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3一3
3一3
件の市川瑠依子は、どういう訳か学校を辞めてしまったと噂で聞いた。
入学したばかりで転校するだなんて変だと思った由宇は、勝手な推測を立てていた。
橘が追求した事が親にバレてしまい、さらに父親の立場が危うくなると感じた親からの強い勧めで転校に至ったのではないか。
そうなると、そんなに大層な事はされていないのに申し訳無かったなと人の良い由宇は罪悪感を覚えている。
これはあくまでも由宇の推測なので想像の域を超えないが、橘とまともに話をしていない今、確かめる術が無かった。
怜に気を使って橘からの視線をも避けているので、由宇は街でバッタリ出会した日から彼とは一切会話をしていない。
由宇こそ橘の事が大嫌いで苦手だったはずなのに、怜がこれみよがしに橘を毛嫌いするせいで、由宇の中の大きな疑問は未だ解決の糸口すら掴めないでいた。
それなのに、期末考査が終わり、もうすぐ夏休みに入ろうとしている。
進学校なので夏休みと言えども課外授業があるからあまり休んでいられないのだろうけれど、それはまぁいい。
それよりも、橘と顔を合わせる機会が増えるのは微妙だった。
どうして見て見ぬフリをするのだろう。
そもそも婚約者が不倫している事を知っているのだろうか?
由宇は相変わらず、こっそり橘の擁護派だった。
あの件を解決してくれた事、慰めてくれた事、裏から手を回してサボりを黙認してくれた事、めんどくさいと言いながらもきちんとやる事はやってくれた橘が、絶対に見過ごすはずがないと思っている。
だが怜にそんな事を言えば火に油なので、由宇はただ黙って怜に寄り添っていた。
由宇自身も、両親の仲違いが一層激しくなっていて怜という逃げ場が欲しかったのだ。
「今日はどうする? 来る?」
「あ…うん、行こうかな。 いい?」
ここのところ、週末は必ず怜の家に泊まっている。
どちらも夜勤明けで疲れているからなのか、両親は顔を合わせれば喧嘩をしていて、由宇もいよいよ家に帰りたくないとさえ思い始めていた。
夏休みはずっと怜のところに居たい、そう言いたくなるほど、家が落ち着かない場所となっている。
怜は、遠慮がちな由宇に笑い掛けた。
「ダメって言うわけないじゃん。 由宇の着替え、全部洗濯しといたからそのまま来てもいいよ」
「え! なんかごめんっ」
「今さらでしょ。 由宇の着替え、もう二セットはあるよ」
「ありがと。 でもテキストが家にあるから、一回家に取りに帰るよ。 それから行く。 あ! 迎えに来なくていいからな、もう道覚えたし」
「………分かった、じゃあご飯用意しとくよ」
「やった!」
料理上手で器用な怜のご飯は美味しい。
母親は仕事で疲れているからと出来合いのものをチンして由宇に出す事が多いので、温かい手作りのご飯は癒やしの一つだ。
怜とは学校前で別れ、由宇は一度自宅に戻った。
着替えを済ませ、勉強道具一式をリュックに詰めて背負う。
「重っ…。 いや、でも家の空気の方が重苦しいか」
自虐的な独り言を呟いて苦笑すると、由宇は自宅を出た。
今日もきっと両親は由宇が居ない事には気が付かないだろうが、その方がかえって楽だと思うようになっている。
怜が作ってくれたご飯の後に食べるデザートに、有名なアイスクリーム屋さんで四種のアソートパックを買った。
今の由宇にはこれくらいしか出来ないけれど、意外にも甘いものが好きな怜は喜んでくれるはずだ。
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