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13一4 ●ふーすけ先生の活路●

五月頭、世はゴールデンウイークに浮かれまくっている。 橘はというと、初めて受け持った生徒達からまずはビビられながらの一ヶ月だった。 去年とあまり変わらない生徒達の反応は、想定内だ。 そんな事を気にする橘ではないので、粛々と担任業務と授業に勤しんでいる。 やらなければならない事が格段に増えて、あまり由宇に気を取られる時間も無いので恋焦がれずに済むかと思ったが、そうでもない。 もはや日課のように、わりと一日中、由宇の事を考えている。 そんな自分はかなり気味が悪い。 強引に由宇を振り向かせようとしないところが、特に。 何をやってたんだと自分で思う。 そんなに好きなら、由宇が誰を好きでも自分のものにしろよと以前の橘なら迷い無く行動に移していた。 だがそれをして由宇が悲しめば、橘は多分立ち直れない。 人としてというより、由宇が傷付く事が一番怖く、嫌だからだ。 誰とも寝なくなって半年以上経つが、こんな事は本当に初めてである。 恋とは恐ろしい。 橘をも臆病にさせる。 由宇を幸せにしてやるのは自分だと信じていたかった。 未だ前を向けないために悔しい思いでいっぱいだ。 せめて由宇が幸せになってくれればと毎日願ってやまないのに、由宇も片思いの相手に勇気が出せないのかモタモタしていて、しかも想うだけでいいとほざいている。 必要以上の接触をしていない橘をまだ縛り付けてくるなど、本当にやめてほしい。 未練が断てないから、つい目で追ってしまうではないか。 髪を切った翌日、口を開けたまましばらくジッと見てきた顔を「アホ面だ」と揶揄いたくなるではないか。 試験中はどうしても焦るらしい由宇の書く字が読めなくて、答案を返す度に「字が汚え」と言って怒らせてしまうではないか。 その怒った顔を見てこっそり「可愛い」と思い、このままずっと見ていたいと答案からなかなか手を離せないではないか。 「俺超ウゼー」 自分でも笑ってしまうほど鬱陶しい男だ。 未練がましく、浅ましい。 昔の橘であれば考えられないほど人間染みている。 「遅えな。 五分前には来いっつーの」 橘はこの日、あるホテルの一室に居た。 歌音と怜の父親と話をするためである。 予定時間にはまだ早いが、せっかちな橘は一時間前から同じ姿勢で二人を待っている。 テレビをほとんど観ない橘は、ソファに腰掛けてお茶を啜り、無駄に時間を過ごしていたせいでいらぬ事を色々と考えてしまった。 せめてノートパソコンを持ってくれば仕事が出来たのに、何故か二人は早めに来るだろうと根拠のない自信があったがあてが外れて、イライラしている。 外で拓也達が待機しているので、せめて時間間際まで部屋に居てもらえば良かった。 腕時計を見たちょうどその時、部屋のインターホンが鳴った。 「やっと来たか」 立ち上がり、相手を確認してから二人を中に招き入れる。 「こんにちは…橘さん…」 「どうも、お久しぶりです」 「ども」 二人をソファに座らせ、橘自らがお茶を淹れてやった。 仲良く寄り添う二人を見ながら、橘は対面するソファに落ち着いて足を組んだ。 園田家が離婚してしまったのは間違いなく歌音の存在のせいなのだが、どこでどうやって知り合ったのかは拓也達の調べで分かっている。 税理士の仕事をしている怜の父親が、歌音の実家に度々足を運ぶようになり、歌音が一目惚れしてから二人の仲は急速に深まった。 そこから不倫ドラマを地で行ったようだが、一方が離婚という結末を迎えたとは思えないほど幸せオーラが出ていて眩しいくらいだ。 「仲は順調なようで」 「……えぇ。 橘さんには本当に…色々とご迷惑をお掛けしました」 「泥沼離婚を覚悟していたが、円満に別れる事が出来て良かったです」 相変わらずの能天気発言に、橘は肩を竦めて苦笑した。 「いや円満ではないだろ。 それはあんたらの勝手な思い込み。 母と子が生きていくためにはこれからまだ金も掛かるんだからな。 その辺はきっちり面倒見てやれよ」 「はい。 それは離婚する上で最低条件でしたので」 「当たり前だ。 ……まぁ今回呼び出したのは説教のためじゃなくて、俺と歌音の結婚の件だ」 「それは…! 橘さん、私からも父を説得してみますから、どうか結婚の話は…」 「私からもお願いします。 ゆくゆくは歌音さんと結婚をと考えています。 どうにか阻止したいものです」 正直なところ、二人がこの先どうしようが、どうなろうが、橘には何の興味もない。 問題は歌音との結婚をどうするか、その一点のみである。 「今さらあんたらを引き裂く事はしねーよ。 長期スパンで俺も親父さんを説得してみる。 っつーか説得出来ないと困る」 橘の言葉に、二人は揃って安堵の溜め息を吐いた。 呑気なものだ。 橘はこの結婚話が原因で由宇との接触を断ったというのに、もう少ししんみりとしてくれよと無茶を思う。 愛し合ってルンルンな二人の様子は、今の橘にとっては鬱陶しくてたまらない。 ───俺も由宇とそういうチャンスがあったんだよなー。 珍しく橘がそんな事を考えてしまうほど、由宇との距離感が寂しい。

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