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17一3

 広い胸の中で、由宇は「うぅ…」と唸っていた。  手の傷が治るまではここに泊まらなければならない以上は、どうやっても逃げ切れない。  緊張と異物感と、体が変になってしまったかのような初めての快楽には、まだ到底慣れられる気がしないのだ。 (せめて月一くらいにしてくれないかなぁ……)  週末までの四日間をフルに使うつもりの橘のニヤニヤは、恐怖でしかない。  最中は特に意地悪に拍車が掛かる彼には、由宇の制止は単に喜びの材料となるらしいので八方塞がりである。 「早く寝ろ。 いつまで起きてんだ。 犯すぞ」 「おかっ、犯すってそれ…口癖になってない!? 絶対学校で言うなよ!?」 「出ちまうだろーな。 本心から言ってるし」 「やめてよ!」 「言わすお前が悪い」 「なんで俺のせいに……むぐっっ」 「うるせーから早く寝ろよ。 犯すぞ」 「…………っっっ!」  恋人にあるまじき言葉に憤っていると、包帯が巻かれた左手で口を塞がれて強制的に黙らされた。  時計を見てみれば深夜一時を回っていて、「ヤバ!」と慌てて瞳を閉じる。  いつもは二十二時にはウトウトしている由宇にとって、この時間は未知だった。  それもこれも橘による「開発と拡張」のせいなので、言ってやりたい文句は山のようにあったが今は睡眠の方が大事だ。  羽交い締めに近いほど背後から抱き締められ、この閉鎖的な囚われの身のような拘束も心地良く感じる。  橘がこんなにも傍に居る。  それだけで心が幸福感に包まれた。 「……ふーすけ先生、……おやすみ」 「ん。 おやすみ」  すっかり耳馴染んだ低い声が、由宇の脳に甘く染み渡る。  ぎゅっと抱き締められた安心感と、心地よい橘の心臓の音にたちまちやられた由宇は、瞳を閉じてほんの数分で夢の世界へと旅立った。  規則正しい寝息が聞こえ始め、橘は寝顔を拝もうと細い顎をクイと押し上げた。  すると由宇の唇が薄く開き、隙間から覗く真っ赤な舌が橘を誘惑する。  じわりと顔を寄せていき、意識のない由宇の歯列を割ってさらに口を開かせると、舌と口蓋を舐め回して遊んだ。  由宇の意識があると、こんなに自由には動けない。  ただ、橘からの猛攻から逃げ続ける由宇の舌を追い回す必要がないのは、何とも味気無く感じた。 「えろ……」  寝顔はこんなにも幼いのに、体はきちんと大人になりつつある。  犬顔の童顔ははっきり言ってタイプではない。  どちらかと言うと、気の強そうなキツめな顔の方が橘は好みだ。  それなのに何故これほどまでに愛しさが湧き上がるのだろう。  幼い寝顔にムラムラしてたまらない。  淡白とまではいかないにしろ、橘はそれほど性の欲求を感じた事がなかった。  一発抜けば充分であるし、何なら自慰で事足りる。  気紛れな女に振り回される暇があるなら、仲間とつるんで夜回りしていた方が有意義な時間を過ごせるからと、女と付き合った事は一度もない。  一人のために時間を費やし、独占し、可愛がりたいと思った者がこれまで居なかったのだ。 「急に現れて俺の心持って行きやがって」  フッと唇の端を上げた橘は、すやすやと眠っている由宇の鼻を摘んだ。  それが嫌だったのか、眉を顰めた由宇は橘の手を無意識に払おうして自分の鼻を思いっきり叩いてしまい、「うっ…」と泣きべそ顔になった。 「あーあぁ、何やってんだ。 アホポメ」  自らが仕掛けた事なのだが、痛がる由宇が可愛くて必要以上に鼻を擦ってやる。  どうしてだろう。  今日は二人して未知の体験をし図らずも燃えてしまったから、このままゆっくり寝かせてやりたいと思うのに、その反面つい起こしてしまいたくなる。  起きてまん丸な瞳をキッと吊り上がらせて、橘の一言一句に怒っていてほしい。  変な奇声を上げて橘を笑わせてほしい。  眠い!と文句を垂れながらギュッとしがみついてくればいいのに。  寝入ってしまってから由宇は力無く橘の腰に腕をやるだけで、橘が力強く抱いていなければするりと離れていってしまいそうである。 「眠れねー…」  恋というものを知らなかった橘にとって、由宇の存在は初めての感情をいくつも教えてくれる愛おしい存在だ。  愛おし過ぎてたまに意地悪の度が過ぎてしまうが、その意地悪に本気で歯向かってくる姿が可愛くて、さらに揶揄ってしまうのはもはやしょうがない。  やめようという気などさらさらなく、由宇は毎日、橘に小さな牙を剥いて感情を曝け出せばいいと思う。  不仲な両親は由宇をあまりかまってやらなかったようで、年頃らしからぬ遠慮を橘にも見せるのが歯痒い。  そのせいで橘は由宇を揶揄う。  自分にだけは甘えていい、不必要な事は何も考えず、思うままに行動し、発言したらいい。  由宇は何をしても許される。  橘が全力で由宇を愛し、全力で、守ってやるからだ。 「………おやすみ、由宇」  名前を呼ぶと分かりやすく喜ぶ由宇の耳元へ、橘は囁いた。  この声が届いていれば、由宇は確実に橘の夢を見るだろう。  ──明日が楽しみだ。

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