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11一6 何やら書類を裸状態でごっそり持った橘を、パタパタと追い掛ける。 またインターホンを連打されてはかなわないので、急いで橘の前に回り込んで鍵を開けた。 触れ合った唇の感触など忘れさせるかのように、橘は淡々と由宇の自宅へと入り、靴を脱ぎ、スリッパを履いている。 これから何が行われるのか分からない由宇は、動揺する心中を押し殺してリビングへと向かうと、すでに重々しい空気の中で父親と母親がソファに並んで座っていた。 両親揃った姿を何ヶ月ぶりかに見た由宇は、我が親にも関わらず驚愕の眼差しで二人を見てしまう。 橘が現れると、母親が億劫そうに「お茶でも…」と席を立とうとしたのだが、それを制した橘の声はいつになく堅い。 「いらねっす。 話、しましょうや」 「私は忙しいんだよ。 お前のような若造が、わざわざ院長使ってまで私をここに留めておくとは一体何事かね」 父親と対面したソファに落ち着いた橘へ、早速偉そうな物言いが飛んだ。 昔はこんな話し方をするような父親ではなかった。 決して優しかったわけではないが、由宇にも、そして母親にもそれ相応だったはずだ。 いつからこんな風に変わってしまったのか、由宇には検討も付かない。 生気のない両親をまじまじと見ながら、橘の隣に落ち着く。 目の前の二人をしっかりとこの目で見たのは本当に久しぶりの事で、どういうわけか目頭が熱くなった。 「まぁ落ち着いて。 これを見てくださいよ」 横柄な父親にも臆さない橘が、書類を数枚テーブルに置いた。 眉を顰めてその書類を手に取った父親の表情が、文章を読んでいくに従ってだんだんと焦りと動揺を匂わせていく。 「こ、これは…!!」 「それはほんの一部っす。 看護師と患者、同僚医師からも調書取ってあるんで、……ほら、こんなにたくさんあるんすよ。 みんなが同じ証言してるんで、それだけで事態はお分かりかと」 手元の分厚い書類の束を父親に見せると、橘が足を組んで前のめりになった。 「ある時期からなんすよね。 すげーパワハラ。 こっから家庭状況も悪くなったと思うんすけど。 百合子さん、六年前の事、覚えてます?」 「六年前………」 「教師だか何だか知らんが、こんな事をしていいと思っているのか! コソコソ調べ回って、どういうつもりなんだ!」 「どういうつもりって、生徒が困ってたら助けるのが教師だろ。 今は担任でもあるからな」 「そんなもの知った事か! 由宇、お前がこんなふざけた真似するよう頼んだのか!」 「おいおい、我が子にそれはないんじゃね? 俺はな、あんたが座ってる外科部長の椅子から簡単に引き摺り下ろしてやれんだぞ。 それが嫌なら座れ…っす」 大嫌いな父親の怒号が耳をつんざいて、由宇は思わず身を縮ませる。 橘から問われた母親は、明らかに知っている顔でとぼけているが由宇にさえもその白々しさは目に付いた。 由宇は、橘が言っていた「暴露会」の意味をようやく理解し始めている。 頭がいいとこういう時に役立つものだなと冷静に受け止めながらも、早急に解決すると言っていた橘の行動力の早さに感心していた。 両親の動揺する姿を目前に、二人が不仲に至った経緯を橘が語り出す。 「百合子さん、六年前の一件から、この人は変わっちまったんだよ。 職場で起こした不祥事とあなたの現在の待遇を考えると、なんでそこまでしてその病院に居続けるんだ?って俺は思っちまったんだけど」 「それは………」 「百合子さんの心が離れていってから、この人はこんな風になっちまった。 あんたが固執するその職場から離れさせようと躍起になってたんだよ。 外科部長の次は副院長、死ぬ前くらいには院長になれんだろうし。 もっと行けば理事長、欲を言えば医師会理事ってとこか。 ……百合子さん、あんたのためにこの男は人間の心を捨てて権力に走ってる。 権力さえ持てばあんたの心を繋ぎ止められると思ってる。 ……ここまで言えば分かるか?」 「……………………」 「それなのに妻は何も分かってくれない、自分が大きな存在になればなるほど人は離れていく、優しくなれない、優しく出来ない、………男ってのは単純な生き物なんだよ、百合子さん。 あなたが思ってる以上に」 「…も、もういいだろう! 私は忙しいんだ! 由宇! さっさと部屋へ行って勉強しなさい!」 真っ赤な顔をして憤った父親が、立ち上がって由宇を叱りとばしてきた。 その迫力と声に、思わず瞳を瞑ってしまう。 この怒声と、立ち上がった時の父親の風格はもはや由宇のトラウマとなっていた。 もう何年も家ではまともに会わずにいたせいか、父親の大声が由宇の脳を揺らして怯えさせる。 また新たな恐怖の種が植え付けられた、そう感じてしまうほど、父親という存在は「恐れ」しか生まない。 両耳を塞いで怯える由宇の背中を、橘が優しく撫でてくれた。 「まぁまぁ。 そうやってすぐカッとなるから百合子さんも売り言葉に買い言葉で言い合いなんだろーが。 俺はな、あんたらの不祥事と揉め事に一切興味はねーんだよ」 「ならばなぜこんなお節介をするのだ!」 「……………あぁ?」 努めて優しく語っていた橘の声色が、突如として変わる。 橘が思いっきり眉を顰めて父親を睨み付けると、室内の空気が一変した。

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