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13一3 ●ふーすけ先生の憂鬱●③
なんの因果か、去年まで由宇が居た一年二組の担任になった。
副担任ナシで、橘一人が受け持つ。
その代わり、ベテラン教員二名が一年生徒とそれぞれの担任を総括し、補助役割を担うらしい。
春休み前にこの辞令の紙を受け取った橘は、その場で破り捨てたい衝動に駆られた。
ダメ元で、クラス担任は引き受けたくない旨を校長にソッと打診してみたのだが、無駄骨に終わったようだ。
園田家も、由宇の両親の件も、年内に一通りのかたは付けたので急ぎの案件など無いのだが、これでは一年間気が抜けないではないか。
「たりぃ……」
葉桜になってしまった桜の木を眺めて、ポケットに手を突っ込む。
見上げた空は橘の鬱々とした心情とは真逆で、青く澄み渡っていた。
もうじき、歌音と怜の父親、二人と話し合いをしなくてはならない。
歌音の父親に不義理は出来ないとの思いから、結婚に踏み切るしか解決策はないと橘は思っていた。
だがここ何ヶ月か由宇との接触を断っていると、浮かぶのは二人での思い出ばかりだった。
その由宇がくれた言葉を思い返した時、橘はハッとしたのだ。
『みんなが幸せになる方法は無いけど、道を探してあげることは出来るよね』
ついこの間まで中学生だった由宇が放った言葉とは思えないほど、大人びた台詞だ。
この台詞によって、橘は園田家の一件に由宇を巻き込む事を決めた。
正論だと思う。
皆それぞれの人生があるのだ。
歌音にも、怜の父親にも、橘にも、そして由宇にも。
義理を通すのが筋だと考えていたけれど、二人がどうやっても別れないのなら、違う道を探せばいい。
それがどう転ぶかは分からないが、解決策は一つではないと悟った。
「……簡単じゃねーだろうけどな」
幼い頃から両親を通じて親しかった歌音の父親は、限りなく黒に近い職種。
考えているシナリオを押し通すのであれば、恐らく橘の身の危険も覚悟しなくてはならないだろう。
ただそれを実行しなくては何も解決しない。
誰かが犠牲にならなくてはならないなら、それは橘自身が被ってやるつもりだ。
「俺には何もねーからな」
そう、橘の手には何もない。
守り通したかった由宇は、すでに橘ではない誰かに恋しているので、もはや自分の気持ちに気付いたところで遅かった。
いいのだ、もう。
由宇が幸せであれば、橘は何も望まない。
こうなる前に由宇の両親の件を片付けられて良かった。
時間はかかるだろうが、あの家族は光明が望める。
これで由宇の恋路もうまくいけばもっと、幸せになる。
花と葉の色が混じり合った複雑な枝模様を眺めて、橘はフッと笑った。
「………〜なんだ。 それで由宇はどうするの?」
「ん〜…俺はこのままでいいよ」
校門前に佇んでいると、向こうから由宇と怜が歩いて来ていた。
二人はどうやら、桜の木々の下に居る橘には気が付いていないようだ。
目の前の謎の石碑で、意図せずうまく隠れられている。
「…………そう。 でもツラいよ、そんな気持ちずっと抱えてるなんて」
「そうかなー? …まぁね、楽しいもんではないけど、毎日色んな思いを味わえてていいもんだよ」
「楽観的過ぎない? 自虐に走ってるよ、それ」
「そうそう、そんな感じ! 漫画とかドラマとかで片思いの描写あったら、「分かる分かる〜」って共感できる。 俺成長したなーって思うよ」
「由宇……それが自虐的…」
「いいんだって、それで。 ツラいのは確かだけど、毎日顔見て「あー今日もカッコイイなぁ」とか「今日疲れた顔してんなぁ、あんま寝てないのかな」とか考えて、別の楽しみ見付けてるし」
「忘れるっていう選択肢はないの?」
「今はないよ。 忘れようと思っても忘れられない。 この気持ち消えるまでは好きでいたいもん」
───これは、今由宇が片思いしているという相手の話をしているのか。
盗み聞きしたところ、以前橘が聞いていた頃からあまり進展がないらしい。
どうも由宇の片思いの対象は男のようなので、そう簡単に進展出来るはずもないだろうが、相手は一体どこのどいつだ。
片思いはツライが別の楽しみを見付けている、という健気な言葉に橘の眉間がくっついた。
元気で素直で、そうかと思えば遠慮がちな殊勝さもあり、時折甘い飴やガムを噛んでいるから唇はいつも美味しいのに。
そいつは阿呆だ。
これだけ由宇に想われていて、振り向いてやらないなんて、大馬鹿野郎だ。
まだ会話を続けながら向こうへ行ってしまった二人の背中…主に由宇の華奢な背中を見送る。
ふと橘は思った。
髪を切ろう。
───ハーフアップはもう飽きた。
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