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17一7
あまりに長く沈黙していた二人の見詰め合いによる攻防は、由宇が我慢出来ずに橘に抱き付いた事で終わりを見た。
謝りたくはなかったけれど、橘が怒っている理由を何となく察して、怜に抱き付いた時とは明らかに違う情緒を持ってギュッとしがみついた。
「怒んないでよ、先生…」
「怒ってねぇ」
「じゃあムカつくのもやめて」
抱き付いた由宇の髪を梳く手付きが、ムカついていると言いながらも優しくてキュンキュンした。
「俺のもんなのに、って?」
「え、なんで俺に聞くの…」
「お前らの間に何もねー事くらい見てたら分かるけど、一回キスしたってのが引っかかんだよな。 アイツ俺より先にかましやがって」
「………ん? ……キス? 怜と? してないよ?」
よく分からない事を言う橘を見上げると、一瞬だけライトキスを受けてポッと頬を染める。
(もう……先生マジで学校でも平気でしてくるんだもんな…)
怜とキスをした覚えなどないので、頬を染めた由宇は「何言ってんの」と呟きながら、抱き付いた腕に力を込めた。
「寝込み襲われてんじゃねーよ。 アホポメ」
「んんっ? 寝込み!?」
「寝てるお前に「ちゅー」したらしいぞ」
「えぇ!? し、知らない、そんなの知らなかった!」
「まぁこれは聞かなかった事にしてくれ。 ムカつき過ぎて口が滑った」
「えぇ…………」
真琴と良い仲になった怜の自宅へは、何となく足が遠退いていてしばらく行っていない。
という事は、しょっちゅう泊まりに行っていた一年の初め頃の出来事…なのだろうか。
まさか怜に唇を奪われていたとは、今の今まで本当に知らなかった。
無論、怜も何も言わなかったので知るはずがない。
怜の一番近くに居る由宇ではなく、橘がその事を知っているというのも不思議で、唖然とするしかなかった。
知ってしまうとかなり気まずい。
明日が休みで良かった。
「…俺もお前も無駄な時間過ごしたよな、マジで。 だからこんなムカつくんだと思うわ」
はぁ、と溜め息を吐いて、由宇を抱き締めてくれた橘の言わんとする事は分かる。
二人して長い長いまわり道をしてしまったのは、由宇自身も悔やんでいた。
橘の正義を守りたくて片思いに甘んじていたけれど、実はその間、橘も由宇を想ってくれていて、冷たくあたってしまった後悔に苦しんだという。
(無駄だったって言いたい気持ちも分かるけど、…俺は楽しかったよ。 ツラい事ばっかりじゃなかったよ、先生…)
大嫌いだった数学の授業が待ち遠しくて仕方なかった。
橘の姿と声、黒板に書く綺麗な文字や数字を見るとウキウキと胸が踊った。
三日に一回くらいの低頻度ではあったが、ふと視線が合った時など女子生徒ばりに心の中で狂喜乱舞した。
決して、無駄な時間では無かった。
片思いの甘酸っぱさを、橘は由宇を突き放す事であえてそれを教えてくれようとしたのではないかと、良い方へ捉えてしまうほど忘れたくない期間だった。
「もっと長く一緒の時間過ごしていたかった」
「先生…………」
「早くくっついてりゃ校内であんな事やこんな事も出来たのに…」
俺も、と言いかけた由宇は、チッと舌打ちしながら下心を曝け出す橘に唖然とした。
橘にとっては歯痒い期間だったのだと知ると、「諦めないで良かった…」とじんわり心が温かくなっていた、…のに。
「先生……素直に感動させてよ……」
「惜しい事した。 あと二年も無ぇなんて」
「先生の頭の中ってエッチな事しかないのかよ」
「お前のせいでな」
「なんで……っ」
(なんで、俺のせいなんだよ…!)
冬場の日没は早い。
間もなく六時を回ろうかという時間帯ですでに辺りが暗くなっていて、生徒指導室内も薄暗くて怖かった。
どれだけ橘が下心を曝け出してきても、学校内でのこの薄暗さは橘の笑顔くらい不気味なので、彼の体から離れられない。
今日は個人授業どころでは無さそうだし、「早く帰ろ」と言いかけた由宇の耳元で、うっとりするような橘の声が鼓膜を震わせた。
「今日奪っていい?」
「…なにを……?」
「ほんとは明日の予定だったけどいいよな」
「ちょっ…いいよなって…勝手に…っっ!」
妙な方向へ話が進んでいるなとは思ったのだ。
どうやら橘は完全にエロモードへと入ってしまっているようで、由宇の耳元で囁いたついでに耳たぶを甘噛みしている。
(奪っ…奪っていいか、って、そういう意味だよな……っ?)
いきなりそんな事を言われても、巨砲を受け入れる覚悟などまだ出来ていない。
「そうと決まれば勉強なんてしてらんねーな。 帰るぞ」
「えっ? 先生…っ! 待って…こ、こ心の準備が…!」
「やる事は一緒だ。 洗って、拡げて、挿れる。 …ほらな」
「一緒じゃない! 先生のなんて入んないよ! 俺死んじゃう!」
「それはベッドの上で言えよ。 嫌なら暴れていいからな、押さえ付けるの好きなんで」
「〜〜〜っ! 鬼畜! 悪魔!」
「お前にだけだ。 嬉しいだろ」
「…ほんっといい性格してるよ!」
「ありがと」
「褒めてない!!!」
───マズイ事になった。
生徒指導室の鍵を指先でくるくる回しながら、由宇の細腰を抱いて「楽しみー」と嬉しそうにニヤついている橘の横顔を、今は、見る事が出来ない……。
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