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3-47 近くて、遠い。

彼が言ってくれる、好きも大切も、きっと嘘偽りではない。 だからこそ彼はこんなにも苦しんでいるのだ。 「…俺はお前に…何も無理してほしくない。 だから…、俺の存在が邪魔、なんだとしたら……」 怯えながら紡いでいた言葉は彼の片手に口を塞がれ、阻止された。 「そんなこと…、言わないでください……」 ナナメは涙を溢れさせながら顔を近付けてくる。 「ヨコさん…俺は、幸せなんです… あなたの側に居られることが、こんな風に触れられる事が… 夢みたいに…奇跡みたいに思えるくらい、すごく。 だから……だからね……」 彼はそっと口を塞ぐ手を退けて、小さく微笑んだ。 「俺は、…あなたを失うくらいなら…… 仕事とか小説とか、なんだって、全部…捨てたっていいんです…」 その言葉は、言わせても良かったんだろうか。 良い、わけがない。 ヨコは思わず彼の肩を掴んでその瞳を覗き込んだ。 「…ごめん、ナナメ… 俺はお前の“それ“ごと守んなきゃいけないのに……」 彼の身体を抱きしめて、ぎゅう、と強く力を込めた。 本当はなんにも、諦めなくてもいいのに。 両天秤にかけるようなことではないのに、どうして。 「………ごめん…」 何にも失わなくていいのに。 それこそ、自分と居るために何かが削られていくなんてあってはいけないのに。 何にもできない無力な自分が嫌になる。

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