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10一6
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土曜日からやりたい放題されている気がする。
代理担任なんて一番面倒臭がりそうな事を引き受けるなんて、どういう風の吹き回しだろうと訝しんでいると、ちょくちょく視線を送られてその度に睨まれた。
いやらしい事をしたからと言って、途端に恋人面するなど由宇には考えもつかなくて、ただひたすら見詰めてくる橘の濡れた視線の熱さに耐えた。
数学の事しか答えてくれない橘は、昨日はここへ来ると同時にキスを仕掛けてきて、舐めていたイチゴ味ののど飴をうっかり飲み込んでしまった。
驚きはしたが、由宇もほんの少しだけ期待していたからかすんなり受け入れてしまい、積極的に橘の背中に手を回した。
そう、少しだけ、ダメだと言われた期待をした。
何故か強く勧められて昨日は怜の自宅に泊まり、ソワソワした気持ちを必死で押し殺して登校したのに。
現在、拍子抜けしている。
今日はまだ手を出してこないのだ。
もっと言えば、一日中目も合わないし、橘は心なしか元気がないように見える。
朝一番で教室へやって来た橘は酒の匂いをプンプンさせていて、生徒の前でも平気で「頭が痛い」だの「気持ち悪りぃ」だの呟いていた。
「……先生、まだ二日酔い続いてる?」
目の前の気だるそうな橘にそう問い掛けると、足を投げ出して手遊びをしていて、まったく由宇の方を見ない。
「あ? なんで」
「なんか…いつもの先生じゃない」
「二日酔いは二日酔い。 気分悪くてメシ食えてねーからじゃね」
「ふーん……」
言いながら禁煙パイポを噛む橘は、やはり由宇と目を合わせようとしなかった。
昨日までは肉食獣が付け狙うかのように見てきていたので、今日の違和感は嫌でもすぐに気付く。
SHRも、授業中も、いつも感じていた視線がまったく届いてこなくて、由宇の方から橘をジロジロ見てしまったくらいだ。
(変なの……)
橘が説明をしてくれない限り、由宇には何も望めない。
もしかして少しは「好き」でいてくれているのかも…と思っても、説明はしないくせに由宇を突き離す台詞は言う。
結局何も分からないまま、いやらしい事をされて放ったらかし状態だ。
歌音の婚約者である以上、いくら橘が由宇を性欲処理に利用しようとしても、由宇は拒否してやるんだと意気込んだ矢先にこの態度である。
「あ。 お前今日から俺ん家な」
「…………え?」
「少なくとも再来週まで」
「……えぇぇ??」
「六時まで勉強したらメシ食って帰るぞ」
「何っ? なんで!?」
「ここまだ解いてねーじゃん。 あと三分でやれ」
面食らっていると、ノートを指先で叩かれて慌てて問題に取り掛かった。
(なんで、なんでまた先生の家に…!? こんなあからさまに昨日と違う態度取っといて、帰ったらガオーッて襲ってくるとか!?)
問題に手こずっていたわけではないのに、制限時間三分を超えたらしく「終了」とノートを奪われた。
もしかして本当にペンションの雰囲気にあてられて襲われただけかと案じていたから、橘の家に行けると知って内心喜んでしまった。
(えっ、いや、別に先生の態度が不安だったとかそんなんじゃないけど!!)
採点する橘をチラチラ窺いながら、由宇は自分で自分に突っ込みを入れた。
やたらと構ってくるし、突っぱねてはくるが、本当のところは由宇を気にかけてくれているのかもしれない。
天邪鬼なのは最初から分かっていた事だ。
今日はキスしないの?なんて、ポロッと本音が飛び出そうになったけれど言わなくて良かった。
橘の家に着いたら、嫌だと言ってもどうせ触りまくってくる。
キスされて、裸に剥かれて、ノーパン主義の橘に互いのものを擦り合わされて……。
「おい、アホポメ。 ここ間違ってるぞ」
いやらしい妄想をしていたら、橘に声を掛けられてハッとした。
まだ夕方のうちからこんなに悶々とするなんて、何も知らない初だった由宇に橘が色々とちょっかいをかけてきたせいだ。
「だ、誰がアホだよ!!」
「ポメアホ。 ここはこっちの公式使え」
「………うん、分かった」
あだ名は相変わらず気に入らないけれど、やはり橘は教え方がうまい。
約二年世話になった家庭教師よりも遥かに分かりやすく、橘の解説には引き込まれるものがある。
授業もすんなり入ってくるようになっていて、黒板の文字を消すのが早過ぎると文句タラタラだった当初の不満は今はもう無い。
先週半ばからこうして個人授業を行ってくれているが、橘は由宇の弱点を克服させようと苦手なものばかり解かせようとしてくる。
それでも、由宇のために放課後の時間を割いてくれているのだからと真剣に取り組んでいた。
昨日のようにキスなんてしてこなければ、尚いい。
「終わったな。 じゃメシ行くか。 何食いてー?」
「何でもいいけど…。 それより、なんで再来週まで先生の家なの?」
「それは帰ってから話す」
「はいはい。 絶対説明してよね」
「はい、は一回」
「細かいなぁ!」
「タバコ吸いてぇから先出るぞ。 鍵掛けて職員室の室井に鍵渡しとけ」
「室井先生に渡せばいいんだ? って、人遣い荒くない!? …ちょっ、ふーすけ先生!」
ここへ来てから、……いや、学校にいる間中とうとう一度も由宇を見てくれないまま、橘はゆったりと生徒指導室を出て行った。
手渡しもしてくれなかったこの教室の鍵を机の上に置き、戸惑う由宇のほのかに寂しい気持ちをも置いてーーー。
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