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11一10
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立ち上がった真琴には睨まれるし、ほっぺたを持ったまま離してくれない怜からも睨まれるし、一体どうしたらいいのと泣きべそをかいてしまいそうだ。
「どうして林田くんにダメって言われないといけないんだ?」
「だって、だってっ、だって…!!!」
言い淀む真琴を見ると、さすがに鈍い由宇でも「なるほど」と苦笑いした。
大好きな怜の家に、いくら友達だからとはいえ自らの前でそんな話はしてほしくないし、実際由宇が泊まりに行くというのもいい気はしないと思う。
真琴はなぜか「橘と由宇はラブラブ」と思い込んでいるのに、怜を前にして由宇にちゃっかり嫉妬している。
「由宇、行くよ。 夕飯の買い物して帰ろう。 親父帰ってきてるし」
「あっ!? お父さん帰ってきてんの!?」
「そう。 橘先生との約束?だったらしいよ」
ーーーそうだった。
怜の父親と歌音を見張るのは一ヶ月が限度だと言っていて、その後は自宅に帰らせると橘は言っていたっけ。
「そっか…じゃあ泊まるの迷惑なんじゃない?」
「そんな事ない。 親父と二人だと息が詰まりそうだし、由宇はいつでも泊まりに来てほしい。 最近あんまり泊まりに来ないから、由宇の着替えが泣いてるよ?」
「ちょっとちょっとちょっと!! おれの存在を無視しないで、怜様!! 由宇がお泊まりするなら、おれもぜひ泊まりたいです!」
「え……………」
必死な形相の真琴に、怜があからさまに困惑した顔を向けた。
なぜ知り合って数分の人間を泊まらせなければならないのか、とその表情が物語っている。
元々社交的ではない怜だから、由宇の予想は大方当たりだろう。
そして、まさかこの真琴が怜に恋しているなど、きっと微塵も想像だにしていない。
「……由宇の話したい事って、林田くんは知ってるんだよね?」
「うん、そうなる、…かな」
「じゃあいいよ。 由宇が言葉に詰まったら林田くんを問い詰めたらいいしね」
「やったぁぁぁ!!! 怜様のお家!!」
「えぇ〜…俺はすごく気が進まない…」
「俺はとっても楽しみ。 由宇の尋問楽しくてしょうがない」
「おれも楽しみ〜〜!!!」
真琴は由宇と橘の事以外は何も事情を知らないのだが、一番ネックな所を知られてしまっているので由宇に拒否権は無かった。
あまり言いたくないけれど、怜には隠し事をし過ぎたせいか言わないままはよくないかなとも思ってしまう。
緊張すると言いながら、親しくなるきっかけが見付かった真琴が「怜様!」と嬉しそうに呼びながら怜の隣を歩いている。
二人から少し遅れて、由宇はポケットからスマホを取り出し、必要ないだろうが一応母親に外泊する旨をメールしておいた。
すると数十秒で返事が届く。
初めての事だった。
(………お世話になりますと伝言お願いします……?)
今まで見た事がないほど母親らしい文面に、面食らった。
母親にこんな事が言えるのか、とも思った。
両親は怒鳴り合いこそ無くなったものの、話し合いは進んでいるのかと案じるほど殺伐としている。
父親はあの日以来、夜勤の日以外は家に帰って来ているが、橘が言った通り、復縁は一筋縄ではいかないらしい。
しかし、離婚目前だった事を思えばあの暴露会はやはり意味深かった。
別れる事は簡単だが、いがみ合っていてもお互いの気持ちは計れない。
仲良くなってほしいとは今さらもう思わないけれど、由宇がせめて社会に出るまでは、このまま平穏無事に過ごせたら嬉しい。
怒鳴り合う声を聞いて、由宇が両耳を塞いで怯える日々になど戻りたくない。
「……っ由宇? 怜様スーパー入っちゃったよ! おれ達も行った方がいい!?」
「うん、そうだね。 …ごめん、真琴。 急に怜を紹介したりして。 驚いたよね」
「そりゃあ驚いたけどー! でもいつかは挨拶しなきゃって思ってたし、怜様のご自宅に行けるし、おれ幸せ過ぎ〜〜!!」
「良かった。 ……真琴、怜とうまくいくといいね」
「そんなぁ! まだ気が早いよ〜!」
「痛い、痛いよっ」
照れているのか喜んでいるのか、ニヤけた真琴に肩をバシバシ叩かれた。
(怜はガンガン押せば堕ちそうな気がするもんな…)
あの真琴のキャラに最初は面食らっていても、心根の優しい怜は知り合ってしまえば放っておくような真似はしないはずだ。
「好きです」と言われたら、その瞬間から相手を気になり始めたりしちゃったりして…と由宇は勝手に妄想する。
望みのない恋をしている由宇は、せめて真琴には幸せになってもらいたいと願っていた。
この数日のやり取りで、真琴には空気が読めないという欠点はあっても、根は超が付くほど良い人間だというのが分かった。
純粋さは由宇の上をいく。
由宇も無邪気で快活な方ではあるけれど、ふとした時につい遠慮したり謙遜したりが板に付いていて、真琴のように何も考えないでいられるのは単純に羨ましかった。
「シチューかカレーにしようかな。 由宇、どっちがいい?」
「シチュー!! おれはマカロニ入れてほしい!」
「………由宇は?」
「だからシチューです! ね、由宇! 由宇もシチューがいいよね!」
「うん、シチューがいいかな」
「………この小学生みたいな子、どうにかならない?」
「ぶふっ…! 由宇、小学生だって言われてるよ!」
「由宇じゃなくて君の事だよ…」
えっおれ!?と自分を指差してキョトンとした真琴に、由宇は久しぶりに声を上げて笑った。
そのキョトン顔を見て苦笑する怜も何だか可笑しくて、本当に久しぶりに、その時だけ橘の事を忘れていられた。
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