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第1話
『好きなんです』と、そう言ってはにかむような笑顔を見せたのは、今年新卒で俺の部署に配属されてきた新人の高槻薫(たかつきかおる)二十四歳、独身、男。今期の新入社員の中で一番かっこいいと、女性社員たちがはしゃいでいたのを覚えている。
だがしかし、好きとはいったいどういう事だと、そう思う。尊敬しているとか、憧れてるならまだしも。俺は男で。どうしてそんなナチュラルに男に告白されなきゃならんのだと、そう思う間もなく高槻はあっさりと踵を返して部屋を出て行った。思わずその場にへたり込む。
―――好きです…って…。マジか?
内海庸二(うつみようじ)三十二歳、独身、男。至って平凡な、目立つところも何もない冴えないサラリーマン。ちなみに身長は百七十センチ…という事にしてあると言えばお分かりいただけるだろうか。大学を卒業して高槻と同じ二十四の時にこの会社に入社し、今では一応この部署、営業部第三課の課長である。
話の流れ的に、その前に何が好きだなんだという名詞が出てきたかと思い返してみても、それらしいものはなく。思い出せる範囲での遣り取りは明らかに俺の話。
『内海課長って女性にモテそうですよね』
『嫌味かお前。女にモテてたら今頃結婚してるだろ。子供は二人くらいかな』
『じゃあ、彼女さんとかもいらっしゃらない?』
そう、確かそんな話。どうしてそんなに俺の事を聞くのだと、そう言った俺にあいつが言った言葉。
『好きなんです』
ごく自然にもたらされた言葉が頭の中をぐるぐると回る。デスクの真横に座り込んだまま頭を抱えていれば、いつの間に戻ってきたのか、二課の課長で同期の浅丘肇(あさおかはじめ)の声が降ってきた。
「何してんだお前」
「ぉわっ!? っな、何でもない」
「ふぅん? その割に顔真っ赤だけど、女にでも告られた?」
「こっ、告白なんてされてないっ」
「アヤシイねお前…」
浅丘は、高槻に負けず劣らず入社時から女性社員株を総ざらいにしている男である。男の俺から見ても、仕事も出来るし男らしいと、そう思う。ついでに言えば実家が金持ちだ。
ニヤニヤと口角を歪ませて顔を覗き込んでくる浅丘の額をぐいっと手で押しやる。どうしてこう、この男はいつも揶揄ってくるのかと渋い顔をしながらも、俺は口許を手で押さえた。そんなに、赤い顔をしているだろうか。
だが浅丘は深く突っ込んでくる訳でもなく、俺の隣にある自分のデスクへとあっさり戻って行った。
一日分の仕事を片付けているうちに俺は高槻の告白などすっかり忘れ去り、そろそろ定時かとデスク周りを整頓していた。つい先ほど出先から戻ってきたらしい高槻本人が机を挟んで目の前に立っても、まったく思い出しもしなかったのである。
「あの、課長」
「ん?」
「今日ってこの後空いてます?」
ごく自然に問いかけられて、思わず俺は隣の席を見た。何故なら、今日は金曜日。毎週金曜は浅丘と酒を飲むのが習慣だから。
俺と高槻の会話は聞こえているはずで、案の定浅丘もこちらを見る。そして、その形の良い唇が動いた。
「悪いな高槻。ソレ、俺の」
「人の事をソレって言うな。それに俺はお前のモノじゃないぞ!」
変な誤解をされかねない浅丘の台詞に突っかかっていれば、『そうですか』と残念そうな声が聞こえてきて、思わず俺は浅丘を見る。
「ああ…飲みでいいなら別に一緒に来ても構わないが…なあ浅丘?」
「ええー? 俺はお前と二人じゃなきゃ嫌だー」
イヤイヤとわざとらしく首を振ってみせる浅丘は、また始まったと笑う周囲の社員など気にした様子もない。それがいつもの事だから。突っ込みを入れる気にもならず、俺は高槻に『アレと一緒でも良かったらくれば?』と、そう告げた。
「じゃあ、遠慮なくお邪魔させてもらいます。浅丘課長ともお話しできる機会なんて滅多にないですし」
「ああ、そう言えばそうだな」
そんな遣り取りの後、定時で仕事をあがった俺は、いつものように酒とつまみを買い込んで浅丘のマンションへと向かう。浅丘とは大学で知り合って以来何故か馬が合い、今の会社も二人で採用試験を受けたのだ。
そんな話をしながら歩いていれば、浅丘が酒の入った袋を持った腕を肩にかけてくる。
「重っ!!」
「腕が疲れた。休ませろ」
「はあ!? だったら持ってやるから離せよっ」
俺よりも十センチほど身長が高い浅丘は、たまにこうして人を柱代わりにする。
「まあまあ良いだろー? 休ませろよ」
「だから持ってやるって言ってんの!」
「お二人は仲がよろしいんですね。…俺持ちます」
浅丘の手から袋を奪い取り、肩にかけられた腕を引っぺがそうと四苦八苦していれば、横から高槻に袋を奪われた。
「てか最初から持てよ若造」
「浅丘ー」
「ああいえ、いいんです内海課長、俺が悪いんで。気が付かなくてすみません浅丘課長」
「本当にな。つか庸二、会社出たら肇って呼べって言ってるだろ」
「いいからお前はいい加減離れろアホ」
何故か高槻に当たりの強い浅丘を押し返す。普段はここまで部下に対して厳しいような奴じゃないのにと、そう思っていれば、隣で高槻が乾いた笑いを零した。
「ははっ、もしかして俺、浅丘課長に警戒されてます?」
「おー、敏いじゃねぇか。分かってんなら今すぐ帰れ」
「ちょっ、浅丘!?」
何で警戒とか敏いとか、そんな話になるのかさっぱりわからないが、高槻を追い返そうとする浅丘には困る。いったい何が気に入らないのか俺にはさっぱり分からなかった。
だが、そんな俺の困惑をよそに浅丘は一層不満そうな声で言いながら俺の首をガッチリとホールドしてくる。
「だーかーらー、名前で呼べって言ってんだろ庸二」
「なんでそんなに拘るんだよ、部下が居るんだからいいだろ苗字でも」
「お前が肇って呼ばないなら高槻帰らせろ」
「はあ? なんだその理屈…って、苦しいっつーの!」
ぐいぐいと首を締めあげられてさすがに息苦しい。元から過剰なスキンシップをしてくる奴ではあったが、さすがに今日は部下もいる手前やめて欲しかった。
「わかったっ、分かったから腕離せよ肇! もう着くだろ!?」
諦めて肇と、そう呼べば、浅丘は満足したように笑って腕を離した。『子供か!?』と、そう言って顔を顰めてもどこ吹く風で笑う浅丘は、目の前のマンションへとスタスタと入って行ってしまう。
後に続こうとすれば、後ろから高槻の声が聞こえてきた。
「ここ、浅丘課長の家ですか?」
「ああ」
「いいところに住んでますねー。さすが課長ともなると違うなぁ…」
そう言ってマンションを見上げる高槻に苦笑が漏れる俺は、同じ役職でもワンルームの独身用マンションだ。
「アイツの家の持ち物。浅丘の実家、元々この辺の地主なんだよ」
「えっ? 凄いお金持ちじゃないですか」
「お前それ、アイツの前で言うなよ。本気で追い出されるぞ」
「あっ、了解です」
いつもであれば金持ちなどと言われても浅丘は何も気にしない。けれど、何故か少しでも気に入らない奴に言われると、それだけで絶縁してしまうほどなのだ。今日の浅丘と高槻の遣り取りを見ていれば、一応釘を刺しておかないと面倒な事になる。
さすがに高槻に会社を辞めろとまでは言わないだろうが、確実に口を利かなくなる。いくら課が違うとはいえ、それもそれで拙いだろうと思う俺だ。
ともあれ高槻をコイコイと手招いて、俺は浅丘の待つエントランスへと入った。
「遅い」
「悪い悪い」
オートロックの自動ドアを抜け、エレベーターへと乗り込む。毎週通い慣れた浅丘の部屋は、最上階にある。
ドアを開ければ自動でライトが灯り、相変わらず綺麗に掃除され塵一つない玄関があって、廊下の突き当りがメインのリビングルーム。
「着替える。先に行ってろよ」
「うん」
そう言って浅丘が途中にあるドアに消えるのも、いつもの事だった。買い込んだ酒の入った袋を持つ高槻を伴って、俺は勝手知ったるリビングへと足を踏み入れる。
「あ、冷やしておくものだけ先にくれ。冷蔵庫に入れてくる」
「俺がやりますよ」
「あー…いや、いい。アイツ知らない奴にその辺いじられるの好きじゃないから。大人しく座ってろ」
「ああ…はい」
聞きわけよくソファに腰を下ろす高槻に笑いかけ、俺は余分な飲み物を冷蔵庫に突っ込んだ。ついでに食材も適当に並べて入れておく。
最近では文句を言われなくなったが、浅丘は意外と几帳面で、雑に突っ込むと後で怒られる。まあ、正直面倒な奴なのだ。嫌いではないけれど。
カウンターを回り込んで戻れば、リビングを眺めまわしていた高槻が振り返る。
「なんか…生活感ないですね」
「まあ、週末以外は毎日ハウスキーパー入ってるしな」
「げっ、マジですか?」
はぁー…と、呆れたような、惚けたような溜息を吐く高槻の気持ちは、俺にも分からなくはない。そう大手でもない企業の営業などが手に入れられるような生活じゃない事だけは確かだから。
まあ飲めと、そう言って缶ビールを差し出してやれば、高槻が僅かに眉根を寄せた。
「待ってなくていいんですか?」
「ん? ああ、アイツ風呂入ってくるだろうし、先にやってても怒らないから。ツマミはアイツが戻ってこないとないけど」
「あー…あれは意外でした。この部屋見てても思いますけど、浅丘課長って料理とかしそうに見えませんよね」
高槻が意外というその理由は、きっとスーパーでの事だと思う。浅丘は、出来合いの惣菜ではなく、食材を自ら選んで買ってきているから。
「ははっ、正直な話、俺よりもアイツの方が家庭的だよ」
それは事実だ。俺は料理はそんなに得意じゃないし、掃除や洗濯だってやってくれる人が居ないから自分でやっているようなものである。早く嫁でも貰いたいところだが、残念ながら出会いもないままこの年になった。
そう言って俺が笑えば、高槻が僅かに俯く。
「一緒にいられたら、全部俺がやるのに…」
「え…?」
小さすぎてよく聞き取れない声に首を傾げれば、高槻は顔をあげて笑ってみせた。
「なんでもないです。また今度話します」
「うん?」
「今度、よかったら家にも飯食いに来てくださいよ課長。俺が作るんで」
「いやいや、部下の家に飯食いに行く上司なんていないだろ。逆ならまだしも…」
同期の浅丘ならまだ分かるが、さすがに部下の家に食事をごちそうになりに行くのは気が引ける。正直な事を言えば、俺はあまり職場の連中と外では関わりたくない。というのも、俺や浅丘が入社した当時の上司が軒並み毎週末は飲みに誘ってくるような奴で、うんざりしているのだ。
気心の知れた相手ならまだしも、会社の上司に付き合って飲む酒など美味いとは思えない。そう考えると、高槻は物好きな奴だと思う。
「お前、俺と酒飲んで楽しいのか?」
「え? どうしてです?」
「あー…いや、上司に付き合うのって面倒じゃないか?」
「じゃあ、課長は部下と飲むのって面倒です?」
質問にことごとく質問を返してくる高槻に苦笑が漏れる。
「あのな、俺が聞いてるんだよ。別に怒んないから答えろ」
「というか、誘ったの俺ですし…面倒とかはないですね。まぁ、しいて言うなら課長と二人が良かったですけど」
「悪かったな俺が居て。嫌なら帰れ」
唐突に聞こえた声に振り返れば、タオルで頭を拭きながら部屋に入ってくる浅丘の姿があった。ドアを閉め忘れていたのは迂闊だったと、そう思う。
「浅丘…お前いい加減に…」
「肇」
言葉を遮るように言う浅丘の声が低い。どうして今日はそんなに機嫌が悪いのか謎で仕方がなかった。高槻が何か迷惑でもかけたのだろうかと、ふと考えてみても思い浮かぶ節はない。
「肇…何でお前そんなに今日は機嫌悪いんだよ」
「浅丘課長は、きっと俺が邪魔なんですよ」
「邪魔って…そんな事ないだろ」
高槻の言葉に思わず反論してみるものの、確かにそれ以外に浅丘の態度は考えようがない。ただ、その理由がわからないから困るのだ。
だがしかし、高槻の言葉に俺は固まる事となった。
「だって浅丘課長って、俺と同じ意味で内海課長の事好きですよね?」
「え……?」
一瞬、何を言われているのか理解が追い付かない。同じ意味でとはどういう事かとか、好きっていうのは何だったかとか、色々な事が頭の中をぐるぐると回り始める。それは、酔いに似ていた。
だが、俺の事などお構いなしに、高槻が続ける。
「あれ? もしかして浅丘課長、内海課長に何も言ってないんです?」
「は? え?」
「庸二、お前ちょっと黙ってろ」
「いやだって…」
自分の事なのに黙っていろと言われるのもおかしな話だ。だが、高槻の言っている意味を把握するには、少し時間がかかりそうである。
いやしかし、浅丘が高槻と同じように俺を好きとはいったいこれ如何に。今までそんな素振りなど浅丘はみせた事がない。そもそも高槻にしても、好きなどと…と、不意に昼の出来事を思い出して、俺は思わず頭を抱えた。
すっかり忘れていた。そういえば高槻は昼間人の出払ったオフィスで、俺に『好きなんです』と、確かにそう言っていたのではなかったか。
思わず、顔が熱くなるのを止められない。告白してきたのが男だとか女だとか、そういう問題じゃない。他人から好意を向けられることに、俺はあまり免疫がないのだ。正直言って恥ずかしい。
「なるほど。昼間会社でコイツに告白したのはお前か高槻」
「あれ? 聞こえてました? 誰もいないと思ってたんだけどな…」
「別に聞いてはいない。ただコイツが分かりやすいだけだ」
言いながら浅丘に頭をポンポンと叩かれる。ただそれだけの事が異常に恥ずかしくて、思わず手を振り払っていた。
「やめっ」
バシッと、勢いよく払った手が浅丘の手に当たる。
「庸二?」
「あ…ごめ…」
何をやっているのだろうと、そう思う。きっとこれは冗談で、何を本気になってるんだと笑われるのがオチで。それなのに俺は一人で慌てて浅丘の手を叩いてしまった。
俯いた口から、無様に引き攣れた笑いが漏れる。
「はは…っ、何言ってんのお前ら…人揶揄うのも大概にしとけよ…。高槻、俺と浅丘はただの同期で…浅丘は俺と違ってモテるんだから失礼な事言ってんな」
「え? 課長…あー…いや、内海さん、それ本気で言ってます?」
「当たり前だろ。お前が何勘違いしてるのか知らんが、俺も浅丘もそんなんじゃない」
そんなんじゃないと言いながら、”そんなん”がいったい何を指すのか分かっていない俺は、それでも高槻の誤解を解くのに必死だった。
なのに。
「ったく、やっぱりお前を途中で追い返しておくんだったよ高槻」
「いやぁ…、浅丘さんって案外慎重派なんですね」
「馬鹿かお前。俺はお前と違って今の立ち位置に何の不満もないだけだ。お前みたいなのが出てこなければな」
「あぁー…なるほど。でもすいません。俺って欲しいものはどうしても手に入れたくなっちゃうタイプなんです。本気出した方がいいですよ? 俺、奪うのも大好きなんで」
渋い顔の浅丘と、にこにこと笑う高槻の遣り取りに待ったをかけねばならない気がする俺だが、口から零れ出た声はそれはもう情けないもので。
「ぃあ待てお前ら!? 何言ってんの冗談だろ!? なあ肇、お前それじゃ高槻が言ってるのが正しいみたいに聞こえるし! 高槻もただ揶揄っただけだろ!?」
言いながら俺は、思わず浅丘に縋りついた。嘘だとはっきり言ってやれと、そう願いを込めて。けれど…。
「悪いな庸二。お前に言い寄ってくる奴が現れなければ隠しておくつもりだったんだが…、まあ、こうなったら仕方がないよな?」
「俺も揶揄ってるつもりはないですよ、内海さん。本気で、貴方が好きなんです」
言葉が、出てこない。俺は目の前の浅丘と、今やソファから立ち上がってにっこりと笑う高槻を交互に見た。
目の前で、浅丘の端正な唇が動く。
「お前が好きだ」
短く告げられた告白に、顔に熱が集中する。不毛すぎる話だと、心の底から思いながら、片隅にどこか嬉しい自分がいて。俺は訳が分からなくなった。
頭の中だけでグルグルと回っていた思考が溶け出して、毒のように全身に回っていく。ぐにゃりと目の前の浅丘の顔が歪んだ気がしたけれど、その後の事は何も覚えてはいなかった。
目を覚ますとそこは、浅丘の家の寝室だった。いつも当たり前のように隣に寝ているはずの浅丘が居ない事に違和感を感じ、次いでいつの間に寝たのだったかと記憶を探る。
そして思い出した。浅丘と、高槻の言葉を。
『お前が好きだ』
『貴方が好きなんです』
不意に、あの二人はいったいどうなったのかと不安が過る。浅丘の事だから俺が寝ている間に高槻を追い出したかもしれない。それならそれでいいが、最悪は殴り合いになどなってはいないかと心配になる。
浅丘は案外自己主張が強いし、譲らない。高槻もどちらかと言えば似たような性格だと把握している。
寝ている場合ではないのではなかろうかと、ガバッと勢いよく上体を起こしたものの、くらりと目眩がして俺は再びふかふかの枕に向かって倒れた。嗅ぎ慣れた浅丘の匂いに思わず安心してしまう。
しばらくすんすんと落ち着く香りを嗅いでいれば、徐々に思考が回り始める。
―――好き…? どこが? いつから?
揶揄うなと払い除けるには、二人の表情は真剣過ぎた。となれば残るは高槻の言う通り、本気な訳で。
高槻は別として、いったい浅丘はいつからそんな感情を抱いていたのかと気になって仕方がない。かれこれ十五年近い付き合いの中で、浅丘は一度もそんな素振りを見せた事がなかった。
確かになんとなく馬が合うし、嫌な事は嫌だとはっきり伝えてくれる浅丘は俺にとって付き合いやすい。就活の時だって、面接のアドバイスやエントリーシートの上手い書き方なんかも、なんやかんやと世話になった。
金曜日の飲み会だって大学の頃から今の今まで続いてきたくらいである。それなのに、浅丘はまったくそんな気配を見せた事がないのだ。
だが、何故高槻はそれに気付いたのだろう。『浅丘課長は、きっと俺が邪魔なんですよ』と、そう言った高槻はきっと浅丘の気持ちに気付いていたのだろうと思う。だが、何故?
確かに今日の浅丘はいつもより不機嫌ではあったが、別にだからって俺が好きだなんて素振りは一切なかった筈だ。なのに何故付き合いの浅い高槻には分かったのだろうか。いくら考えても答えなんか出やしない。だが、何故かそれが悔しかった。
―――なんでアイツの方が肇の事分かんの…。
モヤモヤと胃の辺りが重くなるのを自覚して、俺はゆっくりと躰を起こした。そんなに飲んだ覚えもないけれど、水を飲んだ方がいいかもしれない。今度は、目眩はしなかった。
ゴソゴソとベッドの上を這って、床に降り立つ。いつの間にか、持ち込んだ自前のパジャマに着替えさせられている辺りが浅丘らしい。
寝ていたというより倒れたのだと思い至った俺は、ゆっくりとした動きでドアまで移動した。薄く開けたドアの隙間から光とともに声が聞こえてきて、立ち聞きはどうかと思いつつも耳を澄ませる。
「あー…それ、何となく分かりますわー。僻みすぎっていうか…」
呆れたような、けれどどこか楽しそうな雰囲気に聞こえる声は、高槻のものだ。
―――え?
いったいいつの間に和解をしたのだろうかと、そう思う前に、俺は再び胃の辺りにモヤモヤとした重みが圧し掛かるのを感じた。それが何なのか分からないまま、そっとドアを閉めようとした時だった。
「庸二?」
「ッ…」
唐突に浅丘に名前を呼ばれて、思わずバタンとドアを閉める。ついでに鍵をかけて、俺はベッドに潜り込んだ。
ガチャガチャとドアノブを下げる音と、次いでノックと浅丘の声。
『どうして鍵なんか閉める。開けろ』
「嫌だ!」
『はあ? 意味が分からん』
「お前の顔なんか見たくない!」
何故だかイライラして仕方がなかった。八つ当たりのように怒鳴り返し、掛布を頭からすっぽり被った俺はパジャマの胸元を強く握りしめる。それでも湧き上がるモヤモヤは止まらなくて、どうしようもなく胸が痛かった。
―――なんで急に仲良く話してんの?
『開けろって言ってるだろう』
「嫌だって言ってんだろ!」
溜息がドアの向こうから聞こえて、それ以降向こう側が静まり返った。ほっと胸を撫で下ろし、小さく息を吐いた瞬間。もの凄い音とともに掛布の隙間から光が差し込む。
「ッ!?」
思わずぎょっとして顔を出せば、そこにはドアノブが無残にひん曲がって外れそうになっているドアと、浅丘の姿がある。明らかに蹴り飛ばしたか何かをしたドア板は、割れてはいないもののヒビが入っていた。
あまりの光景に目を見開いていれば、浅丘の口から低い声が流れ出る。
「てめぇ、顔なんか見たくないってどういう事だ。しかもご丁寧に鍵まで閉めやがって」
「ぃや…だって…だからって…その…」
意味をなさない声が口から零れた。自分でも何を言っているのかわからなくなって、情けなくなってくる。言いたい事はたくさんあるのに、どれから言えばいいのかわからない。
それ以前に、浅丘が怖かった。
手元にあった大きな枕をぎゅっと握った俺は、そのまま胸の前に抱え込んだ。心を落ち着けようと息を吸い込めば、浅丘の匂いがして少しだけ落ち着きを取り戻す。
ふかふかの枕に口許を埋めたまま、俺はゆっくりと話した。
「なんか…モヤモヤして…嫌だったから…」
「何が嫌だったんだ?」
「ぅ……言いたくない…」
「それじゃ分らんだろうが」
呆れたように言う浅丘の後ろには高槻が居て、意外そうな表情でこちらを見つめていた。思わず視線を逸らせば、浅丘が後ろを振り返る。
「なるほど。…高槻、お前ちょっと席外せ」
「はーい」
大人しく浅丘の言いつけに従う高槻に、忘れかけていたモヤモヤが胸の奥に再び広がった。必死に枕を抱き締めていれば、小さな溜息を吐いた浅丘がベッドに腰掛ける。
片足をベッドの上に乗せた浅丘にちょいちょいと手招きされた俺が枕を抱えたまま近寄ると、あっという間に引き寄せられて脚の上に頭を乗せられた。
「それで、何が嫌だったんだ?」
「高槻と…いつの間に仲良くなったの…」
「くくっ、そう言う事か」
可笑しそうに笑いながら俺の頭を撫でてくる浅丘は、どこか嬉しそうで。それだけで俺が何を言いたいのか分かったと言わんばかりの顔つきをした。
「お前、馬鹿だな。俺が高槻とどうにかなるとでも?」
「だって…あんなに不機嫌だったのに仲良くなってるし…」
「まあ、話してみればアイツの性格は嫌いじゃないが…」
「やっぱり…」
高槻が俺の部署に配属になって、どこか浅丘に似ていると、そう思ってはいた。考え方や仕事に対するスタンス、自信に溢れた立ち振る舞いが、高槻と浅丘は似ているのだ。もちろん、仕事も出来る。だから何となく他の新人よりも目に付いたし、どことなく可愛がってはいた。
でもそれがこんな形で自分に降りかかってくるとは思ってもいなかったのだ。高槻自身は嫌いじゃないけれど、浅丘は取られたくない。
―――あれ…? 何で?
そう思った時にはもう手遅れで、俺は胸に抱いた枕に全力で顔を埋めていた。
くつくつと、浅丘の可笑しそうな笑い声が降ってくる。それが、全てを物語っていた。案の定…。
「ようやく気付いたのか?」
「っ…知らないっ」
「はーん? 可愛くないねお前は」
「るっさい馬鹿ッ」
ゆったりと頭を撫でる浅丘の手が、とてつもなく優しかった。
―――いつから…? いつからコイツはこうやって俺の頭を撫でてたっけ…。
思い出そうとしても思い出せないくらい昔から、浅丘はこうして俺の頭を撫でていた気がする。最初は子供扱いされているのだと思って少しだけ嫌だったけれど、こうして俺の頭を撫でる時の浅丘の顔はすごく優しくて。
―――いつの間にか心地よくなってたんだ…。
おずおずと枕から顔をあげれば、やっぱり優しい顔をした浅丘が居た。
「……いつから…?」
「忘れた」
「そっか…」
忘れるほど前からなんだと、そう思うだけで、今度は嬉しくて胸が痛くなる。我ながら単純だとは思うが、嬉しいのだから仕方がない。
照れくさくて再び枕に顔を埋めた俺の耳に、だが流れ込んできたのは高槻の声だった。
「もういいですかね? …って、それは狡いなぁ…浅丘さん…」
「最初に言っただろ、コレは俺のモノだって」
俺のものと、浅丘の言葉に思わずときめいたりしつつ、俺は黙っておく事にする。恥ずかしくて顔をあげる気にすらならないから。
「俺完全に噛ませ犬じゃないですか」
「残念だったな」
だがしかし、そこに来て俺は重大な事実を聞きそびれている事に気付いた。浅丘の答えを、俺はまだ何も聞いてないのだ。やっぱりモヤモヤが…と言うよりもはぐらかされた上に仲良く二人で話されて腹立たしい。
ドスッと、目の前にある浅丘の脇腹を肘で殴る。
「っなんだ急に?」
「……別に」
ムカツク。と、そう小さな声で言えば、笑い声が降ってくる。その後で、浅丘が高槻を呼んだ。
「おい高槻。お前のおかげで俺は妙な誤解をされてるんだがどうしてくれるんだ?」
「何です妙な誤解って…」
怪訝そうな声で問いかける高槻に、可笑しそうに笑いながら浅丘が言った。
「俺とお前が仲良くしてて、取られやしないかとやきもきしてる男がいてな」
「はあ? 勘弁してくださいよ内海さん…。俺が好きなのは貴方で、浅丘さんじゃないですよ」
心底嫌そうな顔をしているだろうことが明らかにわかる高槻の声。それに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「いったいどうやったらそんな考えに辿り着くんです?」
「それだけ俺が好きなんだろ」
さらりと自信満々に言い放つ浅丘に、高槻が乾いた笑い声を響かせる。
「参っちゃうな。でも、俺もそう簡単に諦めるつもりはないんですよね」
「まあ、お前と話してたらなんとなくそれは分かる」
「ははっ、ですよね。もし逆の立場でも、浅丘さん絶対諦めないでしょ」
浅丘と高槻の間で交わされる遣り取りに、少し前までの刺々しさは一切なかった。元々なんとなく似てるなぁ…とは思っていたが、まさかこんなに早く打ち解けるとは思ってなかった俺だ。
ともあれ、いちいち喧嘩腰で話されるよりは全然いいと、そう思ってた俺の安心はこの後あっさりと裏切られた。…別の意味で。
「まあ、お前の性格は分かった。庸二が良いって言うなら貸してやる」
「だ、そうですけど内海さんどうします?」
「はえ?」
何とも情けない声を出して枕から顔をあげれば、にこにことこれ以上ないほど眩い笑顔の高槻がそこに居た。
「まあ、端的に言うとですね、俺と浅丘さんって似てるんで、どっちも好きになってくれないかなって、そういう事です」
「は? え? いや…別に俺、言われなくても高槻も嫌いじゃないけど…」
「じゃあ、何の問題もないですね」
そう言ってにっこりと微笑む高槻の笑顔に、何故だか背筋を冷たいものが流れ落ちる。もしかして俺はとんでもない過ちを犯してしまったのではないかと、何がどうとんでもないのかを分からないまま本能的に理解した時にはだが遅かった。
「え? あれ…? 肇…これって…どういう…」
「そうだなぁ…こういう事、って言ったら分かるのか?」
と、そう言いながら浅丘が覆いかぶさるように倒れてきて、俺はあっという間に口を塞がれた。少しだけアルコールの匂いがする。それがなんだか生々しくて、思わず腕を突っ張った。
「んうっ!? んー…!!」
「逃げるなよ」
慌てて押し返そうとしてみても、浅丘にピクリとも動く気配はなくて。そのままぬるりと入ってきた舌に口の中を掻き回される。
「んうっ…ん、…っはじめ、待っ…ぅんっ」
どれくらいの時間そうされていたのかは分からなかったけれど、ようやく解放された時にはもう何が何だか分からなくて、俺はくったりと浅丘の腕の中に身を預けた。
頭上から、声が聞こえてくる。
「おさがりでよければくれてやる」
「その言い方はちょっとどうかと…まあ、頂きますけど」
何の話だと問いかける間もなく、今度はベッドのすぐ横に膝をついた高槻の顔がアップになる。間近に見てもハンサムなその顔をぼんやり見ていれば、綺麗に弧を象った唇が俺の唇に重なった。
「んっ…ぅ…?」
「やっぱり可愛いな…内海さん」
ちゅっちゅっと何度も小さな音をたてながら啄むようにもたらされる口付けに恥ずかしくなる。けれど高槻の手がしっかりと顎を固定していて、俺は顔を逸らすことが出来なかった。
「ちょっ…た…かつき、もう…」
「俺も下の名前で呼んで欲しいんですけど」
「ぇ…? あ…かおる…?」
「あー…いいですねそれ。そそります」
高槻の手に頭を撫でられる。
―――あ…手まで肇に似てんだ…コイツ…。
浅丘の手は、大きくて指が長い。それで、温かい。高槻も同じだ…なんて思っていれば、額にちゅっとキスをして高槻が離れた。
どことなく名残惜しくて小さな吐息を零した俺だったけれど、ふとゴソゴソと胸の前で動く物体に気を取られる。
「は、肇!? な、なにして…」
「何って、脱がせてるんだろう?」
「だから…なんで…」
「キスだけで終わるとでも?」
当然だろうとでも言いたげな態度で言い放つ浅丘に、ようやく俺は身の危険というものを感じた訳で。慌てて躰を起こそうとした。
だが、それはあっさりと浅丘の手で阻止される。
「暴れるなよ庸二。無理矢理されたくないだろう?」
「ぅっ…」
脳裏に、無残なドアの姿が浮かぶ。思わず息を詰める俺に、浅丘はふっ…と微笑んだ。
「冗談だ、そう怯えるな。ちゃんと優しくしてやるから大人しくしとけよ」
「や、優しく…って…あの…その…それって…」
「俺と浅丘さんで、内海さんを気持ち良くしてあげる」
いつの間にベッドの上にあがっていたのか、高槻にパジャマのズボンを引きずり降ろされて俺は本気で慌てる。
「あっ、あのっ! ちょっと待て…っ、風呂はいってな…っ」
「なら、風呂に入れてやる」
「いあっ! そうじゃな…っ、うわぁ!」
あっという間に浅丘の腕で横向きに抱き上げられた俺は、不安定な浮遊感がもたらす恐怖に咄嗟に浅丘の躰にしがみ付いた。
「くくっ、そのまま風呂場までしがみ付いていろ」
満足げにそう言って笑う浅丘はやっぱりかっこよくて、思わずぽやー…っと見惚れてしまう。どうしてこんなにかっこいい男が揃いも揃って俺を好きだなんて言うのか理解できないが、それでも悪い気分じゃない。
だって浅丘も高槻も本当にかっこよくて、仕事も出来るし社内でも評判が良い。そんな奴に好きって言われれば、誰だって悪い気分はしないんじゃないかと思う。
浅丘の腕に抱かれたまま風呂場へと連れていかれた俺は、あっという間に残りの服を剥ぎ取られた。ついでのように服を脱ぐ浅丘に、高槻が問いかける。
「浅丘さんちの風呂って、三人で入れます?」
「自分の目で確かめろ」
「はーい。…失礼しまー…ああ、充分ですね」
すぐ横の風呂場のドアを開けてそう言った高槻までもがさっさと服を脱ぎ始めるのは当たり前で、浅丘の家の風呂は広い。あっさりと服を脱ぎ捨てた俺たちは、まぁ風呂に入った訳だけれども…。自称百七十センチの俺とは違って、浅丘も高槻もそれはもう憎たらしいほどにイイ躰付きをしている訳で。
「ムカツク…」
ボソリと呟かずにはいられない俺に、二人が顔を見合わせて笑う。
「いいじゃないか庸二、俺は昔からお前の綺麗な肌が好きだぞ?」
「そうですよ内海さん。薄いけどバランス良いし、手触り最高じゃないですか」
口々に言いながら両の手をそれぞれに握られる。なんだかそれがとてつもなく恥ずかしくて、俺は俯くしかない。いったいどこでどう間違えたんだろうかと、そう思う。
俺にはこれといって取り柄もなく、見た目も平凡でかっこよくもなければ目立つところもない。それなのにこの二人は俺を好きだというのだ。どうしても腑に落ちないのは仕方がないんじゃないかと思う。
「やっぱり…二人とも俺の事揶揄ってるだけなんじゃ…」
「まだ言ってるのか?」
「案外内海さんて疑り深いですよね」
「っ…だって…」
そんな事を言われても俺は、しつこいようだが取り柄もなく平凡で…と、そんな事を思っていたら、浅丘の腕に捕らわれていた。背中に浅丘のしっかりした胸が当たって、それだけでドキドキしてしまう。
思わず俯いた俺の耳元に、浅丘の低い声。
「信じられないって言うなら、信じさせてやる。俺がどれだけお前の事を欲しがってるのか、お前自身が納得するまでたっぷり可愛がってやるよ」
「な…っ」
今まで聞いたこともないような艶やかな声に、変な声が漏れる。思い切り色気にあてられて顔を熱くしていれば、高槻にちゅっと軽く口付けられた。
「こんなに可愛い顔して、なんでそんなに自信がないんですかね。俺、内海さんならいくらでもヌける自信ありますよ?」
「ぬけ…っ!?」
「色気がないな若造」
「ははっ、だって男ですし。躰が一番正直でしょう?」
「まあ、確かに」
納得したように言いながら浅丘の手が腰から胸に這い上がり、俺の胸の左右の小さな飾りをぐにりと圧し潰した。くすぐったいようなその感覚に、身を捩った俺は腰のあたりに硬いモノが触れて恥ずかしくなる。どうして浅丘の下半身がそんな状態になってるのかなんて、同じ男の俺には聞くまでもなく分かる事だったから。
高槻の言う通り、男なんて躰が一番正直で。かく言う俺も浅丘に背中を預けて胸を弄られてたらあっという間に下肢に熱が集中してしまっていた。
「っぁ…肇…っ、そこ…駄目…」
イヤイヤとゆるく頭を振ってみても浅丘が許してくれるはずもなく、胸の突起を後ろからくにくにと弄ばれたままの俺は高槻にキスされる。
「はっ…んぅっ、待っ…はぅ」
「内海さん…俺の触って?」
触れたままの唇でそう言って、高槻に引かれるまま伸ばした手に硬い雄芯を握らされる。悔しいけれど俺よりも大きなソレは、若者らしく腹につくほど反り勃っていた。
「はっ…あ、つぃ…薫…」
「どうしてくれるんです? 俺の事こんなにしてるの内海さんですよ?」
「っ…知らな…」
クスクスと笑いながら言われても俺は恥ずかしいだけで、正直な話どうしようもない。屹立を握らされたまま、高槻の大きな手でゆるりと扱かされる。
「内海さん、そのまま一人で出来ますか? そしたら、内海さんも気持ち良くしてあげます」
高槻に啄むようにキスされて、浅丘に胸を弄られながら、俺はこくりと頷いていた。もうどうにでもなれと、そう思ってしまう。
少しでも嫌悪感があったなら、迷わず断ってやろうと思っていたのに。嫌などころか途方もなく気持ちが良くてどうしようもない。
足首を掴んだ高槻の手に引かれ、僅かに躰を倒される。ちゃぷちゃぷと浅く張られたお湯が揺蕩って、ゆらゆらと揺られる感覚が心地いい。
小さな息を漏らしていたら、浅丘の手に顎を掴まれて上向かされる。そのまま口付けられた俺は夢中になって舌を吸い上げた。ちゅうちゅうと甘えるように舌を吸うたびに胸の突起をぐにっと圧し潰される。
「はっ…ぁぅ…、んっ、はじ…めっ、はぅ…」
「なあ庸二。もっと、気持ち良くなりたいか?」
「んっ…ぅん、…うんっ」
訳も分からないままコクコクと首を振る。すると顎を捉えていた浅丘の手が滑り落ちて、既に硬くなった下肢を大きな手で撫でられた。それがとてつもなく気持ち良くて、俺は思わず仰け反るように浅丘の胸にしがみ付く。
「あー…もう、せっかく触ってもらってたのに何するんですか浅丘さん…」
「残念だったな、庸二は俺にしがみ付きたいそうだ」
ちえっ…と、小さく拗ねてみせる高槻は、だがニヤリと口許を歪ませて俺にキスをした。触れるだけで離れたその手が、やはり俺の下半身へと伸びる。
「じゃあ、後ろをじっくり…開発させてもらいます」
「ぅ…しろ…?」
「内海さんのココ、俺と浅丘さんがたっぷり愛せるようにしてあげますね?」
やわやわと俺の雄芯を揉みしだく浅丘の手の更に下。普段誰かに触られることなど絶対にない双丘の合間に潜り込む指に、ビクリと躰を硬くする。
「やっ…待って、薫…っ」
「待てません。…って言いたいところですが、さすがに初めてじゃキツいかな? 浅丘さん、ローションとかないです?」
「寝室になら。後ろはあがってからにしろ」
浅丘の言葉に素直に従う高槻の手が引かれて、俺はとりあえず安堵の息を吐く。けれど、まあ最終的には男である以上穴なんて尻にしかない訳で。浅丘と高槻が俺に何をしようとしてるのかくらいは分かる。
諦めにも似た感覚と、僅かな期待と、逃げ出したい気持ちがせめぎ合って何とも言えない気分だった。
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