぇ…」
「いいから」
ノートパソコンを閉じた橘が席を立つとさっさと歩き始めた長身を追って、由宇も仕方なく付いて行く。
先生だから逆らってはダメだ、それこそついさっき、態度には出さないと決めたばかりなのだから。
由宇は、確かに提出したはずのプリントがくしゃくしゃで発見された事も気になるし、大嫌いな橘とたくさん会話をしなければならない事も不快だし、気持ちが忙しい。
橘は二階にある職員室の真上にあたる生徒指導室の鍵を開けて中へと入ったので、由宇もそれに続いた。
椅子ではなく机に腰掛けた橘は、そのすぐそばにある椅子へ由宇を促す。
「座れ。 単刀直入に聞くけど、お前イジメられてんの?」
「えぇっ!? イジメ!?」
黙って着席した由宇は、何で急にそんな事を聞くんだと目を白黒させる。
そして驚きながらあのくしゃくしゃのプリントを思い出し、「あー…」と顔を曇らせた。
クラスメイトとはとても仲良くなれ始めていると思っていたが、由宇が気付かないところで、もしもがあるのかもしれない。
「お前は提出したって言ってたし、林田はあんなん拾ってくるから妙だと思って他の教科の奴らに聞いてみたんだよ」
「奴らって……」
「そこはまぁ気にすんな。 そしたら、現国と世界史のプリントも出てないらしい。 お前のだけ」
「えぇぇ!? なっ……マジですか、それっ?」
「マジ。 だからイジメられてんのかって聞いた」
「………もし、もしそうだとしても……自覚ゼロです」
数学のプリントだけがあんな状態なら、たまたまひらりと落ちてしまって誰かが気付かず踏んづけて、拾ってくしゃくしゃにしてポイッというのも万一あるのかもしれないが、あと二教科も同じ事が起こっているのなら、恐らくそうなのだ。
(お、俺……いじめられてんの…?)
気付かない方が幸せだった。
どこの誰が由宇を嘲笑っているのか知らないけれど、不愉快であり、とても信じられない思いである。
自覚と実害がないだけにまだ傷付くところまではいかないが、ショックは隠し切れない。
まさかそれを大嫌いな橘から聞くというのも複雑であった。
「自覚ゼロか。 …んーっと、知ってしまったからには俺何とかしなきゃなんねーんだけど、お前俺の事嫌いだろ? 他の奴に頼もーか?」
「き、きき嫌いじゃないですよ〜?」
ただでさえ自分がいじめられているかもしれないと動揺している所に、橘本人から「俺の事嫌いだろ?」などと言われては声が裏返るのも無理はない。
その分かりやすい否定に、橘は由宇の前で初めて笑顔を見せた。
いつも睨んでいるかのような鋭い目つきが一気に穏やかになり、笑顔と呼べるそれはきちんと上がった口角を携えている。
(………笑った………!!)
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