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8一4 ●ふーすけ先生の取調●

8一4 ●ふーすけ先生の取調● 三十分ほど走らせた車を、唐突に方向を変えてコンビニの駐車場へと滑り込ませた。 コンビニを正面に頭から停車させた橘が、由宇を振り返って黒いカードと千円札を渡す。 「悪りぃんだけど、飲み物買ってきてくんない? 俺と園田とポメの」 「それはいいけどポメって言うな!! …ん? これどっち使えばいいの?」 渡したのはクレジットカードと千円札なので、支払いはどちらですればいいのかと由宇が首を傾げて見てきて、チワワっぽいと内心で笑う。 「カードで。 でも本人しか使えないって言われるかもしんねーだろ。 お前見るからに未成年だし。 そん時は札で払って」 「最初っからお金で払った方が早くない!?」 「いいからちゃっちゃと行け。 あ、あとガムもな」 「もっと頼み方あるだろ! …っもう!」 膨れて由宇が降車すると怜も付いて行こうとしたが、橘は「アイツのおつかいだから」と止めた。 ぷんぷんしたままの由宇はコンビニの中へと入って行き、飲み物のコーナーで何にしようかと悩んでいる姿を確認すると、橘は腕を組んでルームミラー越しに怜を見た。 そして唐突に切り出す。 「付き合い解消、何て言ったんだよ。 あんなケロッとしてるっつー事は、最初から無かった事になってねぇ?」 マンションの下で待つ間、橘は少しばかり心配していた。 由宇がどんな状態で降りてくるかまったく分からなかったので、これでもヤキモキしたのだ。 怜が本気だろう事は知っていたし、ならば由宇の言葉を怜がどう受け止めてどんな台詞を返すのか、純朴な年頃の恋愛観などさっぱりなので想像しにくかった。 エントランスから出て来た由宇の表情は、そんな心配は無用だったと思わせるには充分で、怜と共に車に乗ってからも来る前より元気そうに見えた。 真っ青な顔で「どうしよう」と呟いていたのと同一人物とは思えなかったが、これは怜が相当に気を使って由宇の気持ちを軽くしてやったのだろうと推測出来る。 一瞬だけ驚いた表情を見せた怜が、ルームミラーに映る橘と視線を合わせてきた。 気にした事は無かったが、なるほど。 怜は三年後、男としての体が出来上がればさらに女が放っておかない男前になりそうである。 「…………それも知ってるんですか。 そうですよ、由宇の勘違いだって言いました。 ……俺も友達としての意味だった…って」 「ふーん? お前は本気だったろーにな」 「何で橘先生にそんな事が分かるんですか? …違いますよ、本当に勘違いで…」 「授業中ずーっとあいつの事気にしてんじゃん」 「それは…!」 橘は、由宇と怜が付き合う事になったと聞く前から二人の仲を怪しんでいた。 教壇から丸見えの二人は、授業中であろうとたまに視線を合わせて微笑み合うのである。 席が前後の時はもちろん、席替えをして離れてからもそれは続いていた。 意図的にどちらかが一方を見るのではなく、二人ともなのだ。 今回の事で由宇に気持ちは無いと分かったが、怜の方はかなり本気だったに違いない。 「あいつ鈍いからゼロから言ってやんねーと分かんねーだろうな。 急に大チャンス降ってきたからそれに便乗して少しずつ落とす気だったんだろ」 「……………お見通しですか」 「人の恋路に首突っ込むつもりは無かったんだけどな。 あいつはあいつで親が最悪だから今は色恋で悩ませたくねーんだよ」 「………………………」 「あいつが傷付かねーように言葉選んだんだろ。 じゃないとあんな元気でいらんねーよ。 お前は弱虫じゃねー。 安心しろ、あいつを想ってた気持ちは多分錯覚だから」 早くケリを付けろとそそのかしたのは、由宇のためでもあるし、橘自身のためでもあったのだが、当の本人はまだその事には気付いていない。 もしあのまま付き合いが続いて、気の無かった由宇が怜にほだされてしまったらと思うと何となく嫌だった。 由宇の親の事を解決してやりたいと思っているのも本当で、いくつも悩みを抱えたままだと、不器用な由宇は恐らく勉強も手に付かない。 それらが落ち着かないうちは何をしても身にならないと思い、まずは一つ一つ片付けていこうと橘は思い至った。 そのため夕べは、特にしつこく由宇を説得した。 なぜなら、怜との関係を切る事に重きを置いた理由があったからでーーーそれは前述の通りだ。 「それこそ余計なお世話です。 こうなった以上はもう俺は身を引くだけ」 自分を弱虫だと嘆いていた怜であったが、まったくそうは思わない。 うるうるチワワ顔で必死に同調していた由宇の言葉そのまま、自分が同じ立場だったらやはり足が向かないかもしれない。 ましてやまだ怜は高校一年生。 いくら見た目が大人びていても、つい最近まで義務教育を受けていたお子様なのだ。 由宇を傷付けないように自分の気持ちを殺した事もまた、「弱虫」などでは到底無いと言い切れる。 どんな会話が繰り広げられたのかは知らないが、由宇の反応で脈ナシを感じ取った怜は身を引くとまで言っていて、真っ直ぐ過ぎる純粋な心から僅かに感銘を受けた。 「潔いねー。 ま、お前はまずは母親と面会してから立ち直らせてやる事に専念しろよ。 全部終わってまだあいつを好きだったら、今度こそゼロから押せ」 「もう押さないです。 由宇の傍に居られる方法は友達の位置しか無さそうですから。 ……一つだけ由宇のお初貰ったからそれだけで充分」 「は? お初貰った?」

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