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13一7 ●ふーすけ先生の活路●④
由宇の視線が、以前と変わらないような気がして勘違いしそうになる。
見上げてくる顔がポメラニアンそのものだからなのか、ついつい頭を撫でようと手を出してしまいそうになるので毎日が戦いだ。
恋敵とは一体どんな奴かと調べを進めても一向に出掛かりが掴めない。
こんな事は初めてだった。
由宇の視線を追い掛けてみても特に誰か一人を見詰めている気配はなく、いっそ怜に直接聞いてみようかとしたのだが由宇にチクられる恐れがあるのでやめた。
…未練たらたらなのはバレたくない。
「橘先生~!」
夏休み期間中の課外授業がこの日は午前中で終わったため、橘は帰宅しようと車に乗り込もうとしていた。
カッターシャツの袖を捲っていても汗が止まらないほど暑い。
早いところクーラーで冷えきった自宅でビールでも飲みたい、そんな事を考えていた橘の背後から走り寄って来たのは、考えている事が読めない何だか不気味な林田真琴だった。
「何だ」
「わぁぁ、橘先生、由宇以外には相変わらず塩対応ですね!」
「用件は?」
「ひぃ~怖いよ~~っ。 いやぁ、最近、橘先生がまた由宇をロックオンしてるから気になって~!」
「ロックオンってお前な…」
「みんなに気付かれちゃう前に、教えてあげようと思いまして!」
何だと、と橘は動きを止めて乗り込もうと開けたドアを閉めた。
「……そんな見てるか」
「はい! まぁおれは二人の動向が気になって気になって夜も眠れないくらい気になってるから、敏感なのかもしれないですけどね!」
「気になり過ぎだろ。 ほっとけよ」
「由宇は片思いでいいとか言うし、橘先生はロックオンしてるのに手出さないし、二人何してるんだろ~っておれはヤキモキ!」
どうやら友人であるこの林田にも、由宇は恋愛相談をしているらしい。
園田はいいとして、口が軽そうだから林田に相談するのはやめた方がいいのに。
林田が橘と由宇のキスを覗いていたという動作を思い出して、苦笑する。
「なんで林田がヤキモキすんだよ。 あ、てかお前、園田とくっついたのか」
「えぇ~! なんで知ってるんですか! 幸せオーラ出ちゃってます!? でへ!」
「……………うざ」
「ひど! 先生までそんな事言うなんて!」
「その様子じゃ、園田にも言われてんだろ。 お前ちょっと鬱陶しいもんな」
「ひ、ひどい! おれ何言われても傷付かないと思ってるでしょ!」
「そうは思ってねーけど、事実を言ったまでだ」
「おれは優しいから許します! 」
───何だコイツは。
由宇とはまた違うタイプの元気さに少々面食らう。
この意味不明な林田は意外と成績が良いので、冬場にブレザーの下にパーカーを着る事以外は何も咎める点がない。
個人的には「覗きはするな」「俺を見張るな」と言ってやりたいが、また元気いっぱいに返されると面倒なので、話は終わりとばかりに車のドアを開けた。
「話終わったんなら帰る」
「え~! 終わってないですよ!」
「ロックオンすんの控えっから。 それでいいだろ」
「その話もだけど、もう一つ! 由宇の落とし物見掛けたら教えてください!」
「…………落とし物?」
「そうなんです! おれは見た事ないんですけど、花びらがパウチされたラミネートフィルムです!」
「なんだそれ」
「分からないけど…由宇、すごく焦ってて…可哀想なんです!」
またしても橘は動きを止めた。
由宇が焦っていて可哀想だと?と、瞳を細めて林田を見る。
ビクッと肩を揺らされたが知った事ではない。
それが何なのか知らないが、由宇が困っているならぜひその落とし物とやらを探し出してやろうじゃないか。
「大事なもん、って事か」
「みたいですね! 失くしたって分かった日からずっとしょんぼりしてて可哀想です! だから見掛けたら拾って届けてあげて下さい!」
「あぁ、分かった」
「ロックオンはお好きにどうぞ! それじゃ失礼しまーす!」
林田は、でへ!と笑って去って行った。
一言多い。
橘は由宇をロックオンしている意識などほとんど無かった。
体育祭の時に会話をしてから、懐かしさと慈愛がさらに湧き出てきてしまって知らず目で追っていたのは自覚していたが、目に余るほどだとは思わなかった。
逆に、目が合う回数も増えているので由宇も橘をロックオンしているという事になりはしないか。
───なんでそんな目で俺を見るんだ。
片思いでいいとまで言わしめるほど好きな人がいるのに、由宇が橘を見詰めてくる視線は熱っぽい気がしてならない。
勘違いだと思いたくないが、勘違いしてしまいそうになる。
橘は熱気のこもった車内に乗り込むと、エンジンを掛けて一度すべての窓を開けた。
「……暑っ………」
こう暑いと頭がぼんやりしてくる。
それは普段の冷静さを欠く事由に充分なり得た。
───その謎の落とし物を探し出せば、由宇とまた会話するチャンスが生まれるのか。
自分から動く事を躊躇っていた橘が、この日を境に動き始めた。
ロックオンは控える。
そう言った自分にすら抗い、本当の意味で由宇への活路を見出した。
橘の「短期集中型」の意思が戻り、紛れもない恋をきちんと自覚した日でもあった。
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