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(1)盗んだバイクで走り出しやがった
爺さんがいなくなったので、俺がこの下宿の大家になった。
突然なんだ、と思われそうなので初めから説明すると、下宿の大家をやっていた俺の爺さんが家出した。
「ワイルドなジジイになる」という書き置きと数枚のメモを残し俺のバイクを盗んで出て行った。
盗んだバイクで走り出した爺さんの書き置きには追伸で「下宿の大家は大矢に任せる」とも書いてあった。大矢っていうのは俺だ。
突然の話ではあったが俺としては愛車を盗まれたこと以外不満はなかった。
というのも今年の春先に芸大を卒業したが、めぼしい職にもつけずスーパーのレジ打ちバイト生活を送っていたのだ。自分の時間を思うように作れず低給料重労働生活に嫌気がさしていたのでとてもいい転機だったのだ。
今住んでいるアパートを引き払ってこれから件の下宿に向かうところだ。
とは言ってもでかい荷物は業者に頼んですでに運び済みなので身1つで移動するだけでいい。
買ったばかりの電動自転車に乗り目的地にゆったりと向かった。
下宿の直前に急坂があったこと以外は問題なく移動することができた。
スーパーでの労働でそこそこ体力があったのと電動自転車だったのもあって俺はこの急坂が楽勝だったが、結構立地が悪くなかろうか。
運動不足や体力に自信がない人はさぞ辛いだろう。
駐輪場に自転車を置いて玄関に向かう。その玄関に行くためには長い階段を登らなければならなかった。病弱野郎だったらここで力つきるだろう。
息を少々きらせて登りきり、ポケットから預かっていた鍵を取り出して穴に突っ込んだ。
ガチャリと鍵を開けて中に入る。
うん。
可もなく不可もない超普通の下宿だ。
別に何か期待していたわけではないが、うん。すみからすみを見ても超、普通。
ちょっと玄関はごちゃごちゃしてるが。
靴脱ぎ散らかしすぎ。
少し年季の入ったナンバープレート付きの扉と謎の動物カレンダー、いやこれ4月で止まってるな。今11月だぞ。
他にも共同キッチンやトイレ、風呂などもあった。
下宿というより合宿場に近いな。
探索は後でゆっくりしよう。
とりあえず自分の部屋に向かうことにした。一旦座って一息つきたい。
確か俺の部屋は角の大部屋だったな。
昔は爺さんと婆さんと犬と猫で住んでたっていう部屋だ。
108号室と手書きで書かれたプレート付きの鍵を持って奥に進む。
廊下の突き当たりまで進んで足を止めた。あるにはあった。あったが…。
「誰だプレートひっくり返したやつ」
108と書かれたプレートはひっくり返されていて801になっていた。
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