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 齢十七、八ほどだろうか。長く艶やかな黒髪を乱れ髪箱に納めた白皙の青年が、(ねや)の中央に鎮座する褥に横臥している。その琥珀の双眸は、ぼんやりと天井を見上げていた。  青年の名は、景津(かげつ)。人里離れた山の奥深くに住まう一族のひとりである。  起き上がろうにも体に上手く力が入らないが、それもそうだろうと深く息を吐き出した。  侍女である沙耶香(さやか)の話では、屋敷に運び込まれてから三日も目を覚まさなかったと言う。曰く、竜之瀬川に突き落とされたのだとか。  彼の川は、龍神が住まう川だと語り継がれており、その川幅は広く、水深も恐ろしい程に深い。更に流れも速く、落ちてしまえばそのまま川底に沈むか、瞬く間に下流へと運ばれ溺死する可能性は言わずもがなだ。  ―よく、生きていたものだ…  我が事ながら、しぶとく生を繋いだものだと他人事のように思った。  自身を突き落としたであろう犯人の見当はついていた。景津の出自を良く思わぬ派閥の者達だろう。  景津は一族を纏める首領の孫でありながら、『外ツ者』の血を宿す稀有な存在だ。母は美しき鬼の姫。父は『人間(外ツ者)』。鬼と人の間に生を受けた混血児。それが、景津なのである。  その為、一部の純血主義の者達から、度々嫌がらせを受けて来た。 (嫌がらせで終わらせておけば、じじ様も見ぬ振りをしてくれていたのに…)  さすがの景津も、命まで狙われるとは思ってもみなかった。早めに何かしらの対策をしておくべきだったと胸中で嘆息する。悔いても意味がないと知りながら。  混血児であっても景津は首領の血族である。そして、有難い事に首領から大層可愛がられていると言う自覚があった。  嫌がらせである内は、それを受けていた孫と共に「児戯よな」と呆れ果てていたが、さて、今回はどうなるのか皆目見当もつかない。 (暴れなければ、御の字か…)  頭の痛い話だと息を吐き出した時、自室へ繋がる戸の向こう側に気配を感じた。  控え目に戸を叩かれる。 「若様、入りますえ」  潜められた女人の声。床に就く者を起こさぬ配慮だろう。  戸が開かれれば、柔らかな風が吹き込んだ。衝立の向こう側から、女人が顔を出す。  淡く日に焼けた小麦の肌。血のように赤い双眸。闇の如く黒い髪。額の中央、髪の生え際にちょこりと存在するのは、紅玉の一角。  侍女の沙耶香である。  灼眼と目が合えば、にこりと微笑まれた。 「お目覚めでありんしたか。体をお拭きしたいのでありんすが、起き上がれんすか?」  沙耶香の腕には手拭いが掛けられ、手には湯気が立ち上る桶が持たれている。  頷いた景津が起き上がろうと身じろげば、沙耶香は楚々とした動作でありながら素早く景津に近付き、桶を床に置いて主人の背に手を添えた。  夜着を肌蹴させ、背に当てられた手拭いの温もりに、景津はそろりと息をつく。 「沙耶香」 「あい」  己が手を見下ろし、景津は口を開いた。 「何故、私は生きているのだろう…」  景津が突き落とされた彼の川は、純血の鬼であれば自力での脱出が出来る可能性が僅かながらも存在するが、景津にはどだい無理な話である。  その問いに、沙耶香はほんの一瞬だけ景津の体を拭く手を止めた。が、すぐさま何事も無かったかのように手を動かし始める。 「それが、わっちにも…何にせよ、天が『生きよ』と定めたのでありんしょう…」  沙耶香の言葉に、景津は見下ろす手を握り締めた。  記憶を探ろうとするが、やはり水面に落ちてからの記憶が無い。次に思い出せるのは、泣き腫らした目をした母と沙耶香の姿。そして、里の門衛に発見されたと言う沙耶香の言葉。 「そう、なのかもね…」  何かを諦めたかのように、景津は小さく呟いた。

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