1 / 36

【~連休2日目・夜】

 それは実に降って湧いたような連休だった。  休出残業当たり前、あっちもこっちも火を吹きまくって二進も三進もいかない事態になってから急遽ヘルプとしてプロジェクトマネージャの助手に放り込まれ、なんとかかんとかリリース期日に間に合わせて、ホッとしたのもつかの間、てんで纏まっていない納品物件である設計書やテスト記録や議事録を纏めて体裁を整えてなんとかかんとか納品も済ませ、たのが一昨日のこと。  プロジェクトメンバーも運用サポートチームだけ残して解散したところで、直属の上司から次の仕事が決まるまで振替休日消化してて、と出社禁止を喰らったわけだ。  投入されたのは1ヶ月前だから8日分の振替休日。  まぁ、裏を返せば1ヶ月休みなしだったわけだが。  俺の名は瀧本香月(たきもとかづき)。28歳で職業はプログラマだ。小規模案件なら一人プロジェクトで押し付けられるし、大規模案件の火消役にも駆り出されるし、便利屋扱いされている。能力値はそこそこ認められてるんだろうが、技術力向上やらスキルアップやらには向かない待遇ではあった。  そろそろ中規模程度で良いんでチームリーダー経験積ませてください、と直属の上司には直談判中。  そんな俺の趣味は、ドライブだ。  山攻めやら首都高ルーレット族やらのスピード狂とは違い、純粋なドライブ旅が好きだった。  車好きは世の中多いが、旅がメインのドライブ好きは案外少なくて、今のところお仲間に出会った事はない。  愛車は1.5Lハッチバックファミリー車。デカくなく狭くなく高速も不便なく走るサイズで気に入っている。  坂道が苦手なんだが、まぁそれも運転次第で軽減できる欠点だ。  そんな相棒と、北は青森から西は兵庫くらいまで無計画に宿も決めずに旅に出るのが俺の連休の過ごし方だった。  西端が兵庫なのは、現住所が東京近郊なせいだ。いくら運転が趣味でも、一人旅じゃ片道500キロが限界なんだよ。  今回の連休は土日含めて約2週間。  この際日本列島一周してくるか、ってレベルの初めての長期休暇だった。  ふむ。本当にそうしようかな。  いや、観光したら2週間で日本列島一周はさすがに無理か。  今どきはコンビニでいつでも銀行から現金を引き出せるし、宿はネット予約で当日でも予約可能だし、24時間のセルフガススタもあるし、旅先の見所はスマホでググれば良いし、いきなり思い立っても困らず旅行を楽しめる時代だ。  改めて便利な世の中だと実感するんだが、それはともかく。  連休初日は週の真ん中水曜日。時刻はちょっと早めの朝7時。  4、5日着回せるだけの着替えと洗面用具を詰め込んだキャリーバッグとミラーレス一眼や財布を入れたボディバッグ、それに車の鍵を手に持って、自宅マンションの扉を閉めた。  行き先はとりあえず西へ。せっかくだから四国九州を目的地に設定してみた。  こんぴらさんに讃岐うどん、かずら橋、四万十川に道後温泉。大宰府天満宮、別府に湯布院、高千穂峡、阿蘇山、桜島、熊本城に長崎。  行きたいところも見たいものも実は盛りだくさんなんだ。  どれだけ回れるかねぇ。  あぁ、帰りに錦帯橋と宮島も行きたい。  旅の始まりはいつでもワクワクだ。  淡路島から鳴門海峡を渡り、そのあたりでギブアップして徳島でまずは一泊。  なにやら札所が集中しているのを幸いと八十八ヶ所霊場をいくつか詣で、クチコミであたりをつけた讃岐うどん屋で本場のうどんに舌鼓を打ち。  高松城、丸亀城と巡って、そういや四国は現存天守がいくつかあったなと思い出して目的地に加え。  金刀比羅宮に詣でる前に日が暮れた。  一人旅の何が良いって、自分だけで行き先を決められるから時間のロスが少なくて、一日に回れる観光地が多いことだ。  まぁ、食事は2人以上の方が贅沢できるんだけどな。ほら、一人で船盛とか食えないだろ。  丸亀市内のビジネスホテルにチェックインして、夕飯を食いに街に出る。  流石に地方都市でそれほど選択肢は多くないが、店構えから入りやすそうな個人経営の居酒屋の暖簾をくぐった。  そこで出会ったのが、今隣で俺の話し相手になってくれているこの男性だった。  カウンター席で偶然隣り合わせた一人客で、彼もまた旅の途中なんだとか。  なんでも、元々は大阪に勤めていた営業マンだったのが、母親が大病を患ったのを機に両親揃って引退を考えていて、家業である店を継ぐために会社を辞めて実家に戻る途中なんだそうだ。  そんなに急ぐわけでもなく、家業に戻れば大型の休みなど取れるはずもなく、ならば今のうちに趣味である旅行を楽しんでおこうと寄道中とのこと。  名前は美作主計(みまさかかずえ)さん。俺の2歳上で、実家は熊本城の近くで卸酒屋を営んでいる。まさかの観光地育ちだ。 「へぇ、システムエンジニア。凄いな」 「いや、何にも凄くないですよ。俺なんかはコミュ症入ってるんで、営業さんとか超人に見えます」 「ふっ。つまり、どっちもどっちだな」  楽しそうにクックッと笑ってくれるから、自分の拙い話し方でも臆することなく会話できるのが助かるところだ。  流石は営業さん。会話のリズム作りが上手いのかな。  せっかく双方ともに旅行中なので、会話の内容は8割方観光地の話だ。  あそこはどうだここはどうだと、有名観光地を自分目線で語る。ガッカリスポットの方が共感しやすいのは不思議だけど。 「ガッカリスポットといえば、四国でははりまや橋だな。そう言われると逆に見てみたい」 「多分明日は高知に泊まるんで、寄り道して見ていこうとは思ってますよ」 「良いなぁ。やっぱり俺も車借りれば良かったか。電車でそれだけ見にわざわざってのもどうかと思ってさ」  高知に行くか迷っているとは先に聞いていたけれど、本当に迷っているらしい。  地理的には、高知県を除けば後の3県は瀬戸内海側だからな。その狭い範囲なら車不要と判断していたらしい。  まぁ、確かに電車に比べればレンタカー高いしな。 「瀧本くんの明日の予定は高知城?」 「いや、それは明後日ですね。明日は午前中に金刀比羅宮行って、午後はかずら橋渡る予定」 「祖谷か。良いなぁ、俺も行こうかな」 「何なら一緒に行きます?」  会話の流れでつい口をついた。  いや、言っておいて自分でビックリしてるんだが。  言われた美作さんもやっぱり驚いていた。  そりゃそうだよな。居酒屋で隣り合っただけの他人同士で旅行に同行とかまずあり得ない。  いや、冗談ですよ、とフォローするために手を振り口を開けたのとちょうど同時に、美作さんが何と「良いね」と頷いた。 「え、良いんですか?」 「いや、ほら。俺の方がお邪魔する側。本当に良いのかな?」  迷惑じゃないだろうか、と少し情け無さそうに眉尻を落とした美作さん。図々しいよりも好感の持てる表情で警戒心が抜ける。  旅の話題でも話が合うことだし、初対面でも個人情報を晒すのに全く躊躇の様子もなければ誤魔化しの態度すら見せなかったお人好しさんだし。  信用して大丈夫だろう。騙されたその時は自分の見る目の無さを嘆けば良いや。 「旅は道連れと言いますしね。短い間ですが、どうぞよろしく」 「こちらこそ」  こうして、旅の道連れができました。

ともだちにシェアしよう!