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第2話

 中原元基はこめかみを押さえてため息を漏らした。見た目は抜群に可愛らしい、しかし、中身はおおいに残念な親友をじとりと見返す。そのことを知る人間が少ない事を幸いと言うべきか。  港は、なんだってそんな勘違いをしたのだろう。  小高春馬は、中原より一つ年下の幼馴染である。中原は幼い頃から小高を弟のように可愛がっていたし、小高も中原を慕ってくれている。仲は良いし、気心も知れている。お互い特別に思っているのは間違いないが、そこに、愛だの恋だの、そんなむず痒い感情は誓ってない。  絶対にない。  もし小高と、だなんて考えただけで、中原の背筋がぞっとした。  善高は全寮制の男子校。週末の外出は自由だし申請さえすれば外泊も可能、とは言え、同性ばかりの閉鎖空間での生活は多感な年頃の少年達の感覚を狂わせるらしい。校内では同性のカップルは珍しいものではないし、いつしかそれが普通だと思ってしまう。  その風潮にすっかり染まってしまったとしても、港の勘違いはあり得なかった。  なにより、小高が哀れに思えてならない。小高が好きな相手、追いかけるように善高に入学したその目的は、中原ではない。  もう一度深くため息を漏らせば、港がそのピンクの唇を尖らせる。 「なんだよー。中原が聞いたんでしょ。こいつの第一印象」 「まさかの第一印象だな」 「えー、だってー、ふつーそう思うでしょ」  中原のデスクとセットになった椅子を港がガタガタと揺らす。反対向きに座り背もたれに抱きつくようにした腕に顎を沈めたその姿は可愛らしいが、やってるとこは小学生だ。中原には、十年以上使っている椅子の耐久性の方が気にかかる。 「元にい、知らなかったんだ」  床に胡座をかきベットに背中を預けてスマホを覗き込んでいた小高が、中原を見上げた。その黒い瞳は純粋に驚いている。 「ハルは知ってたのか」 「だって、あからさまだったよ? 人の顔ニヤニヤ見ながらイチャイチャイチャイチャ……」 「なっ! イチャイチャなんてしてませんー。ちょーっと近くに寄ってみたりしただけじゃん」 「近すぎるんだって」  小高にもため息をつかれた港が更に唇を突き出した。 「可愛い顔してもダメ」 「どんな顔してもオレは可愛いんだよ」 「うんうん、可愛いね」  なんの話をしているんだ……。  バカップルの会話に微かな苛立ちを覚える。 「おまえら、そもそも、何でオレの部屋にいるわけ?」 「親友の家に遊びに来てるだけだけど?」 「幼馴染の部屋に遊びに来た」 「いちゃつくなら他所でやれ」 「いちゃついてないー」  港の言葉に同調して頷く小高は、見た目には分かりにくいが楽しそうだ。  確かに二人は触れ合っていないし、中原を挟むようにして距離を保っている。見つめ合うでもないし、二人きりで言葉を交わしているでもない。  しかし、空気が甘いのだ。二人がお互いを意識している気配が、その中間にいる中原に降りかかる。鬱陶しくて堪らない。 「ハルの部屋に行けよ」  窓の外、数メートル離れた位置に見えるベージュの外壁。この窓とは直角に位置する出窓にはファンシーなレースのカーテンがかかっている。小高の権力の強い母親は乙女なのだ。 「やー」 「やじゃねえよ、邪魔」 「だって小高、二人きりだと変なことするし。タスケテ中原マン」 「変なことなんかしませんよ」 「するじゃん! 変態!」 「健全です」  港の事情で学校関係者には二人の関係は秘密だ。その為ウイークデーは我慢、逢瀬は週末に集中する。思い合っている相手とゆっくりと過ごしたいという気持ちは自然だし、中原もよくわかる。寮には外泊すると申請を出して、こうして会うのを反対するつもりはないが、何故その拠点が中原の部屋なのか、そこはおおいに突っ込みたいところだ。小高の家は中原の家のすぐ裏手。そこに行けば容易に二人きりになれるのに、何故中原を巻き込むのか。 「うちは母ちゃんがいるしね……」  小高が僅かに唇を歪めた。中原と目が合うと肩をすくめてみせる。  確かに小高の母親がいては、二人でゆっくりと部屋に引きこもるのは無理かもしれない。彼女は可愛いものが大好きだ。実際、港を大層気に入っていた。 「てかさー、中原と小高は?」 「ん?」 「オレ様の第一印象。可愛いとか、綺麗とか、褒めてくれていいよ?」  可憐? 天使?   中原と小高に期待に満ちた瞳が向けられた瞬間。ドアフォンの音が鳴り響いた。しかも連打だ。かすかに女性の怒鳴り声も聞こえる。  三人の脳裏にパッと浮かびあがったのは、同じ人間の顔だった。

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