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3-46 近くて、遠い。

「……ううん、本当は…なんでも、無いんです…。 ちょっと、色々と…考えすぎちゃって…」 彼はそう言いながら眉を下げて微笑んだ。 どこか泣きそうなその笑みに、胸が痛くなって、ヨコは彼の頬に触れた。 「……俺の存在が、お前の仕事の邪魔をしてるのか?」 呟くと、彼は驚いたように目を見開き、やがて目を逸らした。 「そんな、ことは…」 曖昧に言葉を濁すその態度は、それを正解だと言っているようで。 「……そうなんだな…」 どうしてあげたらいいんだろう。 彼の白い頬を撫でながら、胸が苦しくなって目を細める。 こんなにも誰にも触れさせたくないのに、 だけど彼が心血を注いでいるものを理不尽に奪う権利が自分にあるわけもない。 「ちが、そうじゃなくって、 ヨコさんは全然、何も気にすることないんですよ…! 俺…本当にヨコさんには貰ってばっかりで 大切にしてもらって……それなのにこんな風に心配までかけちゃって…」 ナナメはそう言いながらも瞳に涙を溜めている。 きっと小説は彼にとって、かけがえのないものなのだろう。 自分なんかよりもずっとずっと昔から彼の世界を構築する大切な要素で。 それを、奪ってしまうのは大罪だ。 彼はこうなる事が分かっていたのかもしれない。 だから、関係を、進めたくなかったのかも。 「……ごめんな…ナナメ…」 「…え…?」 「お前の気持ち考えずに…俺は、ずっとお前に一方的に押し付けて…」

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