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「顔見せろ」
「ん、……」
言葉とは裏腹に、丸めた背中を撫でてくる手付きが優し過ぎた。
由宇はどうしようもなく照れて橘の胸に顔を擦りつけて誤魔化していたのだが、橘から顎を取られて真っ赤な顔がバレてしまう。
何か言いたそうにジッと見詰められて、顎を取られたまま視線を泳がせた。
「恥ずかしいレベル90達成。 おめでとう」
「…………ありがとう?」
何だか聞いたことのあるフレーズと、よく分からないが「おめでとう」と言われたので素直に感謝を述べておく。
橘は指先で由宇の唇をなぞり、少しだけ舌を出して顔を寄せた。
「今日はペナルティ整理勘弁してやるけど、明日からはこなしてもらうからな」
「うわ、懐かしい! そのペナルティまだ生きてたの!」
「当然だろ。 今はそうだな……1820まで貯まってる」
「貯まり過ぎ! 俺が何したって言うんだよ!」
「な。 何したらこんだけ貯まるんだよ」
「先生も分かんないなら取り消してよっ………ん!」
舌を出していた橘の口元に気を取られていると、強引に口付けられて呼吸を奪われた。
謎のペナルティが千の大台にのっていたとは知らず、橘にも由宇にもペナルティの内訳が不明ならば無かった事にしてくれてもいいのに…と舌を吸われながら思った。
「…っ…せん、せ……っ」
「声出すな。 またヤりたくなんだろーが」
「無茶言うな!」
「マジで」
伸ばした舌で口腔内を軽やかに遊んで、橘はあっさりと離れてくれた。
颯爽と入り込んで由宇の意識を奪うキスは、橘だけではなく由宇の性をも呼び起こしてしまうので大変危険だ。
唇の端を上げて意地悪な顔はしていたけれど、由宇にはこの表情でどれだけ橘の機嫌が良いか分かってしまった。
「先生…いきなりキスするのやめてよ……」
機嫌が良いうちにお願いしてみようと橘の背中に手を回すと、きゅっと抱き締めてくれた。
分かった、と言ってくれそうな雰囲気に安堵して由宇は瞳を瞑ると、期待外れの返事が返ってくる。
「嫌」
「……………っっ?」
「お前は俺のもんだろ? なんでキスしたらダメなんだよ。 どこでもやるからな、俺は」
「ど、どこでもって…!」
「どこでもはどこでもだ。 俺がしたいと思ったらする。 人目があろうとなかろうと」
それは大人の世界では当たり前の事なのだろうか。
橘が言うと、おかしな事でも正論に聞こえてしまって、またマジックに掛かりかけた。
言葉を失った由宇は、瞳を開けずに橘にすがり付く。
どうせ口では勝てないし、たとえ由宇が「そんなのやめて」と反論しても橘は決して自分を曲げない。
キスしたくなったらする、と言われて恥ずかしいと思っても、内心では喜びが勝った由宇の本日二敗目が決定した。
「そうだ。 あれ返してほしいか」
「あれ?」
「枯れた花びら」
「あ、あぁ! 返してほしい! 今すぐ!」
「そんな大事なもんなのか?」
「………うん、すごく大事。 ていうか、なんであれを先生が持ってたんだよ」
再度、橘に顎を取られて目が合う。
衝撃のプレイをさせられてすっかり頭の片隅に追いやられていた、由宇の大切な探しもの。
何ヶ月も前に失くしてしまって、探しても探しても見付からずに凹んでいたのに、まさか橘が持っていたとは思いもしなかった。
わざわざ病院で看護師に「返せ」と凄んでいたからには、それが大切な何かである事は知っていたはずだ。
「お前がアレ失くして元気無ぇって聞いたから探してた」
「え…! だ、誰にっ?」
「林田」
「真琴が……!」
いつも元気いっぱいな真琴は由宇にそんな事を一言も言わず、匂わしもしなかったので、なんと隠し事が出来るようになっている。
お節介で空気の読めない真琴だが、今回ばかりはありがたいと思った。
怜と形ばかりであるが付き合い始めて、良い影響を怜から貰っているのかもしれない。
しかも、真琴からそれを聞いた橘がわざわざ授業の合間を縫って探してくれていたと知ると、高鳴る胸のドキドキが抑えきれなかった。
実際に見付けてくれた事にもキュン…だ。
「先生…探してくれたんだ…」
「あれ何なんだよ」
「……あれね、御守り」
「御守り?」
「先生がくれた、御守り」
橘の背中に回した腕に力を込めると、ぎゅっと抱き締めてくれた。
白状するのは恥ずかしかったけれど、どうしても、言いたい気持ちもあって。
入学したあの日からずっと、由宇に色んな事を教えてくれて、寂しさなど感じないほど橘には様々な意味で感情を揺さぶられ続けた。
こうして恋人となった今だからこそ、言いたい言葉があったのだ。
…橘が好きだ。
意地悪な由宇の悪魔は、正義感の塊であるくせにヤンキー感が抜けない大人げない所も多々あるが、そんな、飾らない橘が好きだ。
「俺? あげた覚え無ぇんだけど」
「入学式の日、先生が結んでくれたネクタイの間に挟まってたんだ。 先生が意図してくれた訳じゃないって分かってたけど、…俺は嬉しくて…」
「………………」
「あの日…心細くて、寂しかったんだ。 強がってたけど、俺は間違いなく寂しかった。 声掛けてくれた先生は魔王様みたいに怖い顔してて、口調も強くて嫌だったけど、ネクタイ結んでくれた。 怖い顔して、優しく、丁寧に結んでくれた。 ずっと言いたかった、……ありがとうって」
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