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16一9
リビングに腰掛けて、橘が淹れてくれたお茶を飲んでいる間にベッドが綺麗になっていた。
バスルームでも、ビニール袋を巻いた左手は使わず、やはり右手だけで器用に由宇の体や髪を洗い直してくれて面食らった。
歩けるよ、と言い張る由宇をいちいち抱き上げて移動する橘は、一応は由宇の体を案じてくれているのかもしれない。
やり過ぎたと少しでも思ってくれているのなら、勝ち目はないと行き場のない怒りを持っていた由宇のうさもかなり晴れる。
「医者になるお前より先に包帯巻くのうまくなりそ」
「…………まだ二回目でしょ」
右隣に居る由宇に当然のように腕枕をし、橘はフッと声のみで笑って左手を天に掲げた。
まだお尻が変な感じなので、由宇の寝位置はなかなか決まらずモゾモゾと体を動かす。
「もう二回目だ。 まったく…あんなドロッドロになりやがって」
「俺のせいみたいに言うなよ! 先生が……んっ」
文句を言いながらも一向に落ち着かない由宇の体を寄せた橘が、うるさいと窘めるかのように軽く触れるだけのキスを落とした。
唇を離す際にちゅっと音を立てられて、ほんのりと甘い気恥ずかしさに体が固まる。
寝位置が決まったわけではなかったが、橘らしからぬ優しい声で「お前のせいとは言ってないだろ」と囁かれてしまい、由宇は橘の胸に顔を埋めた。
物凄く、照れくさかった。
意地悪な橘が見せる本来の優しさを垣間見ると、どれだけいやらしい事をされた後でも胸がドキドキする。
「感じてくれて良かった。 マジで」
「え………? 先生、……?」
胸元に収まった由宇の髪を柔らかに撫でる橘の声が、まだ優しい。
珍しく安堵したように小さく息を吐いていたので見上げてみると、残念ながら顔は通常通り人相が悪かった。
「俺も未知だって言ったろ。 しかもお前にMっ気ないと俺には付いてこれねーし」
「そんなのないってさっきも言った! お、俺にMっ気なんて……っ」
「お前はあると思う。 乳首も結構強めに噛んでたんだぞ? 舐めるだけじゃあんあん言ってくんなかったからな」
「えぇっ? そ、そそうなのっ?」
てっきり橘は冗談を言っているものだとばかり思っていた。
自分のSっぷりを正当化したいから、由宇をMだという事にすればちょうどいい、と。
真顔で冗談は言っても、橘は嘘を吐くような人間ではないと知る由宇の顔が、みるみる赤く染まっていく。
今まで気付きようがなかった未知の世界の扉を開いたのは、どうやら橘だけではなかったらしい。
体を噛まれて「痛いから嫌だ」とはあまり思わなかった。
むしろ、痛みを感じた分──ずっと、気持ち良かった。
「あぁ。 二の腕とか腹とか、やわらけーとこにキスマーク付けてんだけど、これめちゃくちゃ吸ってる。 ほら見てみろ、ちょっと痣っぽいの分かるか」
神妙に頷く橘にバスローブを捲られ二の腕を指差されて見てみると、そこは打ち身の時に出来る痣と何ら違わないものがそこにあった。
それは由宇の体のあちこちにあって、こんな事をされても拒否しなかった自分を空恐ろしく感じた。
決して肯定したいわけではなかったけれど、見れば見るほど橘の言う事が本当なのだと確信せざるを得ない。
「こ、これ痣だ…! キスマークってそもそもどんなのかも知らないけど…」
「俺も付けた事ねぇから分かんねー」
「……え…!」
「お前が初めて。 キスマークって女は付けてくれってうるせーんだけど、付けたら付けたでまた恋人面されそうで嫌だったんだよな」
「そ、そう、なんだ……」
(……何かヤだな…先生の口から女の話って聞きたくない……)
これまでも、過去の女性遍歴をまったく匂わせなかった橘なので、キスマークは由宇が初めてだと聞かされてもすぐには喜べなかった。
ああいう行為を明らかに手慣れていた橘は、恐らく聞くまでもなく由宇とは違って様々な経験を経ている。
そこはなるべく考えないようにしていたのに、いきなり胸がキュッとなるような事を言うなんてやはり悪魔だと思った。
腕枕からずるずると下へ移動し、布団の中にすっぽり隠れて押し黙る。
どんな顔をしていればいいのか分からず、妬いているのもバレたくない由宇は、猫のようにその小さな体を丸めた。
布団の中に潜り込んで丸まった背中を、包帯が巻かれた手のひらが穏やかに擦る。
「イきてぇのに、出るもんなくなって苦しんでたのヤバかったな。 お前も良さそうだったし、俺もかなりキた」
「………………っ!」
「初めてなのにフェラもうまかった。 一生懸命なのがそそられた」
「………………っっ!」
「ちゃんと俺が出したの飲んだのも偉かったな。 吐き出すだろーと思ったのに。 嬉しかったぞ」
「ちょっ! ね、ねぇ…もうこの話やめようよ、恥ずかしいって……」
意地悪な悪魔は素直になりどころがおかしい。
思ったままを伝えてくれるのはありがたいが、嫉妬という感情が小さくなった代わりに羞恥心を強く煽られた。
(テスト返してる時みたいな言い方だし…! こんなとこで先生らしさ出さないでいいよ…っ)
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