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7一10
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引き返す道すがら、由宇は重たい口を開いた。
バカにされても、軽口を叩かれても、まだ未熟な自分には重たすぎる悩みだから、きちんとした答えがほしい。
「…………ふーすけ先生」
「あ?」
「怜に何て言えばいいんだろ…? 俺、誤解させるような事言ったのかなぁ?」
「何、まだそれで悩んでんの? 付き合えねーって言えば済むだろ」
「そうハッキリ言っちゃうと怜が傷付くって……!」
「んなもん勘違いする方も悪りぃだろーが。 お前とひょろ長の好きの種類が違うってキッパリ言わねーと」
「そんな……!」
その「キッパリ」で由宇自身と怜が傷付きそうで怖いからこれほど悩んでいるのに、解決策はその一つだけなんてあんまりだ。
悩んだ分だけドツボにはまると思ったものの、策がありきたり過ぎてすぐには呑み込む事が出来ない。
ペンションが目前となった所で、橘は繋いでいた手を離して肩を抱いてきた。
「あのな、お子様には分かんねーかもしんねーけど、男ってのは単純な生き物なんだよ。 このまま付き合い続けてくつもりなら俺はもう何も言わねーけど?」
「単純な生き物…………」
「そ。 好きって言われりゃのぼせ上がる。 ルンルンなひょろ長の目を覚まさせるのはお前の一言だけ。 こうなった以上は二人して勘違いを詫び合うしかねーだろ。 お前がすぐに訂正しなかった事も、ひょろ長が浮かれて勘違いしちまった事も、お互いのせいだ」
「………それしか、ない? ほんとに…?」
「ないな。 その後お前らがまたダチに戻るかどうかも、お前の言葉次第じゃねーの? 傷付くの怖がってたら前には進めない。 ついでに解決もしない」
「……………………」
長身の強面男が屈んで小柄な由宇の肩を組む姿は、傍から見るとカツアゲされているように見えていそうだ。
だがここは周囲が木々に囲まれた異世界のような場所で、橘と由宇しかこの世界に居ないのではないかというほど静まり返っている。
本当にその策しか道はないのだろうかと、先ほど由宇の頭の中で見えた一本線を手繰り寄せた。
その線は真っ直ぐ橘の残像に伸びていて、彼の言う事が正しいとどこかでずっと分かっていた答えにたどり着く。
分かってはいても、勇気が出ない。
由宇の中での悩みはその一つだけだったのだ。
傷付くのが怖い。
不意に現れてくれた大切にしたい友情を壊してしまうのが、とてつもなく怖い。
難しい顔をした由宇を、橘が覗き込む。
「なんつーか、お前の言葉とか表情って魔力みたいなのあるから、まぁそう心配しなくていんじゃね?」
「…………何それ…」
「何だろうな。 分かんねー。 あ、チワワっぽいからじゃねー?」
「何だよチワワって!! 俺フレンチブルじゃなかったっけ!」
魔力って何だと脱力しかけた所に橘の愉快な仲間である拓也と同じ事を言われ、話が大きく逸れてしまうのも厭わず目前の橘に噛み付いた。
相談なのか命令なのか分からないアドバイスをくれて、無理矢理にでも自身を納得させようと頑張っていたのにこれだ。
今日も絶好調に由宇を苛立たせてくれる。
「いや、お前はチワワ。 あーでもポメラニアンも捨てがたい」
「どっちも好きだからいいけど!!」
「さーて、メシメシ〜」
「聞けよ!! ちょっ…ふーすけ先生!!」
由宇を散々小型犬に見立てて満足したらしい橘は、スタスタとペンションの方へと歩き出してしまった。
(マジでふーすけ先生のマイペースにはついていけないんだけど…!)
仕方なく由宇も一歩を踏み出した時、ふと橘が振り返ってニヤリと笑った。
「行くぞ、ポメ」
「……ポ、ポメ!? っキィィィッッ!!」
「鳴いてる鳴いてる」
フッと少しだけ笑っている橘の貴重な笑顔を見る事なく、由宇はその場で地団駄を踏んで「鳴いた」。
いつもいつも、橘と言い合うと重たい心が軽くはなるのだが、こうして新たな怒りを抱えなければならないので感情が追い付かない。
(なんだよ、ポメって…!!)
出会ってからというもの、橘からは何個もあだ名を付けられていてムカつくったらない。
ザッ、ザッ、と砂利を勇んで歩いてペンションの入り口へと到着すると、橘が待っていてくれた。
優しいじゃん、と思わないようにしながら、由宇は橘を素通りして先程の部屋へと戻って行く。
「あーあ。 ぷんぷん丸登場かよ。 って事はぷんポメか」
「だから何だよ、ぷんポメって!!」
「お前の愛称。 どっちがいい? ぷんぷん丸とポメ。 新規でぷんポメもリストに入ったけど」
「全部イヤ!!!!」
洗面所で手を洗っていると、橘による由宇のあだ名大会が未だ継続中であった。
怒っている態度を見せたはずが、それがさらなる橘の軽口を生んでいて、まるで同級生と言い合いをしているかのような気分だ。
キッと睨むと、真顔の橘がジリジリと近付いてきていて、洗面所に手を付いて由宇を後ろから包囲した。
身動きが取れず、……心が落ち着かない。
鏡越しで視線が合って見つめ返すと、橘は視線を外さないまま耳元でそっと囁く。
「じゃあ………由宇」
「なっ…!?!?」
「由宇って呼ぶとその顔すんじゃん。 それは魔力入るからやめろよ」
「だ、だ、だって…!!」
「だって、何?」
恐ろしいほどのいやらしい雰囲気に耐え切れず、由宇は包囲された腕の下から抜け出てテーブルの上に広がった料理を指差した。
「…っ! わ、わぁ〜見て見て! 美味しそう!」
「フッ……お子様だな」
「何!? お子様ランチって言った!?」
「言ってねーよ。 お子様ランチがいいなら頼んでやるけど? お前似合いそー。 国旗柄の旗付いた爪楊枝いるか?」
「い、要らない!!」
「フッ…美味そ〜〜」
腰掛けて「いただきます」を言っても、落ち着かない心臓はドキドキしたままだった。
マイペースな橘はすでにいつもと変わりない悪魔顔の教師に戻っていて、自分だけがこんなにも心を乱されているんだと分かると体中に動揺が走った。
今のはある意味、キスより質が悪い。
(なんだよっ! 今のエッチな雰囲気は何だったんだよ…!!)
橘の視線が、ついに由宇の心をかき乱してしまった。
悪魔でもなく、魔王でもなく、……あれは一体何だったのだろうか。
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