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01 Intro
─失ってから初めて気付けた 大切なモノだって
(バカじゃねえの)
そんな歌詞を聴き、僕はギターの弦を弾きながら鼻で笑った。そして横目でボーカルの山科君をチラと見た。彼は首筋に青筋を立て、気持ち良さそうに歌っている。
僕は山科君から目を離し、再び前を見た。頭上で光っているスポットライトのせいで見えづらくなっている観客席に目を向ける。
そこにはライブハウス内を埋め尽くすほどの僕らのファン……はおらず、数人の顔見知りが、お情け程度に手拍子をしているだけだった。
「ありがとうございました!」
すっかり声が枯れてしまった山科君の挨拶を最後に、僕らのライブは終わった。
アンコールを求める声は起こらず、僕らは即座にステージから降りた。まだ耳がおかしくなっているせいで、後ろから声をかけられていることになかなか気付けなかった。
「これが最後だとは思えませんね」
ドラムの中村さんがあご髭を撫でながら言った。メンバーで最年長の彼は、感情の起伏がほとんど無い。最後のライブだったと言うのに、表情に変化はない。ローテンションの彼でも体温は上がるのか、額に汗を浮かべている。
「終わっちまったなあ」
心底残念そうな様子で、ベースの田中が続ける。崩れてしまった前髪を仕切りに気にしながら。鼻にかかるくらいの長さまで伸ばされたその髪は、誰の影響だったのだろうか。今となってはもう、どうでもいい。
─よく言うよ、お前ら。
彼らの会話を聞きながら、僕は舌打ちを我慢した。
♢♢♢
たった今、僕が所属していたバンドは解散した。さっきまでやっていた、全く盛り上がらなかった演奏がラストライブだったのだ。
趣味でやっていただけの活動に過ぎない。持て余した時間を潰すために、学生と社会人のなり損ないが集まったコミュニティ。メジャーデビューなんて雲の上の夢。
底辺を這いずり回るのは今日で終わりなのだ。
そして明日から、また一人に戻るだけ。
一人でギターをかき鳴らすのには慣れているさ。そう自分に言い聞かせても、胸の重みが取れない。むしろもっと酷くなったような気がする。
「岐田、お疲れ。カッコよかったよ」
汗をタオルで拭き取っていると、背後から話しかけられた。僕は振り向き、声の主を確認した。僕の唯一のファンが、目の前にいた。
「八沢、今日は来てくれてありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」
「これで最後か…。分かっていたけど、やっぱり寂しいな」
「そんなこと言ってくれるのはお前だけだ。
…ごめんな、こんな終わり方で」
僕が謝ると、八沢は眉を寄せた。
「謝るなよ…。悲しくなるじゃん。
でもオレ、感動したよ、マジで。最後の曲が一番好き。アレってもしかして……」
「…そう、僕が作ったやつだ」
「やっぱりね。他の曲と雰囲気違ったし。初めて聴いたけど、ビビっと来た」
僕は八沢の話を聞きながら、タオルに顔を埋めた。そうでもしないと、他人に一番見られたくないものが目から溢れ出しそうだったからだ。
感情の波をやっとの思いで抑えた僕はタオルから顔を離し、カバンに手を伸ばした。
「…そんなに気に入ったなら、コレやるよ」
カバンから薄いCDケースを取り出し、彼に手渡した。飾り気のないプラスチックのケース。歌詞カードなんてモノは付いてない。
それを受け取った八沢は目を見開き、興奮で上ずった声で呟いた。
「これってもしかして、デモテープってやつか。こんなに大切なものをいいの?」
「いいんだよ。どうせ捨てちゃう予定だったし」
全て捨ててしまえばいい。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。
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